俺は、あの洞窟へ行かなければならなかった。今の俺の原点となった、あの洞窟へ。

 その日は、朝から降り続いていた雨が猛威を振るい、横殴りの大雨になっていた。まるで、兄が俺への復讐を試みているようであった。

 雨の日は、洞窟探検をしないようなきまりになっている。雨が降っていると洞窟までの道すら危険になり、地面より洞窟の位置が低いと、水が流れ込み、命の危険があるのだ。それに、場所によっては冷え込むため、防寒具をさらに持っていかなくてはならない。

 それだというのに、俺は今回の探検を強行しようとしている。今回は、観光客に人気を集める水中洞窟に行く予定だった。しかし、突然の台風接近により、他のメンバーからは、当然反対の意見が出た。それでも俺は、行かなくちゃ、と思っていた。俺は、正体不明の焦燥感に駆られていた。

 今思えば、この時の俺は、いないはずの兄の挑発に、怒り狂っていただけかもしれない。

「明日、あの水中洞窟に行くからな。来たくないなら、俺だけで行く」

 吐き捨てるようにそう言い、俺はメンバーのいる部室を後にした。


 次の日、待ち合わせの場所には、やはり俺しかいなかった。不意に、笑いが込み上げてきた。

「俺は、やっぱり馬鹿なんだな」

 今更冷静になってきた。

 空を見上げると、雨は降ってないものの、重くのしかかった曇天が、僕の首を絞めているようだった。お前の好きな息苦しさを味わえよ、とでもいっていたのだろうか。

 俺は、バスに乗った。水中洞窟へ続く、海のある町まで行こうとした。

「僕の隣、空いてるよ」

 整理券をもらった後、俺の目の前には、知っている顔がいた。

「……アルバス」

「やあ、レイ。遅かったじゃないか」

 アルバスは、俺に優しく微笑んだ。

「どうして」

 俺は、アルバスの隣に座った。

「……僕は、レイを一番大切に思っている。だから、来たんだ」

アルバスは、本当に良い奴だ。俺の馬鹿な考えに、ここまで付いて来てくれるとは。

「ありがとう」

 その言葉しか言えなかった。アルバスに泣いているのを見られたくなくて、俯きながら礼を言った。でも、きっとアルバスは気づいているはずだ。俺を一番、大切に思ってくれているのだから。

「一つ、聞きたいことがあるんだ」

 お菓子を食べながら、アルバスはそれとなく口を開いた。

「何?」

「レイは、どうして今日、あの洞窟に行きたいって思ったの?」

 俺の心臓が、ドクンと波打った。


 遠くなる影。

 俺を呼ぶ声。

 兄を包む、泥の色。


「……」

「まあ、言えないのならそれで良いけど」

 それからずっと、沈黙が流れた。アルバスは気にしていないふりをし、俺にお菓子をくれたり、音楽を聴いていたりしていた。



 俺は、決心した。アルバスの優しさに、報いよう。

 俺の罪を、全て話そう。

 これがせめてもの、兄への贖罪だ。

「俺に、兄がいたことは知っているだろう?」

 アルバスは気まずそうに頷いた。

「それがどうしたの?」


「俺が、殺したんだ」


 一瞬の静寂。

「……え?」

 俺は、ゆっくり語り始めた。

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