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(ここから先は、僕がリースを誘拐した後に書いたものです。)
リースを誘拐する三日前、僕たちは高校の成人式の集まりがあって、町のレストランで同級生たちと食事をしていた。
皆と離れていた間、僕は大きな手術をした。
それは、女になる手術。要らないものを切り取って、女性ホルモンを注入する。そうして、女になろうと思った。
今は未だ成果が見られないが、次第に女になっていくだろう。
そうすれば、レイは僕のことを好きになってくれるかもしれない。僕が男でなくて、女だったら、愛してくれるのかもしれない。
そんな、淡い希望を抱いていた。
レイが来た。
高校の時と変わらない、爽やかな格好良さを携えて。
その隣に座るのは、僕だと決まっていた。レイと出会った中学の頃から、ずっと、そういう運命なのだ。僕と、レイは、結ばれる運命。だから、―。
「レイ!久しぶり……」
受付まで迎えに行って、そして、気持ちを伝えよう。
大好き。愛してる。付き合おうって。
「よう、久しぶり。あ、こっちは、俺の妻の……」
大好き。愛してる。
「どうも、レイの妻の、ヘレンだよ!改めてよろしくね」
レイの、妻。
僕じゃなくて、ヘレンが、レイの妻。
でも、気持ちを伝えなくちゃ。ずっと、僕は好きだったんだから。
「妊娠六か月なの!」
あ、子供、いるんだ。
「そう、なんだ。おめでとう」
大好き?愛してる?付き合う?
もう、無理ではないか。
告白したって、無駄ではないか。
そう思ったら、僕の頭の中に、どんどん黒い感情が湧いてきた。父が死ぬ前の様な、殺意しか持てなかったあの頃のように。
殺してやる。
それしか、思えなかった。
成人式の翌日、僕は、個人的にお祝いしたいからと適当な理由をつけて、レイとヘレンを自室に招いた。
二人は何の疑いも持たず、悠々と僕の部屋見て、コーヒーを飲んでいた。
「ねえ、アルバスがレイの介添人になってよ」
そんな暢気なことを言うヘレンが、僕は大嫌いになっていた。
僕の気持ちも知らずに、ぱっと出のくせにレイを鷲掴みにしてしまったのだから。
「んー、最近忙しいから、無理かもしれないな」
そんな適当な理由を付けながら、僕は包丁を研いでいた。
「そんなこと言うなよ、俺の親友だろ?」
そうだね、親友だね。
だから、もうやっちゃっていいよね。
「……何だか、眠くなってきちゃった」
ヘレンが倒れる。
「おい、ここで寝たら失礼だろ……」
レイも倒れる。
コーヒーに大量に混ぜておいた催眠薬が、漸く効いたようだ。
さあ、ここから解剖を始めようか。
手順なんてものはもちろん知らないから、適当にやろう。
まずは、憎たらしいヘレンから。その愛らしい顔面を、ぐちょぐちょにしてあげるね。
口の中に包丁を入れて、グッと右の方に引いた。研いでいたおかげでキレ味は良く、あっという間に耳の方まで裂くことができた。そのまま包丁を上に動かして、頭皮を切った。頭頂部から、また口の方へ動かす。
そうして、顔が剥がせるようになった。僕は、頭頂部の肉を掴んで、下へ思い切り引いた。べりべりという音と共に、ヘレンの美しかった顔は、剥がれていく。
ああ、気持ちいい。
酸素の薄い空間の次に、快感だ。
顔と奮闘して約五分で、顔のないヘレンのできあがり。
次は、腑分けをしようか。穢れのない綺麗な臓器と、彼女の可愛い赤ん坊を。
胸の真ん中から、大きな腹へ、真っ直ぐな赤い線を描いていく。そして、開いた肉から覗く心臓、肺、肝臓を潰していく。大きな子宮を開いたら、何やら水の様なものがでてきた。
その奥に宿る、命が芽吹いて六か月しか経っていない、レイの血が混ざった子供を取り上げる。まだ小さくて、意外にグロテスクで、そして、憎たらしい。
ごめんね、あなたはまだ何もしていないけれど、生きているだけで罪なんだ。だから、死んでね。
心の中でそう思って、ぐったりしている赤ん坊をも切りつけた。その円らな瞳でこの残酷な世界を見る前に、僕がその命を摘んであげた。
部屋に、女とまだ小さい赤ん坊の死体が転がっている。
季節は冬で、窓の外には雪がちらついていた。
真っ赤な部屋とは打って変わって、外は銀世界が広がっている。僕は次第に、そういう穢れのない世界を、汚してやりたいと思うようになっていた。
窓から目を離し、床に横たわるレイを一瞥する。
少年の頃から変わっていない爽やかさと共に、今では何だか大人の風貌まで纏ってしまっている。
こんなもの、レイには必要ないのに。
ヘレンが、レイを変えてしまった。それまでの人生を百八十度回転させて、全く新しいレイを作ってしまった。
どうして、それが僕にはできなかったのだろう。ヘレンより前から、ヘレンより強くレイを想っていたのに、どうして僕は、彼が変わってしまうほど愛してもらえなかったのだろう。
僕にはレイしかいなかったのに、レイには僕以外にもいた。僕がいなくたって、レイは生きていけた。
僕は、必要のない存在なのだ。
でも、それでも僕は自分の生を捨てられない、臆病者だ。
だから、僕はレイを殺す。殺して、レイから卒業しなくては。
「愛してる」
ずっと言いたかったこの言葉を、意識がない人に言ったところで、意味は無いだろう。でも、いいじゃないか。今まで言えずにいたのだから、タイミングは今しか無いだろう?
レイの首をそっと持ち上げて、その唇に吸い付いた。
待ち望んでいた。この時を。
でも、レイは一生僕のものにはならない。
「さようなら」
そう言って、僕は逞しい首に包丁を差し込んだ。
僕の言葉に答えるように、レイの真っ赤な命は飛び上がった。
冬の真っ白な雪原を、一羽の鶴が舞い降りた。周囲の人間を充分に魅了した後、鶴は伴侶を連れて飛んでいく。その時、近くにいた愚かな人間は、その鶴を撃ってしまった。
穢れのない純白の空間に、場違いな赤が侵食する。染まってしまった雪は、もう、元には戻らない。
僕は、三人の命を、この手で摘んだ。
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