担任についていくと、校舎一階の北側にある、閑散とした教室にたどり着いた。木製の扉の上に、「洞窟探検同好会」と書かれたカードが張り付いていた。なるほど、洞窟探検同好会は、「洞探どうたん」というらしい。

「ここはずっと使われていないんだ。俺がこの高校に就任する前よりもずっと前の先輩が卒業してからだから、もう結構立つな」

 担任は、ズボンの左右のポケットを漁り始めた。

「その間、どうして洞探は廃部にならなかったんですか」

 担任はポケットを漁る手をやめ、首を傾げた。

「俺も詳しくは知らないけど、この高校の洞探の卒業生に偉い人がいて、潰すなって圧力かけているらしい」

 担任は再度ポケットを漁ると、探していたものにありつけたような表情をした。

「ま、頑張れよ。同好会活動報告書は中にあるから、適当に読めばいい。一応顧問は俺だから、何かあったら呼んでくれ」

 担任は不格好なウィンクをすると、ポケットの中で探していたと思われる鍵をボクに手渡し、この場を後にした。

 

 担任から渡された鍵を鍵穴に通すと、カチャッと小さな音が鳴った。決まった形が、決まった型にはまった音。心底、忌々しい。

 ドアノブを回して木の扉をゆっくり開けると、椅子が五脚、移動式ホワイトボードが一つ、そして大きな本棚が一つ。綺麗に片付かれていた。

 ムッとする空気に一瞬体が喜んだが、埃臭いのを不快に感じたので、窓を開けようとした。が、窓の開け方がわからない。上に持ち上げる?横にスライドする?それとも、レバーを回す?いや、レバーはない。そうだ、母親と名乗った人の家には、小さな半円形の鍵があった。いや、それもない。しばらく窓とにらみ合っていると、素晴らしいことに気が付いた。どうやら、洞探の部室には「開く」窓は無いらしい。つまり、「開ける」目的で設置された窓ではない、ということだ。

 それは何故だろう、と乏しい頭で考えた。毎日エアコンを使用していたから、「開く」窓は必要なかったのか。何か風を起こしてはいけない理由があったのか。それとも、自分のように息苦しい場所を欲していたのか。いや、最後は無いか。

 考えても仕方がないので、入り口である木の扉を開けて我慢することにした。いくら何でも、この埃臭さは早急になんとかしなくてはならない。しばらく使ってない部屋とはいえ、生徒すら掃除しないのか、と疑問に思った。洞探に入部した一日目、まずは部室掃除から始めた。



 掃除を始めて二十分程経ったとき、長机の下に放り投げられたような紙束を見つけた。思わず拾い上げてみると、紙束にはびっしりと埃が張り付いている。紙束の表紙にふぅっと息を吹きかけると、埃が一斉に舞い始めた。

 ただのガラスと化した窓から差し込む夕日のスポットライトを浴びて、きらきらと輝く埃の集団は、天の川のように美しく、粉雪のように儚く、そして、夏に舞う蛍のように雅だった。その様子は、今朝登校していた生徒の瞳の中の銀河のように、希望に満ち溢れているようにも思えた。埃なのに。

 嘗ての自分の瞳の中にも、光り輝く恒星、太陽はあったのだと思う。彼女と過ごしたあの時間は、間違いなく輝やいていた。しかし、彼女と別れてしまってから、僕の瞳の輝きは失われてしまったのだ。

自分と他の人が同じ世界にいることは確かだというのに、太陽はもう自分を照らしてくれない。自分がいる目の前で、見せつけるように他の誰かを輝かせる。

どうして、と問うても、知らないふりをして去っていく。代わりに、お前なんか輝く価値もない、と含み笑いを残して去っていく。

 諦めのため息をこぼした。

 ゆっくりと目線を下に落とし、埃を払った紙束の表紙を見ると、そこには「冒険譚」という文字が無造作に置かれていた。表紙を捲ると、この紙束の作者であるらしい人からのメッセージが記してあった。



「ここに、俺と友人と一人の男の冒険を記す。俺は小説家とか脚本家でもないから、文才はないけれども、この冒険譚をみんなに見てほしい。

 俺たちは高校生の間、洞窟探検同好会としてたくさん冒険した。その中で俺が学んだこと、俺に学ばせてくれた友人のこと、そして、学ぶ機会を与えてくれた兄のことを記そう。

  H十四 洞窟探検同好会会長  レイ」


 次のページを捲った。

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