2
俺は、あの洞窟へ行かなければならなかった。今の俺の原点となった、あの洞窟へ。
その日は、朝から降り続いていた雨が猛威を振るい、横殴りの大雨になっていた。まるで、兄が俺への復讐を試みているようであった。
雨の日は、洞窟探検をしないようなきまりになっている。雨が降っていると洞窟までの道すら危険になり、地面より洞窟の位置が低いと、水が流れ込み、命の危険があるのだ。それに、場所によっては冷え込むため、防寒具をさらに持っていかなくてはならない。
それだというのに、俺は今回の探検を強行しようとしている。今回は、観光客に人気を集める水中洞窟に行く予定だった。しかし、突然の台風接近により、他のメンバーからは、当然反対の意見が出た。それでも俺は、行かなくちゃ、と思っていた。俺は、正体不明の焦燥感に駆られていた。
今思えば、この時の俺は、いないはずの兄の挑発に、怒り狂っていただけかもしれない。
「明日、あの水中洞窟に行くからな。来たくないなら、俺だけで行く」
吐き捨てるようにそう言い、俺はメンバーのいる部室を後にした。
次の日、待ち合わせの場所には、やはり俺しかいなかった。不意に、笑いが込み上げてきた。
「俺は、やっぱり馬鹿なんだな」
今更冷静になってきた。
空を見上げると、雨は降ってないものの、重くのしかかった曇天が、僕の首を絞めているようだった。お前の好きな息苦しさを味わえよ、とでもいっていたのだろうか。
俺は、バスに乗った。水中洞窟へ続く、海のある町まで行こうとした。
「僕の隣、空いてるよ」
整理券をもらった後、俺の目の前には、知っている顔がいた。
「……アルバス」
「やあ、レイ。遅かったじゃないか」
アルバスは、俺に優しく微笑んだ。
「どうして」
俺は、アルバスの隣に座った。
「……僕は、レイを一番大切に思っている。だから、来たんだ」
アルバスは、本当に良い奴だ。俺の馬鹿な考えに、ここまで付いて来てくれるとは。
「ありがとう」
その言葉しか言えなかった。アルバスに泣いているのを見られたくなくて、俯きながら礼を言った。でも、きっとアルバスは気づいているはずだ。俺を一番、大切に思ってくれているのだから。
「一つ、聞きたいことがあるんだ」
お菓子を食べながら、アルバスはそれとなく口を開いた。
「何?」
「レイは、どうして今日、あの洞窟に行きたいって思ったの?」
俺の心臓が、ドクンと波打った。
遠くなる影。
俺を呼ぶ声。
兄を包む、泥の色。
「……」
「まあ、言えないのならそれで良いけど」
それからずっと、沈黙が流れた。アルバスは気にしていないふりをし、俺にお菓子をくれたり、音楽を聴いていたりしていた。
俺は、決心した。アルバスの優しさに、報いよう。
俺の罪を、全て話そう。
これがせめてもの、兄への贖罪だ。
「俺に、兄がいたことは知っているだろう?」
アルバスは気まずそうに頷いた。
「それがどうしたの?」
「俺が、殺したんだ」
一瞬の静寂。
「……え?」
俺は、ゆっくり語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます