4
窓の外に、薄っすらと月が見えていた。
太陽の時間は、終わったのだ。
「リース!そろそろご飯だよ」
部屋の前で名前を呼ぶ女を、ボクは無視した。
「ねえ、一緒に食べよう?」
冒険譚を閉じ、リュックに入れる。
「リース、聞いてるの?」
スマホと、財布もリュックに詰める。
「まさか、また、あんなことをしているの!」
鍵を閉めているドアノブを、ガチャガチャと揺らす音がする。開けて、開けなさい、と金切り声で喚く声と共に、姉も参戦してくる。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。
ああ、本当に五月蠅い奴ら。
自分の体に縄を縛り付けて、窓から外へ出ようとする。明かりが無いせいで足元が良く見えなかったが、無事に地面へ降りることができた。
今日は、ボクが誘拐された日。ボクの時間が、終わった日。
何か、得体の知れないものに突き動かされたように、ボクは保育園へと向かっていた。何の保証もないけれど、彼女に会える気がした。
保育園までの道のりで、ボクはずっと冒険譚のことを思っていた。レイがヘレンを追ってからのページが、破られている。これが誰の行為によるものか、ずっと不思議でならなかった。
恐らく、レイ本人がやったものでは無いだろう。そうだとしたら、やったのは、レイ以外の洞探メンバーの誰か。
幼馴染、ファルコか。
恋人、ヘレンか。
親友、アルバスか。
秀才、カイトか。
答えは出ないまま、ボクは保育園についていた。この町で唯一変わらない場所。彼女と繋がりがあるかもしれない、唯一の場所。
ボクは、彼女に捨てられた時のように、門の前で蹲った。もし、このまま一晩経っても彼女が現れないようだったら、諦めよう。彼女のことは忘れて、あの家を出て、一人で暮らそう。
次第に重くなってくる瞼を閉じて、僕は眠りに落ちていった。
体が、温かいものに包まれた。
ボクは、姉に捕まったのか。そう思ったら、目覚めるのが億劫になった。
体が、何かに持ち上げられる。
もしかしたら、ボクは夢を見ているのかもしれない。だって、あの懐かしい香りがするから。ずっと一緒に過ごしてきた、彼女の香りが、ボクの体を包んでいるから。
「リース」
ああ、この声だ。彼女の、優しい声。天使のような、慈愛に満ちた声。
「リース」
なんて幸せな夢なのだろう。彼女の香りに、彼女の声。これに、もう一つあの空間があったのなら。
「起きて、リース」
今度は、体を揺さぶられる。もしかしたら、これは夢では無いのかもしれない。
「……ん?」
瞼を持ち上げた先には、彼女がいた。
夢では無かったのだ。
保育園に、やはり彼女は現れたのだ。
「ヘレン」
ボクは、彼女の名前を呼ぶ。
「久しぶりだね、リース」
彼女も、ボクの名前を呼ぶ。
幸せの、絶頂に訪れた。
「ヘレン、迎えに来てくれてありがとう。ずっと、会いたかった。今までどこにいたの、どうして、ボクを置いて行ったの」
久しく流していなかった涙は、留まることを忘れたように、ぼろぼろと頬を流れていった。
「待って、その前に、ここを離れなくちゃ。それに、あなたを連れていきたい場所があるの」
ボクを乗せたヘレンの車が、発進する。
「ボクらの家に行くの?」
「ううん、そこよりも、もっと良いところ」
「レイの家、とか?」
ボクの言葉を聞いて、ヘレンの表情が変わる。保育園を発進した車は、人の通らない交差点を左に曲がった。
「読んだの」
「うん、読んだ。ヘレンは、洞窟探検同好会のメンバーで、レイの恋人で、冒険譚を抜き取った人。そうだろう?」
ヘレンの表情は、変わらない。
「半分正解。でも、私は、もうレイの恋人じゃあない。それに、冒険譚を抜き取ったりしてない」
車は、乱暴に右へ曲がる。
「違うなら、僕に全てを教えてよ。そのくらいの権利は、ボクにもあるはずだ」
ヘレンは諦めたようにため息をついた。
「わかった。話すわ。あそこに着くまでは、ね」
車は速度を落とし、左に曲がる。外の景色は、和やかな田園風景に変わる。
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