コミュ障なTS美少女吸血鬼とコミュ力高めで女の子好きな女騎士
ナルメ
コミュ障男子、吸血鬼(女子)に転生する
待ってほしい。
こんなの聞いてない。
確かに、吸血鬼になりたいとは言った。
他人と喋るという拷問の中、精一杯勇気を振り絞って口にした。
色々と種族を聞いた中から、吸血鬼は食事不要で不老不死だから吸血鬼にしてほしい、と。
でも、性別は変えてほしいなんて一言も言ってない。
変えないでほしいとも言わなかったけど。
だからといって、生前男子だった僕を女の子の吸血鬼にするとは、いったいどういう了見なんだ。
これだから、他人と喋るのは嫌だ。
意図が伝わらないことが多いから。
僕がきちんと説明すればいいのかもしれないけど、他人の前に立つと震えが止まらなくなって頭が真っ白になって、自分で自分が途中からなにを喋ってるのかわからなくなる。
しかも、裸で放置ってどんな拷問?
どこか人気のない場所に転生させてほしいと、再び勇気を振り絞って口に出して人気のない場所に転生させてもらったから近くに町はないはず。
そして、コミュ障な僕がそんなところへ行くはずもない。
つまり、一生……というか永遠に、裸で過ごさないといけない。
まぁ、寒さとか感じないからいいんだけど。
転生した場所は、どうやら洞窟らしく、岩やら石だらけでなにもない。
ただ、灯りも無いのに洞窟の奥まで普通に見えるのは、僕が吸血鬼になったからだろうか。
僕は、そんなことを思いながら壁際に体操座りで座り込んだ。
することがなにもないのだから、座ってじっとするしかない。
あっ、そうだ。
確かこの世界は魔法やスキルがあるらしいから、その練習でもしようかな。
って、どんな魔法があるのかもどんなスキルがあるのかも、はたまた魔法の使い方もスキルの使い方も聞いてない。
そしてここには誰もいない。
…………詰んだ。
本格的にすることがない。
洞窟探検という手もあるけど、この世界には魔物っていう危険生物とかいるらしいし、魔法もスキルも使えない今の状況でするのは悪手だ。
はぁ、こんなことなら町に近いところで人気のない場所に転生させてもらったらよかったな……。
体操座りで黄昏る。
すると、僕から見て左の方から誰かの足音が複数聞こえてきた。
待って、おかしいでしょ……。
人気のない場所に転生させてもらったはずなのに、なんで誰かいるの?
ヤバい……隠れるところがない。
どうしよう、話し掛けないでほしいけど、こんな丸裸な女の子が体操座りで座り込んでたら話し掛けたくなるよね……。
――無慈悲に近づいてくる足音。
もうこうなったら話し掛けてこないことを祈ってうずくまるしかない。
そう考えた僕は、体操座りのまま額を両膝の上に乗せて顔を伏せた。
――刻々と近づいてくる足音。
たぶん普通の人なら暗くてなにも見えないはずだから、端にいる僕のことなんてわからないはず。
そんなこんなで、遂に僕の前まで足音が来た。
(止まるな、止まるな、止まるな、止まるな、止まるな……!)
心の中で必死に唱える。
しかし、足音は僕の前で止まった。
「本当にいた……」
「団長、危険です! 話し掛けない方が……!」
「そうですよ! ここは〝
声からして、女一人、男二人か。
で、女の人は団長と呼ばれていることからなにかの組織の偉い人で男二人がその部下といったところだろう。
というか、〝
ここってそんな場所だったの?
確かに今の僕は吸血鬼だから
そもそもそんな場所に転生させてほしいなんて一言も言ってない。
つくづく勝手なことをしてくれるな、あの
「確かにこの子は
「吸血鬼!?
