第2話 俺と妹の関係性について2

 朝一からエイトビートを刻まされた心臓の鼓動をフラットに戻しながら、俺は洗面所で顔を洗い、制服を着て自室のある二階からリビングのある一階へと降りる。


 リビングへの扉を開けると、奥にあるキッチンでは霧子が朝食の支度をしており、ダイニングテーブルには既に白米と味噌汁と納豆と海苔とサラダが載せられていた。そして俺がテーブルに着くと、すぐさま霧子が焼きたてのベーコンエッグを運んでくる。ベーコンはカリカリジュワリで、卵は絶妙な半熟具合の完璧なベーコンエッグだ。


「いただきます」と呟き、納豆をかき混ぜ始めようとした時だ。俺は醤油がない事に気付き、キッチンに取りに行こうと椅子から立ち上がろうとする。すると、それを制するかのようにテーブルの上に黒い影が現れ、その中から伸びてきた霧子の手には、しっかりと醤油の瓶が握られていた。


「……ありがとう」

 不気味な程に気が利いている妹のおかげで、俺は何一つ不自由をする事なくバランスの良い朝食を堪能する事ができた。


 因みに霧子は料理だけでなく、掃除や洗濯を含めた家事全般をほぼ完璧にこなしてくれる。容姿端麗、家事完璧、学業優秀、運動——はちょっと苦手のようだが、それを差し引いても充分過ぎるほど立派な妹だ。


 霧子が淹れてくれた食後のコーヒーを飲みながら、俺は対面で紅茶を飲んでいる霧子に語りかける。


「なぁ、霧子」

「なぁに? お兄ちゃん」

「あのな、お前の作る朝食はハッキリ言っていつも完璧だよ。ありがとう」


 俺がそう言うと、突然霧子の背後に暗闇が現れ、椅子から立ち上がった霧子はその中に飛び込んだ。そして暗闇の中から穴熊のようにひょっこり顔を出すと、頬を赤く染めながらテレテレと照れ始めた。


「エヘヘ……もう、お兄ちゃんたら、そんなに褒められたらエヘリウム光線出ちゃうヨ……」

 そう言って霧子はキツネにした手を暗闇から出すと、俺に向かってパクパクと開閉させ始める。なんだエヘリウム光線って。


「やめろやめろ! そんな精神的に悪そうな光線を俺に放つな! まぁ、それは置いといてだ。あの起こし方はなんとかならないか?」

「起こし方?」

「うん。 いや、そりゃあな、俺が寝坊が多いのが悪いのはわかってるし、起こしてくれるお前の気遣いはほんっとに嬉しいんだけどさ。ただ、心臓に悪いから『能力』を使って起こすのはやめて欲しいんだ」


 能力。

 一般的には物事をこなす力の事を指すが、今俺が霧子に言った能力というのはちょっと違う。

 この世界には、『能力者』と呼ばれる『本来人間が持たない超常的な能力を持った人間』が存在する。


 超常的な能力とは、例えば念動力や空中浮遊や精神干渉や、あとは口から火を吐いたり、透明になれたり、身体能力が半端じゃなかったり目でピーナッツを噛めたりとかそういうのだ。

 世界で初めて能力者の存在が国家的に認定されたのは1860年のアメリカのカリフォルニア州で、能力者第一号はサーカスに所属していた超怪力を持つ男だったらしい。彼の発見から百数十年の間、あれよあれよという間に能力者の数は増え続け、今では人類の五人に一人が強弱様々な超能力を持っていると言われていて……まぁ、こんな歴史の教科書に載っているような話は長くなるから置いておこう。


 もう既にお察しだとは思うが、マイシスター霧子もその能力者というやつなのである。しかも霧子の能力は全世界に数億人いる能力者の中でも特級に珍しい能力で、本来人間が知覚することすらできない異次元空間を自由に開閉する事ができ、それを潜る事によって、どこでも好きな場所を自在に行ったり来たりする事ができるという能力だ。そう、さっきからちょくちょく現れる暗闇は、実は霧子が開いた異次元空間の出入り口なのだ。

 霧子はこの能力をシンプルに『異次元ディメンション』と呼んでいる。


 因みに俺は残念ながら能力者ではない。まぁ、「こんな能力が欲しいなぁ」と思う事はいくらでもあるが、ないものねだりをしても仕方がないので、こればかりは諦めるしかない。


 先程の醤油の件もそうだし、霧子が俺の部屋に生首で現れたのも、今話した『能力』を駆使しての事だ。霧子は自分がいる一階に異次元空間の入り口を、そして二階にある俺の部屋に出口を作り、それを通じて俺の体を揺さぶったり、首だけを出して呼びかけたりしたのだ。朝っぱらから霧子が生首になって浮いていた理由をお分かりいただけただろうか。


 霧子の能力についての細かい部分はここでは語らないが、霧子の能力はある程度想像力が豊かな人間であれば、一時間は妄想で時間が潰せるであろう破格の能力である事は間違いない。霧子はそんな御大層な能力を、俺を起こしたり、食卓に醤油を運ぶのに使っている。やろうと思えば金儲けだって何だって自由にできるだろうに、よりによって納豆にかける醤油を運んでいるのだ。


 まぁ、兄としては霧子がその能力を悪事に使っているわけでもなければ、何に活用しようと全然構わないのだが、俺には霧子の事で一つ困っている事がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る