俺と妹の関係性について

第1話 俺と妹の関係性について1

 『彼女が欲しい』

 年頃の男子ならば誰もが一度はそう願った事があるはずだ。

 それは俺、阿佐ヶ谷本介あさがやほんすけも例外ではない。むしろ人一倍彼女が欲しいと願っている。


 彼女を作ってお喋りがしたい、デートがしたい、イチャイチャしたい。いや、最悪片想いでもいいから普通に恋愛がしたい。それが超一流大学やスポーツで全国大会を目指しているわけではない平凡な高校二年生である俺の切なる願いだ。なんとささやかで慎ましい願いであろうか。


 しかし、俺の側にはそんなささやかで慎ましい願いを許してくれない存在がいる。


 奴は俺が女の子と良い感じになるとどこからともなく現れ、全てをことごとくぶち壊していくのだ。


 あいつさえいなければと思う事は何度もあった。でも、俺はそいつを恨む事はあれど憎んではいない。なぜならそいつは俺の————




 ゆさゆさ


 誰かが俺の体を揺さぶる感覚があり、俺は眠りの奥深くから意識を浮上させる。


 窓の外から聞こえてくるスズメの鳴き声から察するに、朝が訪れてしまったという事だろう。

 俺の記憶が確かであれば今日は平日であり、それ即ち高校二年生である俺は学校に行くために起きなければならないという事なのだが、春の陽気と布団の温もりに囚われた俺は、昨夜夜更かししてテレビゲームに熱中していたというデバフ効果を受けており、これでは簡単に起きられるはずがない。


 ゆさゆさ


 しかし、そんな脆弱な俺の意思に加勢してくれようというのがこのゆさゆさであり、俺はこのゆさゆさの主であろう人物に心当たりがある。それは、俺の妹である阿佐ヶ谷あさがや霧子きりこだ。

 霧子は妹とは言っても俺と血が繋がっていない、所謂いわゆる義理の妹というやつだ。


 九年前に俺のファーストファーザーと死別した母さんは、その二年後に俊夫としおさん——俺のセカンドファーザーと再婚した。そして霧子はその俊夫さんの連れ子という訳だ。因みに俊夫さんは去年から単身赴任でウガンダ共和国に行っており、霧子が高校に上がったこの春からは母さんも俊夫さんの所へ行ってしまった。

 つまり、今この家には俺と霧子しか存在しない。という事は、寝ている俺の体をゆさゆさするのは霧子以外にはあり得ないという名推理だ。というか霧子以外だったら怖い。


 グイグイ


 ゆさゆさがグイグイに変わった。いよいよ本格的に起きねばならぬ時が来たらしい。ただ、起きる前に一つ言わせてもらうと、『血の繋がっていない妹に優しく起こしてもらう』というシチュエーションは、全国的に結構な数の男子が夢見るシチュエーションだとは思うが、俺の場合それに当てはまるかは微妙である。なぜなら——


「オニイチャン」


 霧子の声に導かれて意識を完全に覚醒させた俺がゆっくりと目を開けると、俺の目と鼻の先には、爛々と怪しく輝く目を見開き、うっすらと笑みを浮かべる霧子の『生首』が浮いていた。


「わぎゃんなぁ!!!???」


 俺は自分でも何語だか分からない情けない悲鳴をあげて、ベッドから転がり落ちそうになりながらもなんとか踏み止まる。それを見て霧子の生首は「ふふふ」とお上品に笑った。

 ゆるりとカーブした肩までの黒髪、黒目が異様に大きいぱっちり二重のお目々、ツンとした小さな鼻、やや薄いが血色の良い唇。まごう事なき我が妹の生首である。


「おはよう、お兄ちゃん。朝ごはんできてるから着替えたら下りてきてね」

 霧子の生首はそう言うと、首の根本にある黒い影の中へとモグラ叩きのモグラように吸い込まれて消えた。


 俺の言っていた『微妙』の意味がわかってもらえただろうか。

 毎朝のようにある事とはいえ、寝起きに妹の生首を見せられるのは心臓に悪いのだ。

 兄の俺が言うのもなんだが、控えめに言っても霧子は女の子として割と可愛い方だと思う。しかし、寝起きに視界に入るのが生首、生の首である。俺は相手がどんな美少女であろうとも生首にときめく事はできない。相手が生首では、『義理の妹に優しく起こしてもらう』という貴重なシチュエーションもだいなしなのである。


 そうそう、なぜ霧子が生首状態で俺を起こしに来るのかを説明せねばならないが、まぁ、それは顔を洗って制服に着替えてからでも遅くはないだろう。

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