第6話 兎少女と穴熊妹3
「あー、ビックリしたぁ。着地したと思ったら風車がいっぱい刺さってる山の上にいるんだもん。地獄に落ちたかと思ったよ。それにしてもイタコってお金取るんだねー」
「本っっっ当に申し訳ない!」
霧子のせいで先程とは逆に、今度は俺が稲葉さんに謝罪する事となってしまった。稲葉さんはカラカラと笑いながら「大丈夫大丈夫」と言ってくれているが、それでは俺の気が済まない。
「霧子! お前も謝れ!」
さっきから異次元で穴熊になってブー垂れている霧子を引きずり出そうとするが、俺が手を伸ばす度に入り口を閉じてしまうためにそれは叶いそうもない。
「あはは、だからいいってば。妹さん? は、確か一年の特待生だよね? 初めて見たけど凄い能力だね」
危うく恐山に放置されそうになったにも関わらず、稲葉さんは爽やかに笑って霧子に話しかける。なんて人間ができているんだろう。そして稲葉さんはどうやら霧子の事を知っているようだ。まぁ、能力の事もあり霧子はうちの学校では結構有名人だから、稲葉さんが知っていても不思議はない——が。
「……」
霧子は稲葉さんの呼び掛けには応えず、うっすらとした笑みを浮かべながらただ稲葉さんを見つめている。
「霧子、返事をしなさい」
「うん。お兄ちゃん」
「俺にじゃない、稲葉さんにだ」
「わかった。お兄ちゃん」
「稲葉さんにだ。日本語わかるか?」
「お兄ちゃん、今夜何食べたい?」
「このやろう! 兄に恥をかかせるんじゃない!」
珍しく反抗してくる霧子に剛を煮やした俺は、霧子の隙をついて異次元空間に左手を突っ込む事に成功した——が。
ぎゅむっ
霧子がすぐに入り口を閉じてしまったために、俺の左手は異次元から抜けなくなってしまった。箱の中身はなんだろな状態である。というか前から思っていたのだが、この異次元というやつはどういう仕組みになっているのだろう。このまま左手を空間ごと切断されないか心配になる。
「妹さんは人見知りなんだね。私も子供の頃は結構人見知りだったから気持ち分かるよ」
「いや、人見知り……ではあるんだけど、これは何というか……」
「いやー、うちの妹は俺に近付く女の子をもれなく敵視して排除しちゃうんですよー」とは言えずに俺は言葉を濁す。
なぜ神はウチの妹に、他人をたやすく排除できるこのような厄介な能力を与えたもうたのかと思わないでもないが、霧子の能力が念動力や精神干渉だとしても、それはそれで危うい事には変わりないだろう。
昔、どこかの偉い人が多分言った。
「人を殺すのは銃ではない、銃を扱う人間なのだ」と。
たとえ霧子の能力が何であろうと、その能力が世にどのような影響をもたらすかは能力を扱う霧子自身の問題なのだ。俺は兄としてこの手で霧子を正しい道に導かねばならないのだ——が。
悲しい事に霧子を導くべき俺の手を、異次元空間がパックリ咥え込んだまま放してくれない。手の感覚はあるので試しにデコピンをしてみると、俺の手を間近で観賞していたらしい霧子に命中し、その瞬間俺の手はあっさりと異次元空間から抜けた。すると、学校の方から今度は一限目の開始を知らせるチャイムが聞こえてきた。
「あ、いけない! 早く教室に行かなきゃ!」
霧子には稲葉さんに低頭平身謝らせたいところだが、このようなつまらない事で稲葉さんに授業までサボらせるわけにはいかない。俺は頷き、稲葉さんと一緒に残り短い通学路を仲良く登校する事にした。
春風と共に駆け出す兎少女と平凡少年、春の女神の悪戯で出会ってしまった俺達二人の青春は、まだまだ始まったばかりであ——
ひゅぽっ
「いやぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
俺のすぐ目の前で足を踏み出そうとした稲葉さんは、突如足元に開いた異次元の落とし穴へと勢いよく落下していった。そして稲葉さんが消えた異次元の落とし穴から、またしても霧子がひょっこりと顔を出す。
「……」
「……」
長い沈黙の後、霧子は言った。
「八丈島」
「きぃぃぃりぃぃぃこぉぉぉお!!!!!!」
こうして稲葉さんは数分のうちに二ヶ所の観光地を巡り、俺達は結局大幅に遅刻して登校する事になった。
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