第8話 ツンデレ後輩は異次元妹の夢を見るか2
「……あ、ありがとうございます。先輩」
生意気後輩は俺が這いつくばっているうちに、上履きの色で俺が先輩だと気付いたようだ。さっきまで背後霊扱いしていたのに、今度はちゃっかり先輩と呼んでくれた。
「あの、お礼に先輩のジュース代出します」
とは言われても、ここでジュース代を出してもらうのは野暮ってもんだ。
「いいっていいって、困ってる後輩を助けるのは先輩として当たり前だろ」
俺がそう言っても、生意気後輩はキッと目を吊り上げて食らい付いてくる。
「で、でも! 私、人に借りを作るのって苦手なんです! それに、さっき先輩の事背後霊だなんて言っちゃったし……」
そう言って今度は急にしおらしくなった。
ただ生意気なだけだと思っていたが、根は素直な良い子なのかもしれない。それに、一見クールな印象を受ける顔だけれど意外と表情が豊かだ。
「気にするなよ。俺も前に先生の事をお母さんって言っちゃった事あるしさ」
「そ、それとコレはちょっと違うじゃないですか!」
「それに、俺も君と一緒で人に借りを作るのは苦手だけど、逆に貸しを作るのは結構好きなんだ」
俺が冗談交じりにそう言うと、彼女は一瞬ポカンとして、やがて小さく笑顔を見せた。
「……もう、変な先輩ですね」
眉根を寄せて困ったように笑う彼女に、俺のときめきセンサーがギューンと反応した。こんなに可愛いらしい笑顔が見られるなら、俺は彼女にいくらでも貸しを作りたくなってしまう。そんな笑顔だ。
「私、一年の
ビシッと指を指してきた彼女の『借りを返す』と言う言葉が、この出会いが今だけのものではない事を示していた。
小さな彼女の強気な態度、それは彼女の儚さの裏返しだった。
出会いの形は良くはなかったけど、気まぐれな親切で彼女が浮かべた笑顔に俺は心を奪われる。
最初はネックに思っていた俺達のデコボコな身長差が、まるで歯車の歯のようにがっしりと噛み合った時、恋のカラクリが動き出す。
走りはじめたラブトレイン、もう途中下車は許されない。その行き先は幸せな未来かサヨナラ駅か、終着点は神のみぞ知る恋のミステリーツアー。
俺達の旅はまだ始まったばかりであ————ん?
脳内ポエムをしたためていた俺は、ふと、自販機からヒリヒリとするような視線を感じてそちらを見た。
「オニイチャン」
すると自販機の中央には、まるで観光地のはめ込み看板のように妹の顔が鎮座していた。
「うわぁぁぁぁあ!!?? 霧子! お前そんな所で何やってんだ!?」
何が恋のミステリーツアーだ。霧子がいる限り俺の日常はドッキリホラーショーだ。
「お弁当の袋にお箸入れ忘れたから届けに来たの」
「それはありがとう! だけどもうちょっと普通に届けに来られないのか!?」
「お兄ちゃん、普通って人によって違うんだよ」
「そういう哲学的な話はしていない! 普通は普通だ!」
「普通って十回言ってみて」
「普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通」
「じゃあ、いちごは?」
「フ、フルーツ!」
「残念、いちごは野菜でした」
「アホか! んなわけあるか!」
「本当だヨ」
突然馬鹿な兄とおかしな妹のやりとりを見せられて、桜庭はさぞかしドン引きしているだろう——と、思いきや。桜庭はキョトンとした表情で俺と霧子を見比べている。
「先輩って、霧子ちゃんのお兄さんだったんですか?」
なるほど、桜庭は奇しくも霧子の友達だったようだ。悪い意味で運命の悪戯な気がしてならない。
「うん、そうだよ。鈴ちゃん、コレ、いつも話してる私のお兄ちゃん。お兄ちゃん、コレ、友達の鈴ちゃん」
「あ、どうも。妹がいつもお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ霧子ちゃんにお世話になっています。それからお兄さんのお噂はかねがね聞いています」
さっきまでのトキメキは何処へやら、霧子の出現で俺達の出会いはなんだか保護者同士の顔合わせのようになってしまった。しかし霧子が普段どんな風に俺の事を話しているのか不安で仕方ない。
すると、挨拶を交わした俺達に対して霧子が言った。
「で、オニイチャンと鈴ちゃんはナニシテタノ?」
俺は霧子の目の奥が妖しく光るのを見た。
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