第13話 図書室の眠り姫と異次元の魔女3
先輩の合図を皮切りに俺は思考を加速する。
まず、これまでの先輩の発言から察するに、先輩の能力は『聴力』に関する能力であるのは間違い無いだろう。例外としては催眠や洗脳系の能力で今まで虚構を見聞きさせられていたという可能性もあるが、もしそうであればこのゲーム自体が無かった事にされる可能性があるのでこの線は大胆に捨てておく。
聴力に関する能力で最もシンプルかつメジャーなのは聴力強化であるが、ただ耳が良いだけであれば、俺の心を読んだような発言の説明がつかない。
俺の知る限り聴力に関する能力は他にもある。反響する音で地形を把握する事ができるソナーのような能力や、動物の言葉がわかる能力、相手の心の声が聞けるという能力を持つ能力者もいるらしい。今のところ心の声を聞く能力というのが最有力候補ではある。しかし、果たしてそれだけだろうか。
待てよ、先輩はあの時俺に『音色』って————
俺がそこまで考えた時、図書室内に六時を告げるチャイムが鳴り響いた。
「はい終了ー。私の能力が何かわかったかな?」
「えぇ、わかりましたよ。先輩の能力」
「おー、自信満々だね。しかもハッタリじゃないときた。では、お答えいただきましょう」
俺はたっぷりと間を取り、答える。
「先輩の能力は『相手の心の声が聞こえる』————ではなく、『相手の心理状態が音として聞こえる能力』、言うならば『絶対心感』ですね」
沈黙が流れ、やがて先輩は口を開いた。
「惜しいなぁ、33点」
「33点!?」
33点とは決して高い点数ではないし、全然惜しくない。
「じゃあ、正解は何ですか?」
「正解は、相手の心理状態が音で聞こえて、色で見えて、匂いでも感じ取る事ができる能力でした。その名も『
なるほど、俺が当てたのは先輩の能力の一部だけ。それは33点なわけだ。先輩の発言はヒントでもあり、ひっかけでもあったという事らしい。そんな事分かるわけないじゃないか!! 色や匂いでも感じる事もできるだなんて!! ずるい!!
いや、待てよ。先輩のずるさは置いといておかしな事が一つある。
「イマイチ納得してないみたいだね」
「だって、よく考えてみたらその能力じゃ俺が何に興奮してたかまではわからないじゃないですか」
そうだ、あの時先輩は俺が胸を気にしている事に気付いていた。色や音や匂いでそこまで判別できるはずがないし、俺は先輩の胸については何も言及していない。
「あのね、そんなの能力使うまでもないんだよ。女の子って視線に敏感なの。特にここはね」
先輩はそう言って胸元を強調するようにカーディガンをみょーんと引っ張った。どうやら先輩の方が俺より三枚も四枚も上手だったようだ。俺はゲームに敗れ、更にプライドまで失ってしまった。
「もー、そんなに落ち込まれたら私が悪い事したみたいじゃないの。元気出せよ少年」
「べ、別に落ち込んでないですよ。じゃあ、もう閉館ですから、気をつけて帰って下さいね。さようなら……」
心理状態を読む先輩に対して意味のない虚勢をはった俺は、開いていた窓を閉め、先輩に背を向けて去ろうとする。すると。
「少年」
先輩の声に俺は振り返る。
先輩はいつの間にか制服のリボンとブラウスのボタンを二つ外しており、開けた胸元に小指をかけると、軽く下に引っ張った。
「はい、33点分」
そこには深く美しい渓谷、まさしくグランドキャニオンが広がっていた。
その時俺は100点を取らなくて良かったと思った。もし100点を取っていたらこの素晴らしい光景は見られなかっただろうし、俺が俺でいられなくなるような気がしたから。
春眠を貪る眠り姫、彼女の胸には大きな秘密があった。
彼女の謎を解いたなら、もう
熱い血潮に心が躍り、奏でる音色はハードコア。リズムに合わせてステップ踏めば、彼女もつられて踊り出す。
揺れる二つの膨らみは、桃源郷のグランドキャニオン。
踏破不能な渓谷に、俺の頭が警告鳴らす。
「danger danger彼女は危険、滑落すれば心も落ちる」。
だけども今更止まれない、精魂尽き果て死んでも悔いなし。
俺達の夜はまだまだこれか————ん?
俺が脳内ポエムをしたためていると、たった今まで見えていた絶景が瞬時に消え、代わりに俺の目の前に現れたのは、なんだかやけに引き締まった渓谷であった。そしてカルキのような匂いが俺の鼻をつく。そして頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「ん? うわぁ! 阿佐ヶ谷! お前そんなとこで何やってんだ!」
声のした方を見上げると、そこには首を捻って背後を振り返りながら俺を見下ろす全裸の金田がいた。なるほど、つまりここは金田が所属する水泳部の更衣室で、今俺の目の前にあるのは金田の————
「オエー……」
「オエーじゃねぇよ。急に生首が現れたからびっくりしたじゃねぇか。これ霧子ちゃんの能力か?」
恐らくそうだろう。こんな事ができる人間を俺は他に知らない。
すると今度は、俺の背中にこそばゆさが走る。誰かが指で文字を書いているようだ。
オ・ニ・イ・チ・ャ・ン
やはり奴だ。
マイ・シスターだ。
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