第10話 ツンデレ後輩は異次元妹の夢を見るか4

「先輩は霧子ちゃんのお兄さんなのに、霧子ちゃんを泣かせるなんて最低ですっ!!」


「ち、違う……」

「霧子ちゃんはいつも「お兄ちゃんは優しい」「お兄ちゃんは最高」って言ってるのに! おっぱいがどうだ、お尻がどうだなんて霧子ちゃんが傷つく事言ったりして……だから男子って嫌いなんです!」

「そ、そんなつもりじゃ……」


 どうやら俺は霧子だけではなく、桜庭の逆鱗にまで触れてしまったようだ。一歩ずつ迫りくる桜庭は相変わらず小柄ではあるが、逆立つ髪が雷神様の太鼓のようで、えもいわれぬ迫力を醸し出している。痺れで上手く弁解できない俺は、どうやら桜庭にリンチされるしかないらしい。


「そんな最低な先輩に助けられたりして、私……私……先輩の事、いい人だと思ったのに!! 先輩のような人は私の『雷轟電転ライゴー』で、懲らしめて————ひゃぁぁあ!?」


 俺に向かってバリバリと放電している右手を振り下ろそうとした桜庭は、足元にポッカリ開いた異次元空間の中へと落下する。そしてその次の瞬間、俺の足元にも異次元空間が開き、俺も桜庭と同じようにその中へと吸い込まれた。


 ドサッ


 地面にぶつかる感覚があり目を開けると、そこは学校の屋上であった。すぐ目の前では桜庭も腰をさすりながら辺りを見渡している。そしてそんな俺達の前に、異次元の中から霧子が姿を現した。


「霧子……」

「霧子ちゃん、どうして……」


 霧子は目元を軽く拭って言った。


「鈴ちゃん、私のために怒ってくれてありがとう。でも、二人が喧嘩するなんて私イヤだよ」

 そして霧子は床に膝をつき、俺と桜庭の手を握った。

 そんな霧子を見て、桜庭は口を開く。


「わ、私……霧子ちゃんの気持ちも考えないで熱くなっちゃってゴメン。でも、先輩が霧子ちゃんに酷いこと言うから……」

 そうだ、俺はこの二人にセクハラ男として誤解を与えたままであった。誤解を解くなら今がチャンスだろう。


「霧子、桜庭、嫌な思いをさせて悪かった。俺があんな事言ったのは……」

「ううん、いいのお兄ちゃん。何も言わないで」

 どうやら霧子は俺の言わんとしている事を察してくれたようだ。義理とはいえやはり兄妹、大切な所では俺達に言葉はいらないのだ。


「お兄ちゃんは本当は小さいのが好きなんだよね」

「は?」

「だけど私達にその事を知られるのが恥ずかしいから、照れ隠しにあんな事言ったんでしょう? じゃなきゃ優しくてシャイなお兄ちゃんがいきなりあんな事言うはずがないもの。真に受けちゃってゴメンね」

「ち、ちが……」

「いいの、お兄ちゃんが小さいのが好きだってわかって私嬉しい。でも、いくら友達でも鈴ちゃんにお兄ちゃんを譲ったりしないヨ」


 霧子、見てくれ、俺を見るお前の友達の顔を。生きた猥褻物を見る顔になっているじゃないか。そもそも俺が乳のサイズを中心に恋愛対象を選ぶと思っているのか。


「いいか桜庭、霧子が言っている事は全くのデタラメで……」

「という事は、やっぱり大きいのがいいんですか?」

「ウソ……違うよねお兄ちゃん?」


 やめてくれ霧子、そんな儚げな目で俺を見ないでくれ。仕方がない。ここは兄として、妹におっぱいについて説かねばならないようだ。


「……霧子、桜庭、よく聞いてくれ。確かに俺は男としておっぱいが好きだ。だからこそ、おっぱいに貴賎きせんはないと思っている。大きければ大きいなりの、小さければ小さいなりの良さがあるんだ。確かに好みのサイズや形に個人差はあるだろう。だが、大きくても小さくても釣鐘型でもお椀型でもおっぱいはおっぱいだ。大きいのが好きな人間だろうと、小さなおっぱいの存在を否定する事はできないし、逆もまた然りだ。そう、人権と同じだ。白人も黒人も黄色人種もみんな人間であり、等しく生きる権利があるだろう? なのになぜお前達は自らのおっぱいの大きさに一喜一憂する。お前達はただ、自分のおっぱいに誇りを持てば良いんだ。おっぱいだけに、胸を張ってな」


 決まった。

 おっぱい学者としてはまだまだ稚拙な俺ではあるが、きっと霧子達にも俺のおっぱいに対する想いは伝わったであろう。これをきっかけに自らのおっぱいに自信を持つようになり、ツンと前を向いて生きていけるようになったはずだ。おっぱいのようにな。


「つまり、お兄ちゃんはおっぱいだったらなんでもいいって事?」

 あぁ、そうか、そういう風に取られたか。なるほど、俺は今おっぱいについて解くべきではなく、なぜあんな事を言ったのかを説明するべきだったのだ。妹想いが仇となってしまった。


「霧子ちゃん行こう。私、こんなおっぱい星人と一緒にいたくない」

「お兄ちゃん、いつからそんなおっぱい星人になっちゃったの……」

「私、男子がコソコソおっぱいの話とかしてるの大嫌いでしたけど、こんなにおっぱい連呼する人初めて見ました。クソおっぱい野郎先輩ですね」

「いつもはもうちょっとまともなんだヨ」

「霧子ちゃん、もう行こう。おっぱい取られたら嫌だし。あー、怖い怖い」


 そう言って桜庭は、霧子の手を引いて屋上から出て行ってしまった。


 俺が空を見上げると、そこには何の変哲もない青空が広がっていた。

 この青空の下に、一体いくつのおっぱいがあるのだろうか。そして俺はこれからの人生で、いくつのおっぱいと出会えるのだろうか。

 俺は天に向かって見えないグラスを傾け、おっぱいに乾杯した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る