第7話 ツンデレ後輩は異次元妹の夢を見るか1

 なんやかんやで無事に登校して遅刻届を提出した俺は、それから四時間目まで何事もなくいつも通りの授業を受けた。二時間目の休み時間にトイレに行った時に廊下で稲葉さんとすれ違ったのだが、稲葉さんは怒っている様子もなく軽く手を上げて挨拶をしてくれたのが嬉しかった。


 そして昼休みになり、俺は霧子が作ってくれた弁当を持って友人の金田と一緒に食堂へと向かう。別に教室で食べても良いのだが、金田が普段弁当を持参せずに学食で食べるし、うちの学校は一階にある食堂と購買にしか自動販売機が無いので、俺はいつも金田の付き添いと飲み物を買うついでに食堂で弁当を食べているのだ。


「お前はいいよな、いつも弁当作ってくれる優しい妹がいて」

 学食へと向かう途中、俺がぶら下げた弁当箱を見ながら金田が呟く。確かに毎日弁当を作ってくれる存在がいる事はありがたい事だ。しかも霧子の作る弁当は彩りもよくて味も美味である。しかし、たまにご飯の中央に海苔や桜でんぶでハートマークを描いていたりするので油断はできない。


 以前金田に聞いた話では、金田には妹ではなく姉が一人いるらしいが、俺がどんな姉かと問うと、一言「腐れ鬼ギャル」と答えた。その一言で毎日弁当を作ってくれる存在とは程遠い事が理解できる。ギャルで家庭的であれば中々のギャップ萌えではあると思うが、金田の言葉には明らかな侮蔑がこもっていたので、それも期待できそうにない。


 食堂に着いた俺達は自分達の席をキープし、俺は自動販売機に飲み物を買いに、金田はカウンターで昼飯を注文するために席を離れる。確か霧子は今日の弁当は焼鮭入りの海苔弁だと言っていたので、緑茶を買うのがベストだろう。


 緑茶を売っている自販機に着くと、自販機の前には先客がいた。一年生の証である赤いラインの入った上履きを履いた背の低い女子生徒だ。彼女は小柄な霧子よりも更に背が低く、制服を着ていなければ多分中学生と間違えてしまうだろうというほど幼い見た目をしている。


 俺が彼女の後ろで待っていると、彼女はお金を入れるでもなくボタンを押すでもなく、財布を片手に足元を見ながらあたふたしている。困っている女の子を見捨ててはおけない事に定評のある俺が声を掛けようとすると、彼女は俺の気配を察したのかこちらを振り返った。


「あっ……」


 フワリ


 彼女がこちらを振り向いた瞬間、ライムのような爽やかな香りが俺の鼻腔をくすぐった。背後に立つ俺を見た彼女は一瞬驚いた表情を浮かべると、すぐに目を逸らす。


「すいません……先どうぞ」

「ジュース買うんじゃないの?」

「あ、いや、買いますけど……ていうか、待っていたなら言って下さいよ。そんな背後霊みたいにボーッと立ってないで」


 背・後・霊


 まさか後輩女子に出会って五秒で背後霊扱いされるとは思わなかった。正直かなりショックだ。よくよく見ると彼女は身長に相応しく童顔ではあるが、吊り目で生意気そうな顔をしている。


「ご、ごめん」

 俺が謝ると、生意気後輩はジュースを買うと言っていたのに、肩を落とした様子で自販機の前を去って行こうとする。その様子を見て俺は察した。


「もしかして、自販機の下にお金落とした?」

 俺の言葉に彼女は立ち止まって振り返る。少し焦ったような表情から察するに、どうやら図星であるらしい。彼女は自販機の下にお金を落とし、スカートのままで床に這いつくばるわけにいかずに困っていたのだろう。


「ちょっと待ってて」

 俺は学ランを脱ぐと床にしゃがみ込み、自販機の下に腕を突っ込んだ。すると、さっきまで不機嫌そうな顔をしていた生意気後輩は表情を一変させ、慌てふためき俺を止めようとする。


「い、いいですよ! そんな事しなくて!」

「いいよ、これくらい」

 本当は何も言わずに奢ってやる方がスマートなんだろうけど、生憎俺は金欠だ。

 めいいっぱいに伸ばした指先に、金属の感触が触れる。重さからして彼女が落としたのは五百円玉だろう。そりゃあ肩を落とすわけだ。


「よっ、と」

 指先で手前に弾いた五百円玉は、上手い具合に自販機の下から滑り出てきてくれた。俺はそれを拾い上げ、埃を払って生意気後輩に手渡す。困り顔だった生意気後輩の顔が、今度は僅かに明るくなった。

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