教生

深川夏眠

教生(きょうせい)


 高校に教育実習生がやって来て、女子校だったせいもあって、若くて、まあまあ背が高く、そこそこ整った顔立ちの男性に、みんな用もないのに群がって無駄話をしたがった。実習は普通、母校で行うものだけれど、やむを得ない事情から、伝手つてを頼って縁もゆかりもない学校へ行く場合もあるとか。

 それにしても、どこかで見た顔だ。やけに強い既視感。賢い友人が言うには、脳の誤認で、五分前に記銘した事物を五分間のうちに前々からのお馴染みだと錯覚するケースがあるそうだが……。

 家に帰って、気のせいではなかったと思った。姉の部屋で(無断で)アルバムを広げると、彼女と仲睦まじく並んで笑っているのは、まさしく彼。五年ほど前だったか、この写真は私が撮ったものだ。

 二人はとっくに別れたはずだから、彼が私に気づいたとしても、とぼけていて不思議はない。その点は大目に見よう。問題は、当時大学生だったはずの彼が今も同じくらいの年格好で教生きょうせいとして現れたことだ。

 放課後、引き留めて疑問をぶつけようとしたが、上手く言葉に出来ず、彼は謎めいた笑みを浮かべて去ってしまった。


                   *


 娘が登校中、バイクにねられかけて転倒し、病院へ運ばれたと連絡を受けて駆け付けた。幸い、僅かな接触でしかなく、転んだときに打撲と捻挫を負っただけで済んだという。

 娘に付き添ってくれていたのは、ちょうど現場に居合わせた高校の先生だった。お礼を言い、型どおりの挨拶を交わして辞去する際、

「明日、体調が思わしくなかったら休んでもいいけど、学校に電話してくださいね」

「はい」

 その瞬間、私が誰かを思い出したのだろう、彼は意味ありげな微苦笑を口許くちもとに滲ませた。


                  【了】


◆ 初出:パブー(2019年4月)退会済

⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/LZYH04sG

◆ 縦書き版はRomancer『月と吸血鬼の遁走曲フーガ』で

  無料でお読みいただけます。

  https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts

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