「人と同じ言語を発する、あの?」
「えぇ、そうよ」
「一番危険じゃないですか!」
「なにを言ってるの!?」
「「「!?」」」
急に大きい声を出されたから、僕まで体がビクついた。
「吸血鬼だろうとなんだろうと、女の子なのよ!? 放っておけるわけないでしょ!?」
「出たよ……団長の女の子好き」
「まさか、吸血鬼でも発症するなんて……筋金入りだな」
これ、うずくまって正解だった。
恐らく目の前にいるであろう女の人は女の子好き。
そして今の僕は女の子。
今の自分の顔がどんなのかわからないけど、顔を見せればマシンガントークのように喋ってくるに違いない。
そう思っていると、不意に肩に手が置かれた。
「!?」
「あ、ごめんなさい。大丈夫、なにもしないわ。こんなところでうずくまってないで、私の家に行きましょ?」
「団長、それ完全に不審者の言動です……」
「というか、吸血鬼を連れていくなんて危険ですよ! 吸血鬼には吸血衝動があるんですよ!? 吸血鬼に血を吸われたら、団長が吸血鬼になってしまいます!」
そういえば、そんなデメリットもあったっけ。
それと、日光、杭、聖水、銀が弱点。
といっても、聖水と銀は痛みが伴うというだけで、死に至るわけではない。
杭と日光は心臓に刺されたり浴びると灰になってしまうけど、夜になれば復活できる。
でも、灰になってる間に分けて集められたりとかされると復活できなくなるらしいから、油断はできない。
吸血衝動は、美味しそうな血の匂いを嗅いだときに出るもので、そうそう出るものではないけど、出たときは狂乱状態になり理性が失われるそうだ。
普段は血を吸わなくても大丈夫らしいし、だからこそ吸血鬼になりたいと言った。
そうすれば、他人と関わらないようにしようと思わざるを得ないから。
だから、僕のことなんて放っておいてほしい。
「そんなことはどうでもいい。私はこの子を家に連れていくわ。異論は認めない」
「……はぁ、わかりました。自分達はなにも見てません」
「同じく」
「ありがとう」
お、押しきった……!?
まずい……このままだと、この変わった性癖を持った変人の家に連れてかれる。
「ところで、そろそろ顔を見せてほしいんだけど……。見せてくれない?」
そう言われ、上げるか否か悩んだ末、恐る恐る顔を上げた。
醜い顔だったら放っておいてくれるかもだし。
顔を上げた目の前に女の人の顔があって内心驚いたけど、よく見れば美人な人だった。
赤髪ポニーテールに緑色の澄んだ瞳、均整な顔立ち、人当たりのよさそうな雰囲気を漂わせている。
格好は見るからに騎士の格好だ。
つまり、この人は騎士団長ってことになる。
いや、そんな人が女の子好きってどうなの?
部下に示しがつくの?
そんなことを思いつつ、反応を窺う。
「そ、そんな、こんなことって……!」
口元に手を当てて驚いた様子を見せる。
やった! これは賭けに勝ったんじゃないの!?
「……なんて可愛いの!?」
逆だった―――ッ!! 紛らわしい!
「サラサラな金髪に吸血鬼特有の赤い目、少し幼さが残った可愛い顔立ち、ぷりぷりのくちびる……今まで見た女の子の中で一番可愛い! 私の理想の女の子よ!」
怒涛のトークに困惑する。
なに言ってるの、この人……?
「こんなに美少女なのになんで顔隠してたの? あ、そっか……コミュ障だから、関わらないようにしてたのね。でも、私はあなたを迎えに来たの。だから、安心して私の家に行きましょ?」
そう言って、僕に手を差し伸べてくる。
僕は、恐る恐るその手を掴みながら、なんでこの人僕がコミュ障って知ってるんだ? と思った。
この世界にコミュニケーションという言葉があること自体、意外だけど……。
というか、迎えに来たってなに?
頼んでないんだけど?
