「翌朝、警察が兄を見つけたと電話をかけてきた。母は、喜びで踊り狂った。父は、安心で泣き出した。俺は、少し悔しい気持ちになった。

 俺たちは、兄の運ばれた病院へ来るように、と警察に言われた。

 ややあって、俺たちは病院に着いた。ラークがすっかり無事だと思っている母は、満面の笑みで、病室を開けた。

『ラーク!心配したのよ……え?』

 しかし、目の前にいたのは、白い布を被った寂しい体だけだった。『病室間違えちゃった』と空元気にふるまう母の肩を、父がそっと抱き寄せた。

『間違えてなんかいない。ここは、ラークの部屋だ』

 母は、父の腕をすり抜けて、病室の冷え切った床へ座り込んだ。

『そんなの、嘘に決まっているじゃない。ラークが死んだなんて、そんなの……』

 父は、泣き崩れる母を置いて、白い布を被った死体に近づいた。そして、そっと顔に乗る布を持ち上げた。ゆっくりと、確かめるように。

 布を全て外した瞬間、父の体は凍り付いた。

 死体の顔を見ようとした俺を、母の手が妨害した。母は無言だったが、見てはいけないと叫んでいるのを俺は感じ取った。



 一匹のオスの雲雀が囀りながら高く舞い上がり、縄張り宣言をしていた。耳障りな声を張り上げ、威張り散らしていた。そこに、若いオスの雲雀がやってきた。若い雲雀は、威張り散らす雲雀に攻撃した。しかし、負けてしまう。若い雲雀は地面に立ち、じっと、威張る雲雀を睨みつける。長い間威張り散らした雲雀は、疲れて地面に降りようとした。その時、強い風が吹いた。絶対に抗うことのできない自然の脅威。威張っていた雲雀は、強い風に煽られ、地面に落下した。即死だった。若い雲雀は喜んだ。これで思い切り、「揚げ雲雀」になれる。



 兄が死んでから、時は飛ぶように過ぎていった。葬儀は身内だけで済ませ、俺たちは遠くへ引っ越した。

 母は、ラークの死にショックを受け、家に引きこもるようになった。父は、俺に冷たく接するようになった。口に出したりすることはなかったが、内心は俺のことを恨んでいたのかもしれない。

 あの時、二人一緒に帰ってきていたら。死んだのが、ラークではなくレイだったなら。父の背中は、こう語っているように思えた。

 俺はその後、奇妙な感覚に捕らわれた。エアドームで過ごした少しの間が、忘れられなくなっていた。少し息苦しい、よどんだ空気。嫉妬する父をよそに会話を楽しむ母を見ていた時、二人きりになって、兄を騙そうとした時。

 気まずくて、早く逃げ出したかったあの瞬間が、息苦しさが、俺の脳内に浸透していった。呪いのように、俺の中に巣食った。

 この時、俺は酸素が薄い空間が好きになった。両親の愛の薄さを知り、兄に初めて歯向かった、エアドームが好きになっていた」

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