駅を出れば、そこは光の世界。


 まっすぐ前を向き、今日から通う高校への道を歩いていく。周りには同じ制服を着た男女が、和気藹々と登校している。

 生徒たちの目は、いわば輝きに満ちていて、まるで瞳の中に一つ恒星があるように見えた。人間は誰しも、瞳の中に恒星を持っているものだと、彼女は言っていた。


「それは夢であったり、趣味であったり、蓼食う虫も好き好きだけど、瞳の中の眩い恒星は人間を内側から輝かせてくれる。生命力を感じさせる。人が、確かにそこに存在している、ということを照らし出すの」


 しかし、自分にはない瞳の輝きを見るたびに、何だか自分が普通でないように感じる。未来への希望などは見えなくて、ただ真っ暗闇に取り残された感覚。それが、自分なのだから。この身体は、普通では無いのだ。

 自分には、「酸素が薄いところが好き」という性癖(というべきか)がある。生物は酸素がなくては生きられないし、ましてや近年は酸素浴をする人が増えてきたらしいが、それでもやはり、自分は酸素が薄い場所が好きだ。息苦しい感じが、心と体を満たしてくれる。生きているんだって、そう感じさせてくれる。瞳に、温かい光を注いでくれる。



 あれこれ思考を凝らしている間に、生徒の波に揺られて、いつの間にか高校の校門の前に立っていた。その時、さほど大きくはない校舎が、何だか巨大な魔物の様に見えた。目の前に立ちふさがり、冒険者たちを怯えさせる魔物。そんなことは無いと心では分かっていても、こんな陳腐な妄想だけで自分の足は竦んでしまう。

 あと一歩。あと一歩のところで敷地内に入れるというのに、なかなか踏み出せないのだ。周囲の痛いほどの視線を感じても、固まってしまった足は、動こうとはしない。動け、と念じても、足は強張ったまま、校門の前に置いてあるだけ。

「どうしたの?」

 女の人が優しく声をかけてくれた。ショートカットの髪を揺らして、大人っぽい笑みを浮かべている。制服を着ていなければ、生徒だとわからなかったかもしれない。

「体調悪いの?」

 心配の言葉をかけられても、喉から上手く声が出ない。早く何か言わなくてはいけないのに、喉は急に乾燥してしまい、本来の仕事を果たそうとしない。

「……だ、だ、」

 ―大丈夫です。

 たったそれだけの言葉を発せない自分が、恥ずかしかった。まるで、言葉を発せない乳児のような声を漏らした自分が、恥ずかしかった。

「保健室、行く?」

 それでもなお、女の人は心配の言葉をかけてくれた。そんな優しさに、頷くことでしか反応できない自分が、やはり恥ずかしかった。歯痒かった。

 女の人が声をかけてくれたおかげで、校門を超え、敷地内へ入ることができた。女の人は、保健室に連れてきてくれた後、いつの間にか姿を消していた。保健室に仄かに漂う女の人の残り香が、自分の荒んだ心に、少しだけ寄り添ってくれた気がした。

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