第9話 ツンデレ後輩は異次元妹の夢を見るか3

「何って……別にちょっと話してただけだよ。な?」

「あ、はい。あのね霧子ちゃん、私が自動販売機の下にお金を落としちゃって、それを先輩が拾ってくれたの」

「へぇー。どの小銭?」


 桜庭はさっき俺が拾った五百円玉を霧子に見せる。すると霧子はそれをさりげなく桜庭から奪い取り、自分の財布から取り出した別の五百円玉を桜庭に返した。


「なんだ今のは」

「なんでもないヨ」


 俺達三人の間に妙に長い沈黙が流れる。俺は今朝の稲葉さんの一件のように、霧子が桜庭に何かをするのではないかとハラハラしていたが、流石の霧子も友人には手を出さないようだ。沈黙に耐えかねた俺は口を開く。


「で、でも、霧子にも友達がいてよかったよ。ほら、こいつちょっと変わってるから、もしかしたらクラスで浮いていないか心配してたんだ」

「そうなんですか? 霧子ちゃんはクラスで人気者ですよ。あんまり喋りませんけど……」

 霧子がこの性格でどうクラスの人気者なのかは非常に気になる。


「それは良かった。そうだ、霧子もたまには桜庭とか友達を家に呼んだりしろよ。俺も金田とかよく呼んでるし、多少うるさくしても気にしないからさ」


 霧子は今まで学校の友達を家に呼んできたことがない。たまに遊びには出かけるから、少なくとも友達がいる事は知っていたが、どうせなら家に招いて女子会が開けるような友人がいた方が、霧子も友人の影響を受けて真妹まもうとへと近付くのではないだろうか。そしてやがては霧子も家に彼氏を連れて来るようになり、俊夫さんは涙を流して酒をあおり、俺は霧子から解放されるのだ。


 しかし、霧子は無表情でキッパリと言った。


「呼ばないヨ」

「何でだよ」

「だって、鈴ちゃんはかわいいからオニイチャンに近付けたくないもん」


 なるほど、俺は桜庭が霧子の地雷を踏まないかと心配していたのだが、俺と桜庭が接触した時点で地雷の上に片足を置いてしまっていたようだ。


「バカ! 妹の友達に手ぇ出したりするか!」

「そ、そうだよ霧子ちゃん。それに私、男の人苦手だし……」

 なるほど、一見ツンとした態度は苦手なものへの強がりか。中々萌えポイントが高い。だが、今はそれどころではない。地雷の撤去を急がねば、桜庭が富士の樹海に飛ばされる事になる。


「そっか、鈴ちゃん男の人苦手だったよね。私、鈴ちゃんが男の人に笑顔見せてるの初めて見たもの。苦手なはずの男の人にネ……」


 あ、踏んだ。今桜庭は間違いなく両足で地雷を踏んだ。これはヤバい。こうなっては仕方がない、泣いて馬謖ばしょくを斬るしかないようだ。馬謖がどんな人かは知らないけど、確かなんか三国志の人だ。


「は、はは……俺のジョークセンスは龍鳳イチだから笑ってしまうのも無理はないな! ていうか、俺の好みはこう……バストがバイーンでお尻がボーンとした大人の女性でな! 困っていたようだから仕方なく声を掛けたけど、本来なら桜庭みたいにちんちくりんでペッタンな子は全然俺の好みじゃないんだよ! 金田も言ってたけどやっぱ女の子はおっぱいだよなぁ! あー、おっぱいおっぱい」


 俺が金田を巻き添えにして馬謖を滅多斬りにしながらチラッと桜庭を見ると、桜庭は先程まで見せてくれていたはにかみ笑顔とは真逆の、エイリアンの臓物を見るような驚愕の表情で俺を見ていた。すまない桜庭、これはお前の身を案じての事なんだ。これで霧子は嫉妬する事なく安心して桜庭と健全な友人関係を続けてくれるはず————だ?


 いつのまにか自販機に開いた異次元空間から出てきていた霧子は、薄ら笑いを浮かべてはいるが、目に光の無い絶望感溢れる表情で自分の体を眺めていた。そしてその立ち姿は、桜庭程ではないとはいえ、ちんちくりんでペッタンボディであった。いや、桜庭がドラ焼きなら霧子はアンパンくらいはあるとは思うが、それでも高校生にしては結構幼い、逆ワガママボディだ。


 ズズズズズズ……


 風鳴りのような音と共に、霧子の足元を中心に異次元空間が徐々に広がりはじめ、霧子はポロポロと涙を零しながらその中へズブズブと沈みはじめた。


「チイサクテゴメンネ、オニイチャン……ライセデアオウネ……」

「待て霧子! 今のは違う! 違うんだ!」

「ライセデハ、ワタシ、ウシニウマレカワルカラ……バンゴハンハ、チャーハンヲチンシテタベテネ……」

「待てってば!」

 俺が沈みゆく霧子の腕を掴もうとしたその時だ。


「先輩ッ!!!!!!」


 バヂバチバヂバヂッ


「あぎぃ————!!!???」


 桜庭の大声と共に、雷に打たれたような衝撃が俺の全身を駆け抜け、俺はその場から数メートル吹っ飛ばされて床に叩きつけられた。この衝撃は小四の時にガキ大将の吉村君に全力の浣腸を食らって以来だ。


「あ……が……が……」

 謎の痺れでうまく舌が回らない俺がなんとか背後を振り返ると、そこには長い髪をハリネズミのように逆立てながら「ふしゅー!」と俺を睨みつける桜庭がいた。桜庭の周りでは不規則にバチバチと電光と火花が散っており、俺は自分の身に何が起こったのかを理解する。そう、霧子や稲葉さんがそうであるように、桜庭もまた『能力者』だったのだ。

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