コミュ障吸血鬼、ローメリア王国へ


 それからなん十分と馬車が来るのを待っているけど、全く来る気配がない。

 もしかして、僕のことを報告して討伐隊とか編成されちゃってるんじゃ……。

 そ、そんなのムリ。

 まだ魔法の使い方もスキルの使い方も知らないのに戦うとかムリ。

 いや、そもそも僕、争い事苦手だからムリ。

 どうしよう、そんなことになったらアンナ・クロンツェルも敵に……いや、なんかそれはない気がする。

 今なんて、横に座って僕の髪撫でまくりだし、体触りまくりだし。

 女の子好きは本当みたいだから、もし討伐隊が来たら躊躇なく敵に回しそう。

 けど、初対面の人を信用するほど僕は心が広くない。

 どんな理由があろうと公務を優先する人かもしれないわけだし。

 横目にアンナ・クロンツェルを見る。

 すると、目が合った。


「あっ、もしかして、鬱陶しかった? ごめんなさい、ティアナの髪や肌があまりにも触り心地がよかったから、夢中になっちゃったわ」

「べ、べつに、そういうわけじゃなくて……えっと、馬車が遅いから、なにかあるんじゃないかって……」

「大丈夫、私はなにがあろうとティアナの味方よ。たとえ世界中を敵に回しても守って見せるわ!」


 予想が的中した。

 いや、その遥か上を行くくらいの女の子好きだった。

 そこまで壮大な誓いを立てられたら、むしろ疑ってしまうんだけど……。


「それにしても遅いわね……馬車を取ってくるだけなのに、時間かかりすぎでしょう! ティアナが不安がってるじゃない! あとでお仕置きが必要かしら……!」


 などとイライラした顔でブツブツと呟くアンナ・クロンツェル。

 いやこれ、イライラじゃなくて、殺気だ。

 部下の二人が戻ってきたらどうなってしまうんだろう?

 さすがに殺しはしないよね?

 そう思った矢先、馬の声が聞こえてきた。


「来たみたいね」


 そう言いつつ立ち上がったアンナ・クロンツェルは、なぜか剣に手をかけ、いつでも抜ける姿勢で待ち構える。

 ま、まさか、本当に殺す気なんじゃ……。

 僕には洞窟の外が眩しすぎてなにも見えないけど、馬が走ってくる音は聞こえている。

 近づいてくる馬の音が近くで止まった。


「待たせてすみませんね。アンナ騎士団長」

「へ、陛下!? なぜこのようなところに……!」


 えっ、陛下……?

 陛下って、あれだよね?

 国のトップであり権威の象徴のとんでもなく偉い人だよね?

 なんでそんな人が……?


「なぜですか。それはもちろん、あなたが連れ帰ろうとしている吸血鬼を見定めるためです」


 その人の足音がこちらへ近づいてくる。

 そして、僕の前まで来て止まった。

 見上げると、豪華なドレスに身を包んだ金髪の女性が、値踏みするような感情の籠っていない目で僕を見下ろしていた。

 それを見た僕は、頭の中が真っ白になった。

 なんでそんな目で見るのか。

 なんでそんな目で見られなければならないのか。

 どちらも自分が吸血鬼だからなのに、その答えすら浮かんでこない。

 自分でもわかるくらい目が右往左往する。


「うそ……っ、同郷……!?」


 何事かを呟きながら驚いた表情を見せ、目の前の女性は即座に跪いて僕と視線を合わせた。


「非礼をお許しください。わたくし、ローメリア王国の女王をしております。ルネリア・ティン・ローメリアでございます」


 えっと……なんでこの人謝ってるの?


「陛下! 吸血鬼などに頭を下げるなど……!」


 アンナ・クロンツェルの部下の男らしき声がそう言った。

 にもかかわらず、目の前の女王は跪くのをやめない。


「ティアナさん」


 あれ? 僕、名前言ったっけ?

 あ、そうか。

 アンナ・クロンツェルと同じ【鑑定】のスキルで僕を見たのか。

 でも、さっき付いたばかりの名前がもう反映されてるなんて……あのゆるふわ神様がやったのかな……?


「街で暮らすことを許可します。ですが、ティアナさんはコミュ障ですから、ティアナさんの意思を尊重いたします。どちらにされますか? 街に住むか、このままここで暮らすか」

「……みます」

「はい?」

「街に、住みます……。住まわせて、ください……!」


 洞窟の入り口まで来たのは、アンナ・クロンツェルの差し伸べた手を握ったからなんだから、街に住むのは当然の選択だ。


「そうですか。……アンナ騎士団長」

「はい!」

「ティアナさんのことはあなたに任せます。女の子好きのあなたなら問題ないでしょう」

「もちろんです! たとえ陛下が危害を加えようとしても容赦なく斬り捨てますので、覚悟してくださいよ?」

「あなたならそう言うと思いました。ティアナさん、アンナであれば世界中を敵に回してもあなたを守りきってくれるでしょう。事実、それが可能な実力を持っているので、なにかあればアンナを頼ってくださいね」