一方、男二人は――
「また不審者っぽい言動してるよ……」
「自覚ないんだろうな……」
と、ボソッと呟いていた。
◆
丸裸な僕に、アンナ・クロンツェルと名乗った女の人は付けていたマントを外して体に巻いてくれた。
そして僕を抱き抱え、洞窟を歩き出した。
出口に差し掛かると、まだ昼頃といったところでとても眩しい。
目が痛いくらいだ。
しかも、体がぐったりし始めた。
これでまだ日光を浴びてない状態なのだから、日光を浴びたらとんでもないことになるのでは?
……こんなに太陽を怖いと思ったのは初めてだ。
「あ、あの……」
「ん? どうしたの?」
し、しまった、話し掛けちゃった……!
どうしよう、なんて言えば……!
というか、初めて声出したけど、むちゃくちゃ可愛い。びっくりした。
「えっと、その……た、太陽が、出てて、それで、えっと、灰になる……顔とか手とか足とか、日に当たっちゃうから……」
やっぱりダメだ。
他人と話そうとするとうまく話せない。
こんなんじゃ伝わるわけ……
「あっ、そうよね! 吸血鬼は日光浴びたらダメなんだものね! うっかりしてたわ!」
そう言いながら、アンナ・クロンツェルは一旦僕を洞窟の日の当たっていないところへ下ろした。
つ、伝わった……!?
一旦下ろしてほしいとは思ったけど、口にはしてないしそれを示唆するような言葉も口にしてない。
なのに、真意を汲み取って下ろしてくれた。
こんなの初めてだ。
僕がコミュ障になったきっかけは、みんながみんな僕の真意を全く汲み取ってくれなくて、それならいっそのこと喋らないようにしようと一時期全く他人と会話しなかった。
そして、喋らざるを得なくなった時に喋ろうとしたら、頭では文章は出てくるのに口がその通りに動いてくれなくて、途中から自分がなにを喋っているのかわからなくなって、頭が真っ白になって……その時、自分がコミュ障になったんだと自覚した。
それから、頑張って他人と話そうとはしたけど、トラウマみたいにこびりついてしまって、ペラペラと喋ることができなくなった。
そんな僕の喋りで、初対面のこの人は真意をあっさり汲み取ってくれた。
この人、性癖を除けばいい人かも。
「でも団長、どうするのですか?」
「そうですよ。ここまで馬で来たんですよ? 日除けになるものなんてなにも持ってないですし……」
「あなた達、今すぐ戻って馬車を持ってきなさい!」
「自分達が、ですか?」
「当たり前でしょ!? この子を一人にさせる気!?」
アンナ・クロンツェルの指示に、男二人は仕方なくといった感じで洞窟を出ていった。
えっ、もしかして今、アンナ・クロンツェルと二人っきりの状態?
そのアンナ・クロンツェルは、僕の前に来るとしゃがみ込んだ。
その表情はなぜか真剣だ。
「さて、邪魔者がいないうちに、真面目な話をしましょうか」
「真面目な……話?」
「そう、真面目な話。私がここに来た理由は、神様から与えられる言葉……いわゆる神託を受けたからなの。洞窟にいる全裸の女の子を救いなさいって。それで来てみたらあなたがいたの」
それってつまり、あのゆるふわ神様がこの人に頼んだってこと?
人気のない場所に転生させてもらった意味がないじゃないか。
「私には、相手の情報がわかる【鑑定】というスキルがあるんだけど、それであなたを見たら、吸血鬼であること、異世界からの転生者であること、コミュ障であることがわかったの」
とんでもない美少女ってこともね。と、アンナ・クロンツェルは続けた。
「だから神様は私に頼んだんだって納得したわ。だから、これからよろしくね。えっと、名前は……【鑑定】で空欄になっているところを見ると名無しなのね。じゃあ……ティアナっていうのはどう? あなたにピッタリだと思うけど……」
ティアナ……。
なんでかわからないけど、しっくりくる。
気に入ったので、頷き返す。
「よかった! じゃあ、改めてよろしくね、ティアナ」
そう言ってアンナ・クロンツェルは微笑んだ。
その微笑みは、思わず見惚れてしまうほどに秀麗だった。
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