あの事件から、約一週間が過ぎていた。

 あの後、尾行していたエミーユによって、瀕死の所を助けられたボクは、この病院に運ばれたようだ。

 コンコン。

 軽快なノック音の後に、見知らぬ男が入ってきた。

「こんにちは、ご機嫌いかがかな、リース君。ぼくは、君の先輩にあたる者だ。カイト、と言えばわかるかな」

「こんにちは、レイとアルバスの友達、ですよね」

 カイトは微笑を浮かべた。

「そうだ。ぼくはあまり現場には行かないのだが、今日は、君に用があってね」

 そう言うと、カイトは懐から封筒を取り出した。

「これは、アルバスが君に宛てた手紙だ。読むかい?」

「どうして、これを?」

 カイトは、ベッドの脇にあった椅子に腰を下ろした。

「星の洞窟で君たちを発見した後、君は病院へ運ばれたが、アルバスは、警察に逮捕されて、刑務所の方へ連れて行かれたんだ。そして、治療を終えて独房に入れられた翌日に、自ら命を絶った。囚人服で、自分の首を絞めてね」

「……死んだ」

「死体の傍らに、この手紙が置いてあった。宛先に君の名前があったから、渡しに来たんだ」

「……そうですか。後で、読もうと思います」

「ぼくは、洞探が好きだったよ。真面目にやっているのはぼくとレイくらいだったけれど、皆、仲が良かったから。でも、ぼくは、大切な仲間が抱いていた愛と憎しみを、感じることはできなかった。あの時、ぼくが少しでも皆に気を遣っていれば、きっと、こんなことにはならなかった。申し訳なく思っているよ」

「いいえ、そんな。こんな目に遭ってしまいましたけど、でも、アルバスと出会えたことは、ボクにとって幸せでした」

 カイトは、ボクの手を握った。

「ぼくたちが気づかなかったアルバスの闇を、受け止めてくれて、愛してくれて、ありがとう」

 ボクも、力いっぱい握り返した。

「一つ、お願いを聞いてもらってもいいですか」

「ぼくにできることなら」

「姉に、エミーユに、ありがとうって伝えてください」

 カイトは涙ぐみながらも、ボクに微笑む。

「もちろん、約束は果たすよ。では、ぼくはこれで」

「さようなら、カイトさん」

 そうして、カイトは病室から出ていった。


「リース!」

 代わりに入ってきた女を、ボクはじっと見つめる。

「あなたが無事で、本当によかった。今、話せるの?体は大丈夫なの?何か、食べたいものとかある?」

 相も変わらず、捲し立てるように話している。

「母さん」

「……ひょえ?」

「母さん、ボクを愛してくれてありがとう」

 久しぶりに母さんと呼んだせいか、母親は固まってしまっている。

「……リース、私を、許してくれるの」

 母親の目からは、止めどなく涙が零れている。

「うん。代わりに、条件がある」

「ありがとう。条件って?車とか、お金とか?」

「ボクに向けている愛を、半分でもいいから、姉さんに向けてほしい。姉さんは、ボクの命を救ってくれたし、母さんの面倒も見てくれた。だから、姉さんのことをもっと愛して欲しい」

 母親は、ボクの頬に触れる。

「もちろんよ。あなたに許される機会をくれたのは、他でもない、エミーユだものね」

 ボクはその手に、そっと触れる。

「うん。さ、ボクはもう寝るから、早く出て行って。また明日、来てよ」

「わかった。またね、リース」

「さようなら、母さん」



 誰もいなくなった病室に、オレンジ色の夕日が差し込んでいた。相変わらず、ボクのことは無視しているけれど、もう、ボクは気にしない。

 ボクには皆がいるから。星の輝き、母、エミーユ、カイト、そして、アルバス。

 彼らがいれば、もう大丈夫。

 ボクは、アルバスからの手紙を開いた。

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