第14話 図書室の眠り姫と異次元の魔女4
再び視界が暗くなったかと思うと、景色が図書室へと戻った。俺は霧子の能力により首から上だけを水泳部の更衣室に転移させられていたのだろう。
「あれー、なんか暗いよぉ。ここどこー? 少年ー?」
目の前では首から上が無い先輩がフラフラと手を振り回している。正直不気味だ。
「オニイチャン、部活終わったから一緒に帰ろ」
俺が振り返ると、そこにいたのはもちろん霧子であった。
因みに霧子は中学時代から演劇部に所属しており、役者ではなく裏方をやっている。得意な裁縫を活かして衣装を作ったり、能力を使って舞台効果というのをやっているらしい。
「霧子、先輩の頭を返しなさい」
「猥褻物に頭っていらないと思わない?」
「同じ学校の先輩を猥褻物扱いするな!」
「でもあの胸は明らかに健全じゃないよね?」
そうだけど! そうだけども! アレには男の夢が詰まっているんだ! とは、昼休みの事もあるので声を大にして言えなかった。
その後、再三の説得の末に霧子は跳び箱の中に転移させていた先輩の頭を元に戻してくれた。
「なるほどねー、君はお兄ちゃんが大好きなんだね。だから私にヤキモチ妬いてあんな事したのね」
流石『
「本当すいません先輩、うちの妹が失礼を……」
「気にしなくていいよー。でも、可愛い妹ちゃんだね。名前なんて言うの?」
「えー、まず俺は二年の阿佐ヶ谷本介です。んで、こいつは一年で霧子って言います」
霧子は相変わらず何も言わずにただ無表情で先輩を睨みつけている。そんな霧子に先輩は右手を差し出して言った。
「ゴメンね霧子ちゃん。私、三年の
すると、先輩の右腕の肘から先がフッと消えた。そして再び現れた時、先輩の手は水でびしょ濡れになっていた。プールにでも転移させられたのだろう。
「霧子! 先輩になんて事するんだ!」
俺が霧子を叱ると、霧子はサッと異次元の中に逃げ込み穴熊状態になった。稲葉さんの時もそうであったが、こうなるともう捕まえようがない。
「……ふぅん」
濡れた手を見しげしげと見つめながら、先輩が意地悪そうに小さく笑った。そして先輩は優雅な仕草で俺の前に手を差し出す。
「ねぇ、手が濡れちゃった。拭いて」
「え?」
「阿佐ヶ谷君の妹ちゃんのせいで手が濡れちゃったんだもの、阿佐ヶ谷君が拭いてよぉ」
なるほど、そう言われたら確かに俺には先輩の手を拭く義務がある。兄が妹のやらかした事の尻拭いをするのは当然だ。
「あぎ……」
霧子は聞いた事のない呻き声を出して異次元から身を乗り出した。しかし俺が振り向くとすぐに異次元へと引っ込む。
「早く拭いてぇ」
「は、はい! 今すぐ!」
先輩の甘い声に、俺はそそくさとハンカチを取り出して先輩の手を取ろうとする。すると————
ダバーッ
今度は先輩の頭上に開いた異次元空間から、バケツ一杯分くらいの水が先輩へと降り注いだ。
「あ、はは、びしょ濡れー……」
「霧子いい加減にしろ!」
いくらなんでもこれは見逃すわけにはいかない。怒り心頭の俺は霧子に手を伸ばそうとする。しかしそれを止めるかのように、先輩が俺の腕を掴んだ。
「いいの。それより、これも拭いてもらわなきゃなぁ」
びしょ濡れになった先輩は先程よりも体のラインがくっきりとしていて、なんというか……超エロかった。
「早く脱がして拭いてくれなきゃ風邪ひいちゃうよ」
先輩はそう言って俺の腕にしがみつく。じっとりと濡れたカーディガン越しに、先輩の胸の膨らみが腕に当たるのがハッキリとわかった。
「オ、オニ……オニイ……チャ……」
怒りに打ち震える霧子の顔は、赤く染まりブルブルと震えている。
「へへぇ、これだけお兄ちゃんに密着してたら能力使えないでしょ? もっとくっついちゃうぞー」
先輩がそう言って霧子を挑発したその時だ。
「ぐ……ぐ……うわぁぁぁぁあ!!!」
霧子は幼子のように大声で叫びだし、異次元の中から飛び出した。そしてビタンとすっ転ぶとすぐに立ち上がり、先輩にポカポカと殴り掛かる。
「お兄ちゃんを返してぇぇぇえ!!」
まるで戦争で兄を亡くした妹の所に、遺品を返すために上官が現れた時のようなセリフを吐きながら、涙目の霧子は先輩を叩き続ける。
「イタタタ、やっといい音を聴かせてくれたね」
先輩は少しの間大人しく叩かれていたが、やがてニヤリと笑い素早く霧子の背後に回ると、抱き締めるように捕獲した。
「捕まえたぞぉ、悪い子ちゃん」
そして霧子の脇腹に指を伸ばすと————
「食らえ! こーちょこちょこちょこちょ!!」
思いっきりくすぐり始めたのだ。
「やぁぁぁぁあ!! あははは!! あは、ダメ……いやぁぁぁぁあ!!」
霧子はたまらず逃げようとするが、先輩の腕に腰をがっしりホールドされていて逃げられない。この先輩、色々な意味で強い。
「うーん、いい音。でも本当にお兄ちゃんが好きだったら、もっと素直になるのも大事だぞ」
「いや、こいつはいつも自分に素直過ぎますよ。遠慮してもらいたいくらいです」
「あー、やっぱり君は女の子の気持ちがわかってないなぁ。もっと勉強した方がいいよー」
まぁ、先輩がそう言うのならそうかもしれないが、俺はイマイチ納得できなかった。
やがて、満足するまで霧子をくすぐった先輩は、打ち上げられたイルカのようにピクピクとしか動かなくなった霧子の頭をナデナデすると、ジャージに着替えると言ってずぶ濡れのまま図書室を去って行った。
去り際に先輩はこう言った。
「楽しかったよ阿佐ヶ谷少年、またどっかで会おうね。それから、妹ちゃんを大事にね」
俺が霧子のせいで濡れた床をモップで拭いていると、痙攣しながら倒れている霧子が呟く。
「オニイチャン……ワタシ、ヨゴサレチャッタ」
「いや、むしろ綺麗になったんじゃないか?」
「ヒドイ……」
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