7
レイの書物を閉じ、ボクは目を瞑った。
彼の書物を読んでいると、不思議と泣きたくなってくる。彼が、ボクと同じように
もう、どちらも帰ってはこない。時が止まった自分の部屋も、大いなる太陽の光も、何もかも。
ボクは、開いていた窓を閉め、ゴムテープで窓の枠とドアの枠を囲い始めた。そして、ガスファンヒーターをつけ、徹底的に酸素の薄い部屋をつくりあげた。
帰ってこないなら、無理やりにでも作ればいい。
ボクの、ボクと彼女の、楽園が復活する。
ボクは、床に寝そべって天井をじっと見つめていた。しばらくそうしていると、だんだん空気が澱んでくる感覚がしてくる。あともう少しで、あの空間が蘇る。ボクは、いつの間にか眠っていた。
彼女の優しい声が聞こえる。少し低い、ゆったりとした声が。
―リース。
もう一度、ボクの名前を呼んで。
ボクが目を開けると、そこは薄暗い部屋だった。恐らく、今見ているのは夢だろう。
なぜなら、消えたはずの彼女が隣にいるのだから。
「こうやって、酸素が薄い部屋にいるとね、昔のことを思い出すんだ。私が好きだったかっこいい男の子は、この空間が忘れられないんだって、私たちに言ってたの」
息を苦しそうに吐きながら、彼女は寝そべっていた。
「ボクと同じだね」
彼女は軽く「うん」と言った。ボクも「うん」と言った。
それから沈黙が続いた。ボクは、だんだん瞼が重くなってきて、目を瞑った。
「リース。寝たらだめよ。死ぬから」
彼女の優しく芯のある声で、ボクはまた目を開けた。
「寝たいのなら、窓を開けなくちゃ」
彼女は、ボクの耳元で囁いた。
寝たいのなら、窓を開けなくちゃ。
ボクはゆっくり立ち上がり、窓のほうへ歩み寄った。やっとの思いで窓にたどり着く。
寝たいのなら、窓を開けなくちゃ。
ボクは、大きなレバーを回して、部屋に空気を入れた。
肺いっぱいに酸素を入れる。深く、ゆっくり、味わいながら。
ボクは、誰かの話声で目が覚めた。どうやらボクは、夢から現実の世界へ戻ってきたようだ。
「先生、リースはどうしちゃったんですか?」
遠くの方で、ボクの母だと名乗った女の声が聞こえた。
「一酸化炭素中毒で、酸欠状態になっていたんです。脳に酸素が行き届かなくて、意識を失ったのだと思います」
「そうですか……」
覇気を失った消え入りそうな声。
「救急隊員によると、自ら低酸素空間を作ったようなんです。自殺、という可能性もありますが、何か心当たりはありますか?」
「……自殺、ではないと思います」
ややあって、女は静かに答えた。
「実は、あの子、頭の狂った誘拐犯に育てられたんです」
違う。彼女は、狂ってなんかいなかった。
「それでなぜ、自殺でないと言い切れるんですか?」
「長い話になります」
「急患が来ない限り、話を聞きましょう」
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