徹夜の代償

 …



「…ふぇっくしょん!」


 どうも、クソザコ低身長ひょろ長メガネㅤㅤㅤシㅤㅤキㅤㅤㅤです。

 早速ですが、俺は今風邪を引いています。

 …どうしてこうなったのか、話をしましょう。



 …



 そう、それは昨日…いや、今日の事だった。

 俺はいつも通りに徹夜して、実に二日ぶりに自宅に帰ってきたところだった。

 徹夜続きで家に帰ることもままならず、頭がおかしくなりそうなのを必死に抑えて鍵を開けドアを開けて、たった一言。


「ただいま帰りました…。」


 とだけ。

 捻り出した。

 しかし返ってくる言葉はなく、ただ虚しいだけの静寂が残った。

 いつもならば聞こえてくるぺたぺたという可愛らしい足音も、おかえりなさいという俺の大好きな声も…返ってこなかった。


「…はぁ。」


 ため息を吐いた。

 おもむろに時計を見た。

 指しているのは2:30ほどだった。

 こんな時間だ、彼女は寝てしまっていただろう。

 ドアを閉め、鍵をかけた。

 もう眠かった。

 でも、まだ寝れなかった。

 お風呂も入ってない、ご飯も食べてない…

 やる事が多かった。

 とりあえず自室に行った。

 寝間着に着替えた。

 安心した。

 膝から倒れた。


 …そこで、俺の意識は消え去った。



 …



 そして朝起きたらこのザマだ。

 気づいたらジェーンさんにベッドに寝かされていて、咳もくしゃみも出るわ熱もあるわ頭も痛いわの地獄だ。

 そして仕事をやろうとすると…


「シキさん?」


「ヒッ…ごめんなさい。」


 …このように、隣に居る最愛の妻ジェーンさんに物凄いオーラを纏った笑顔で止められる。


「もう…。体調酷いんですから、今はお仕事禁止です!」


「たかが風邪くらいで、ですか?」


 正直まだ無理できそうな状態だから、ちょっとくらいなら…と思ったが。


「たかが風邪くらいで、じゃありませんっ!」


 …物凄い勢いで止められる。


「38度くらいなら平熱だっt「それはペンギンの平熱です!」…そうですね。」


 これは無理そうか。

 仕事をするための徹夜の代償が仕事ができない事だなんて、なんて皮肉だろうか。


「全くもう…。体調悪い時は無理しちゃいけませんっ。」


「無理はしてないですけどね?」


「無理してないなら、その真っ赤なお顔はなんですか?」


 …見抜かれていた。

 屁理屈は通用しないみたいだ。

 大人しく看病されよう。


「…にしても、シキ君が風邪引くなんて…珍しいですね?」


「そうですかね?」


 俺は何をしても体調万全を維持できる健康男児ではなかったハズだが、そんなにだったろうか?


「だって…こうして看病するの、初めてじゃないですか。」


「…あー。」


 そう言われてみればそうだ。

 ジェーンさんとこの関係になってから、一度も看病してもらったことがない…つまり、一度も体調を崩さなかったのか。


「言われてみれば、ですね。」


 そして、ジェーンさんはそれほど俺の事を見てくれているのか…と思うと、少し嬉しくなる。


「ありがとうございます。」


「…どうしたんですか急に?」


 わからなくていいんだ。

 これは日頃の分も、今日の分もなんだ。

 いつも言っているけど、あらためて。


「いえ、なんでもないですよ。」


「…?」


 彼女は首を傾げている。

 その仕草、たった一つでももう十分にかわいい。


「…ふふっ。」


 笑いが零れた。


「えっと、どうしたんですか?」


 彼女が聞いてくる。


「いえ、貴女があまりにかわいくて…つい。」


「もう…ありがとうございます。」


 ああ。

 こうしていると、時を忘れる。

 すごく満たされている。

 しばらくぶりな気もする。

 こうして彼女と二人きり。

 誰にも邪魔されず、仕事のことも考えず、二人だけでゆっくりしている。

 忘れていた…いや、忘れざるを得なかった感覚だ。

 忙しくて。

 ぞんざいに扱ってしまって。


「…シキ君?」


「はい?」


「そんな悲しい顔して、どうしたんですか?」


 …表情に出てたみたいだ。


「いえ、なんでもないですよ。」


「…大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫です。」


 大丈夫だ。

 これからは、少しでもこういった時間を増やしてあげればいいだけだ。


「…大丈夫ならいいですけど…。何かあったら言ってくださいね?」


「はい。」


 …少し暗くしてしまったか。

 まったく、こういうことは考えるべきじゃないな。


「…ジェーンさん。」


「はい?」


「風邪が治ったら今度、デートにでも行きましょうか。」


 珍しく俺から持ちかける。

 こういう時でもないと、まともに話せないからだ。


「シキ君…!」


 彼女が抱きついてくる。


「ちょっと、感染うつっちゃいますよ?」


「そうでした…。つい嬉しくて…えへ。」


 …かわいい。

 それは今はどうでも…よくないけど一旦置いておく。


「どこに行きましょうか?」


「あっ、じゃあゆきやまの旅館に行ってみたいです!久しぶりに!」


 本島に行く。

 たまにはいいだろう。


「ああ、いいですね。何か買いたい物とかあればこっちパーク・ワーカーズでも買い物しましょうか?」


「じゃあ、服とか見てみたいですっ。」


 服を見る。

 なら、近くの駅から都心部に行けばいいだろう。


「駅前のあの…最近広告出してる、あの店とかどうですか?」


「あー、行ってみたかったんですよ〜。流行ってるじゃないですか。」


「ふふ、そうですね。」


 …こうやって過ごす時間。

 これが徹夜の代償ほうしゅうだと言うなら、またやっても悪くないかなとも思ってしまう。


「他にはありますか?」


「…あ、あとそれから…」



 …



「…なんてどうですか?」


「…。」


「…シキ君?」


 …彼は寝てしまいました。

 それでもとても彼らしくて、まぁいいかなってなってしまうんですけどね。


「もう…。お話の途中に寝るのはダメですよ。ちゃんと治して、デート行きましょうね。」


 優しく頭を撫でる。

 彼の表情が少しほころんだように見えた。


「かわいいのはシキ君もですよ。おやすみなさい。」


 …さて、じゃあ今のうちに他のことを…。


「…シキ君?」


 そう思ったら、彼の手が私の服の端を掴んでいた。


「…もう…。」


 きっと、私の表情も綻んでしまっているのでしょう。

 でも、しばらくこのまま…。





 ………





「…それで、自分も引いちゃったと。」


「うぅ…ごめんなさい…。」


 今、俺の目の前で彼女が寝ている。

 看病していたら感染ってしまったらしい。


「気にしないでください。俺も悪いんですから。」


「うぅ…はい…。」


 申し訳なさそうにしている彼女もまたかわいい。

 そろそろしつこいかもしれないが仕方ない、やはりかわいいのだから。


「…シキ君…。」


「はい?」


 彼女が話しかけてくる。


「私の風邪が治ったら…デート…行きましょう…?」


「…もちろんですよ。だからがんばって治してください?」


「…はいっ。」


 …かわいらしいお願いだった。

 風邪が治ったら、休みを取って、デートに行こう。

 たまにはそうやって過ごすのも悪くないだろうな。


「…楽しみに、してますからね…。」


「はい、楽しみにしておいてください。」


 まずは、彼女を治さないと。

 やることはまだまだある。


 でも、この先の楽しみのためならなんでもできる気がする。



 …

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