俺が話し終えたとき、バスはあの洞窟がある町にたどり着いた。隣にたつアルバスは、終始無言で聞いてくれた。そんなアルバスが、しばらくぶりに口を開いた。

「そんなことが、ここで起こったんだね」

 前を向いたまま、静かに呟いた。

「うん。お前がずっと知りたがっていた、俺の好きな空間は、ここから始まったんだ」

「だから、雨が降っていてもここに来たかったんだね」

「そうだ。今日でちょうど、あいつが死んでから十年経つんだ」

 雨粒を含んだ黒い雲は、ついに耐えきれなくなったのか、蕭々と涙を零し始めた。俺たちの頭の先から足元まで、ゆっくりと濡らしていった。

 二人で洞窟行の船に乗って少し経つと、あの水中洞窟が、以前と変わらぬ様子で姿を現した。ラークに落とされた時や、俺が奴を殺したときと変わらない。まるで、あの時のまま時が止まっているようだった。

「雨、弱まってよかったね」

 気を遣うように、アルバスが呟いた。

「うん」

「お二人とも、もう着きました。ここが、星の洞窟です。今日は風が強いし、雨も降ったからあまり長くは潜れないけど、大丈夫ですか?」

 若いガイドが、明るい声で話しかけてきた。

「大丈夫です。少しだけでも、潜れればそれで」

「よし、それじゃあ、行きましょうか」

 ガイドに続いて、アルバス、俺の順に水中洞窟へ飛び込んだ。中の水はひんやりとしていて、肌に纏わりつく感じが気持ちよかった。ガイドは、ぐんぐんと泳いでいった。

 先を行くガイドが、洞窟の天井の方を指さした。俺は、ゆっくり顔を挙げた。

 そこには、以前と変わらない土ボタルがいた。淡い青の光を灯し、群れを成して輝いていた。体は小さいが、懸命に生きる蛍たち。暗く寂しい洞窟を、その優しい光で飾ってあげる蛍たち。

 ふと、水面に何かが落ちてきた。水の中からそれを取って見ると、落ちたのは土ボタルだった。数センチしか無く、近くで見ると意外とグロテスクなものだった。その土ボタルは、動かない。光でさえ、出そうとはしない。


 死んでいるんだ。

 そう、死んでいるんだよ。

 俺が殺した、ラークも。

 そして、俺の心も。


 土ボタルを拾って動きが止まった俺の手を、アルバスが引いていく。ガイドと離れないように。離れて、死なないように。

 ガイドは既に、あのエアドームの前に着いたようだ。人差し指で上にあがるぞ、というジェスチャーをしていた。

ついに、あのエアドームが近づいてくる。

 アルバスが先に上がり、次いで俺が引き上げられた。久しぶりに訪れたエアドームは、妙に狭く感じた。

「何考えてたんだよ、レイ」

 水中マスクを取ったアルバスが、俺の肩を揺らす。

「あんな所で立ち止まるなんて、何考えてたんだよ」

「いや、落ち着いてくださいよ」

 アルバスは、仲裁に入ったガイドを物凄い剣幕で睨み返した。普段おとなしい彼からは、想像もできない姿だった。

「……土ボタルが、落ちてきたんだ」

「それがどうしたんだよ」

「死んでいたんだよ」

 俺の顔を伝うのは、髪に着いた洞窟の水だろうか。

「死んだんだよ、土ボタルも、何もかも。ここに来ると、兄の声が聞こえる気がするんだ。許さない、殺してやるって。俺は、初めてここに来た時に、死ぬべきだったんだ」

 いや、これは俺の涙か。

「レイ、落ち着け。確かに、土ボタルは死んで、ラークもいない。でも、何もかもが死んだわけじゃない」

 洞窟の水で冷え切った俺の体を、アルバスが優しく包み込んだ。

「どうして、そんなことが言えるんだ」

 アルバスの顔にも、俺と同じように涙が伝っていた。

「レイには、愛してくれる人がまだいる。僕や、ファルコ、カイト、ヘレンも。まだ、皆生きている。レイには、まだ未来が残っているんだよ」


 まだ、未来が残っている。


 その言葉に、すとんと何かが落ちてきた。

「まだ、未来が残っている……」

「そうだ。だから、皆の所に帰ろう」

 俺は、その言葉に頷いた。

「ありがとう。でも、その前に少しだけ、嫌気空間を堪能してもいいだろ?」

 アルバスは微笑んだ。

「僕も、実はこういう空間が好きになってきた。ここにいると、恋した時みたいに苦しくなるよね。それが、たまらない」

 ふざけ始めたアルバスに、俺は感謝していた。

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