「――――――――――――――――」



 彼女の話が終わる。車は、どこかの船着き場で止まった。

空は、もう暗くなっている。太陽は沈み、月が煌々と照り光る。月明かりに照らされる彼女の顔が、妖艶に映し出された。

「着いたわ」

 彼女が呟いた。黒い海の音に掻き消されてしまいそうな、小さな声で。

「星の、洞窟だね」

 彼女は、車のドアを開ける。海から吹く潮風が、彼女の髪の毛を靡かせる。

「正解」

 彼女に促されるまま、ボクは港に降り立った。

「どうして、ここに?」

 彼女は、港を歩き始めた。ボクもそれに、付いて行く。

「ここは、私たちの洞窟だから」

 彼女は、星の洞窟行の船に乗った。ボクも、それに続く。

「“私たちの”って、どういうこと?」

 彼女は答えない。

 二人の間を、沈黙が走る。

「ここには、レイの過去と、私の感情が詰まっているの」

「レイの過去……」

 生ぬるい風が、夜の海上を通り過ぎた。

「レイは、実の兄を殺した。ここの、エアドームで」

 殺した。兄を。エアドームで。

「リースなら知ってるでしょう」

 洞探の部室で見つけた、埃の被った紙束。

 かつての部長レイが書きあげた、冒険譚。

 その中で綴られた、兄弟の攻防。

「そうだね」

 風が徐々に冷気を伴い始めると、星の洞窟が姿を現した。

「さあ、着いた。準備はいい?」

「うん」

 彼女は先に海に入り、ボクも次いで海に入った。車の中で着たマリンスーツに触れる。夜の海がこんなにも冷たいということを、ボクは今日初めて知った。

 彼女は、どんどん泳いでいった。迷うことも、周囲の景色に感動することもなく、淡々と前を進む。ボクは、周りの景色に見入っていた。

 水面を見上げると、そこには無数の星が広がっている。蒼白く小さな光が、ボク等の上を覆っている。太陽のような、ギラギラとした強い光ではない。けれども、その数センチしか無い小さな光は、僕を煌々と照らしてる。

 綺麗。

 レイの冒険譚を読んで、星の洞窟の様子を想像はしていたものの、やはり実際の景色に勝る物はないのだ。この洞窟は、見る者を癒す作用でもあるのだろうか。

  兄を殺し、親に見捨てられ、自分の生きている意味を見出せなかったレイ。そんな彼を慕い続けたアルバスは、レイと一緒に星の洞窟に赴いた。天から落ちてきた土ボタルを拾い上げて、死へ向かおうとしたレイを、アルバスは引き留める……。


 ……アルバス。


 アルバス。


 そうだ、アルバスだ。


 アルバスが、だったんだ。

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