神愛

直之が目を覚ますと、全く見知らぬ天井があった。それと、自分とは違う匂いのベッドも。機械とオイルの匂いがする。


首だけ動かすと傍らで機械いじりをしていた蓮が忌々しげな表情をしながら直之の方を振り向いた。


「なんだ、もう起きたんですか?」


激情に駆られて殴打したときよりも幾分か落ち着いたらしく、その声は穏やかだった。


「……あなたのせいで懐かしい夢を。」

「あぁ、私のお父様をまた傀儡の神にしようと目論んでいるのですか?」


確かめるような声色に。直之は口を開こうとして、一旦、閉じ。間をおいて答える。


「……さぁ、…わかりかねます。」

「さぁ、って、自分のことなのにわからないのですか?」


黙りこむ直之の姿に蓮はため息をつく。直之は考え込んでいるというよりは放心しているようだった。暫くの沈黙が流れた後、蓮はよく冷えたスポーツドリンクを差し出した。


「もう長い間、水分をとっていないでしょう?」

「……ありがとう、ございます。」

「……そう、そうです。確か、防水対策はしてあったはずです。それと、経口摂取した液体を体内装置の冷却水として運用可能に……、ああ、糖分などはお気になさらず、我々工学部の発明した新たな管…えぇ、毛細現象を覆すような、それを開発するには。」

「……オタッキーなお話を中断することをお許しください。」

「あ、はい。なんでしょうか?手首の関節に利用している機構の話でしょうか?」

「ちがいます。」


彼はベッドから降りようとしたが、予想以上にダメージを受けているらしかった。体が動かない。仕方なく目の前の青年のものらしいベッドに横たわる。


「こんな格好でお願いするのも心苦しいのですが……。私をあなたのお父様に会わせてください。」


そう告げれば、蓮は右手に持っているスパナを大仰に構えるのであった。


「……やはり、未だ野望を諦めていない。さすが邪教……。」

「……野望、ですか。そうですね、まだ諦め切れないという気持ちがあるのも事実です。」


そのためなら、一大教団を築くことも、寝る間を惜しんで知識を得ることだって厭わなかった。手離せと、言われて手離せるようなシロモノではない。


「なんとかは死んでも治らない、と言いますものねぇ!」

「あなただって、機械いじりをやめなさい、と言われてもやめられないでしょう?」

「……。」

「でも、今はそんなことは……一旦、保留としましょう。私は、ただ、ユウトくんに会いたいんです。」

「親として?」


それは純粋な疑問だった。


「……あなたは、実の息子に暴力を振るって神に仕立てて、従わせて、ひどいことをしたクソッタレの父親じゃないですか。」

「……私は…私ごときが、神サマの父親だなんてそんな畏れ多い。」

「でも、息子から見れば、あなたは父以外の何者でもなかったのではないでしょうか。」


少し話しすぎたのか。ベッドの上で直之が数回、咳込み、痩せた胸を大きく上下させた。


「……わかりません。わからないんです。わからないけれど……私はユウトくんを迎えに行かなくちゃ……。」

「本当に、ただそれだけですか?」

「実際会わないと。それで、私が拒絶されても、それは、仕方ないことなのでしょう。」

「……、そうですね。いくら私が個人的な感情であなたを嫌おうと、あなたとお父様の間にある感情を決めつけることは不可能ですものね。」

「……随分と物分かりがいいですね。」

「あぁ、いえ、多少、その、罪悪感と言いますか。」

「何がですか?」

「先程、殴った拍子に、その、あなたの左肩ジョイントを全壊させてしまって……。」

「へぇ……。」


「???!!???!」

「そ、そんな頓狂な声出さなくたって……、ほら、直しました、綺麗さっぱり直しましたから。今ならロケットパンチもつけますから……!」

「そんなのいいから早く直してください!」

「誠に申し訳ございませんでした……。」


パキッ、という音を響かせてくっつく腕に。もう本当に人間ではなくなったのだなぁ、と直之は他人事のように感じていた。そんな感情を読み取ったのか、蓮はベッドにもたれて励ますように話しかける。


「……一応、元のままの部分もありますよ。……えーと、腰とか、頭とか。」

「実際にテセウスのパラドックスと似たような状況に置かれるとは……、なんというか…、なんなんでしょう。」

「悪いことをした報いなのです。」


「だって、あなたの信者があなたの死体を保管して。教祖を蘇らせたいから、蘇らせて……。」

「まるで邪教ですね。」

「さっきからそう言っているでしょう?」


ふふ、とその笑う顔が思いのほか妻に似ていて、なんだか彼は無性に悲しくなった。胸に開いた穴を風が通り抜けるように。


「あなたは、悲しい顔ばかりしてますね。」

「そりゃぁ、死んだら悲しい顔にもなりますよ。」

「あんまりにも、哀れだから、近いうちにお父様に合わせて差し上げましょう。」

「……ありがとうございます。」

「そうとなったら、グリーン車の予約を取りましょう!」


すっ、と蓮が指先で空間をなでると、青いディスプレイが宙を現れる。


「……。」

「あ、よかったですね、お祖父様!明日ならグリーン車も在来線も空いてますよ!」

「……一つ、よろしいでしょうか?」

「はい?」

「私の死因が何かもちろん覚えてますよね?」

「えぇ、電車にはねられて轢死したんでしょう?」


けらけらと、笑いながら、予約を入れ始める蓮。対して引きつった顔で直之は言った。


「あの、魔法とかでテレポートしたほうが早くていいと思いませんか?」

「だめです、それはダメです…。お祖父様が蘇ったことは先程メールで伝えたばかり……、お父様には心の準備をしていただかないと。そのためには最低でも1日は必要でしょう。」

「なら高速道路は…?」

「夏休みシーズンは混むんですよねぇ……、それに私、車持ってないし。」

「本当のところは」

「嫌がらせです。」


お祖父様、と呼ぶようになり態度が軟化したように見せかけて。蓮は彼を許してなどいなかったのだ。直之はため息をつくのさえ、もう嫌になって寝返りをうつと「まだ具合が悪いので寝ます。」と、ふて寝した。

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