第11話 図書室の眠り姫と異次元の魔女1
登校時と昼休みに散々な目にあったその日の放課後、俺は多目的棟の一階にある図書室のカウンターの奥に座って本を読んでいた。
なぜ俺がカウンターの奥にいるのか。それは何を隠そう俺が図書委員だからである。
俺は中学時代はバドミントン部に所属していたのだが、進学した龍鳳学園の高等部にはバドミントン部がなく、俺も別にバドミントンに執着があったわけでもないので新しくバドミントン部を作ろうともしなかった。しかし、金田を含め俺と仲の良い友達はみんな部活をやっているし、帰宅部というのもなんだか寂しくて不健全な気がしたので、俺は図書委員会に入ったのだ。本介が図書委員とは気が利いていると思うだろう。だがそれは図書委員会に入った時に飽きる程弄られたネタだ。
俺は読書が嫌いではないし、「楽そうだから」という理由で入ったのだが、図書委員は暇そうに見えて案外忙しい。
活動内容としては、まず放課後に本の貸出や返却の受付をする事。次に、本棚の整理や返却された本を棚に戻す。それから、たまにポスターや広報誌、おススメの本のポップを作ったりするというのが主な仕事だ。そして今日は俺が貸出受付の当番日なのだ。
カウンターで本を読みながら業務をこなしているうちに、閉館の時間である六時が迫ってきた。
俺は読んでいた本を鞄にしまうと、窓の施錠をしたり、室内に残っている人がいないかをチェックして回る。もし残っている人がいれば「お客さん、閉店ですよ」ってな具合で声を掛けるのだ。しかしながら生徒数の多い龍鳳高校は図書室もデカい。チェックをして回るのも中々面倒な仕事だ。
俺は窓を閉めようと本棚の間を進む。そして自習スペースへと抜けた瞬間、ふと、風が止んだ。
風の悪戯でそれまで見えなかったが、はためくのを止めたレースのカーテンの奥に、机に突っ伏して寝ている一人の女子生徒の姿があった。上履きのラインは青、どうやら三年の先輩らしい。
「あのー」
俺が躊躇いがちに声をかけると、先輩はよほどぐっすり寝ているのか、目を覚ます事なく小さく呻いてただ横を向いた。そして、
閉じられていてもわかる大きな目、スマートな流線を描く鼻、髪の毛を一本咥えた柔らかそうな唇。彼女の顔はとても美しかった。彼女を起こしてしまうなんて勿体ない、いつまでもこの横顔を眺めていたいと思ってしまう程にだ。
そして、次の瞬間俺は自分の耳を疑う事になる。
「……むにゃむにゃ、もう食べられないよ」
「!!!???」
『もう食べられないよ』
漫画やアニメでしか聞いた事のない伝説の寝言である。俺はまさか生きているうちにこの寝言に巡り合えるとは思えなかった。しかも『むにゃむにゃ』付きである。この瞬間、俺と彼女の出会いは永遠に忘れられぬものとなり、俺の聞いた事のある衝撃的な寝言ランキングの一位が、授業中に金田の口にした「が、が、ガンジス川で
俺があまりの衝撃に硬直していると、再び風が吹いた。風に舞い上がるカーテンが彼女の髪を優しく撫でる。すると彼女は目を覚まし、ゆっくりと目を開けた。
「ううん……ん? 誰?」
俺を見た先輩は体を起こし、眠そうに目を擦る。
寝ていても美しかった彼女は起きてもまた美しく、桜色のカーディガンを着た姿はまるで春の女神のようだった。
「あの、もうすぐ閉館時間です」
「あー、そうなんだぁ。ガッツリ寝ちゃったなぁ。春はつい眠くなるよね。君もそう思わない?」
「お、思います」
どこか間の抜けた感じでゆっくりと話す先輩の声は、高くもなく低くもなく、かと言って印象に残らないわけでもなく、心地よく耳に入ってくる。
「『春眠暁を覚えず』って言葉があるでしょう? 私あの言葉、シュンミンっていう中国人の女の子が、アカツキって言葉を覚えられないって意味かと思ってたんだよねぇ。変かな?」
「いえ、全然変じゃないです! 元はそういう言葉だったという説もありますよね!」
言っている事はめちゃくちゃどうでもいい事だが、彼女が口にするととても深い事を言っているように聞こえた。彼女の言葉であれば、きっと「ねぇ知ってる? ワカメを食べたら髪が伸びるんだよ」という誰もが知っている雑学を言われても偉人の名言のように聞こえるのだろう。そういう『能力者』なのだろうかと思ってしまうほどに。
すると突然、先輩は俺が予想だにしていなかった事を口にした。
「で————君はさっきから何に興奮しているのかな?」
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