 あ、うん、そんな気はしてた。

 女性でありながら騎士団長にまで登り詰めたほどの人だ。

 相当の実力者なんだろうなとは思ってた。

 世界中を敵に回しても守るっていう壮大な誓いを自分で立てたってことは、アンナ・クロンツェルの実力はそれが可能なほどなんだろうな、と。

 ズバリその予想は的中したわけだけど、まさか女王まで敵に回す発言をするとは思わなかった。

 まぁ、世界中の中に女王も含まれると考えられるけど……。

 でも、そういう性格というか性癖というか――というのがわかっているからこそ、女王は僕のことをアンナ・クロンツェルに任せた。

 それはつまり、アンナ・クロンツェルを信頼しているということ。

 僕にはムリだ。

 コミュニケーションもろくに取れないのだから、信頼してもらえるはずがない。

 だから、少し、羨ましい……。


「では、馬車に乗りましょうか。少し日に当たってしまいますが、我慢してください」


 ◆


 馬車に揺られること数十分。

 馬車が止まり、馬車のドアが開く。

 この馬車、車みたいに中にランプが付いているから、窓に付いたカーテンを閉めきっても中はそれなりに明るいままだった。

 ただ、太陽の光には負ける。

 そもそも弱点だからドアが開いた途端眩しすぎて思わず目を覆った。

 さらに、洞窟の入り口に差し掛かった時のように体がぐったりし始めた。

 途端、体がふらっとして倒れそうになる。

 それを咄嗟に誰かが支えてくれた。


「もう、ティアナったら。太陽が出てる間は吸血鬼は体が鈍くなるんだから、私を頼りなさい」


 支えた主はアンナ・クロンツェルだった。

 顔を見れば、あの秀麗な微笑みを浮かべている。

 が、次の瞬間、様子がおかしくなった。


「ただでさえ華奢で小柄なんだから、体には気をつけて? でも、そこが可愛くて保護欲をかき立てるポイントなのよね。しかも吸血鬼は不老不死だから容姿はこのまま! 世界一と言っていいほど可愛くて完璧っ。最高っ、本当にティアナは私の理想の女の子よ!」


 こういうとき恒例の、〝ハァハァと息を荒げる〟をしているわけではないのに、ものすごく怖い。

 なぜなら執拗に頬擦りしたり体を触ったりしてくるから。

 アンナ・クロンツェルが女だから辛うじてセーフだけど、アンナ・クロンツェルが男だった場合、変態でしかない。


「……離れて」

「……ハッ!? ご、ごめんね、可愛くてつい……」


 しょげたように言いつつ僕から離れた。

 心が男の僕としては、可愛いと言われても微妙だ。

 そもそも、今自分がどんな容姿なのか、アンナ・クロンツェルの言葉でしか知らないから、本当に可愛いのかもわからない。

 ただ、今自分が女の子であるということはもう受け入れているので、言われ慣れるのも時間の問題だろう。


「そうですね。確かに、アンナの言う通り、ティアナさんの可愛いさは世界一と言っても過言ではありません。わたくしは女の子好きではないはずなのですが、ティアナさんにはちょっといけない感情を抱いてしまいます」


 突然の女王のカミングアウトに、僕は恐怖を覚えた。

 えっ、なにそれ怖い。

 なに? 僕の容姿にはなにかそういう作用でもあるの?

 と、思いきや……


「抱き締めて、ナデナデして、さらにはデレデレに甘やかしたくなってしまいます」


 はい、完全に保護欲です。本当にありがとうございます。

 それはべつにいけない感情ではないと思うけど、女王としての威厳が無くなるという点ではいけない感情かもしれない。


「コホン。それよりも、着いたのですから降りましょう」

「ですが陛下、どうやってティアナを降ろすのですか? 見たところ外には影になるところがないですが」


 なにそれ、なんていう拷問?

 僕に灰になれって言うの?


「ほら、こんなにティアナが不安がってるじゃないですか!」

「もちろん対策は考えてあります。例のものを」


 女王がそう言うと、騎士の人がやってきて僕に黒色の傘を渡してきた。

 傘、この世界にあるんだ。

 開いてみると、端にフリルがついたおとなしめのものだった。


「それなら灰になることはないでしょう」

「あ、ありがとう……」


 緊張して無意識に上目遣いになっていたのか、女王が身悶えし始めた。


「くっ、これが美少女の上目遣い……! この破壊力よ……ッ!」

「陛下、素が出てます。確かにティアナの上目遣いは可愛すぎで私も危うく昇天しかけましたが、まだ明かす時ではないはずです」


 アンナ・クロンツェルが女王に耳打ちしているけど、なにを言っているのか聞き取れない。


「コホン。ティアナさん、今のは忘れてくださいね? ね?」


 そう言いつつ、笑ってるのに笑ってない笑みを浮かべながら女王が迫ってくる。

 恐怖を覚えた僕は、即座にコクコクと頷いて返したのだった。


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