親愛
実験体を修復し、完成させていく。
その手付きは機械的で、それでも熱狂に満たされているようだった。巨大人工物を建造するときに、クレーンが群がる光景に酷くにている。完成したそれはちゃんと人間だったし、それは悪名高きカルト教団の教祖だった。
—教祖様、教祖様……。
実験を指揮していた教授が実験台の上に座る彼の足元に縋り付くようにしている。あまりに異様な光景だった。まるで神にでも縋るように、周りが見えていない。
「ヴェ、アレって御影直之じゃねぇの?」
蓮の耳元で瀬名が小声で叫ぶ。
「なんですか?あの痩せたおじさん、偉い人なんですか?」
きゃるっ、とミコトが首をかしげる。
「よくテレビでみるぜ。『独自調査‼アノ事件の真相』とか。」
「僕、そーゆう可愛くないテレビ番組見ないしぃ。」
「昔とはいえカルトの親玉だぜ?教祖の死後、信者が集団自殺したっていう。」
「で、なんで教授サマたちがあんなにへこへこしてるんですか?」
「いいか、皇ちゃん。宗教組織にはなぜか賢者的立ち位置の知識人たちがいてだな。御影教ぐらいの規模だといるもんだぜ……。」
「なにそれ、キッモーーイ!?」
きゃぴ、とわざわざ魔法で星形のオブジェクトを発生させてミコトは微笑む。
「うん、もうそれでいいわ……。」
「ふーん。……アレ?蓮ちょん先輩?どーしたんですか?」
「あ……、いえ、なんでもないです。」
一瞬見えたうつろな表情を微笑みに隠し、蓮の唇はいつも通り弧を描く。
「ま、俺は単位が出ればなんでもいーの、ソーナノ。」
「瀬名先輩、今単位いくつですか?」
「数えたことないなあ!」
「だから、落として留年するんですね。アーメン。いっそ宗教に頼ってみたらいかが?ほら、あそこに科学的に復活した新興宗教の教祖が。」
「お断りだ。」
─君、こちらに。
突然、低く、それでいてよく通る声が実験室に響いた。蓮は緩慢に顔を上げると、今度は憮然とした表情で教祖の方へ歩みを進める。
「何でしょうか?」
「あぁ、君です、君とほら、あそこにいる茶髪の学生。」
「……。」
「私の太腿を撃ち抜いて、捕獲した方々ですね。」
聖者でも復活したかのように泣き叫んでいる教授を長い足で躱すと、教祖は立ち上がる。黒い髪、何を考えているのかわからない切れ長の目。
「他人の空似というにはあまりにも……。」
蓮の顔を覗き込み、初めて彼は笑みを崩し、暫し唸った。ひどく人間らしさを感じる表情だった。
「……何でしょうか。用がないのなら私、帰宅しますね?」
「あぁ、待ちなさい。……白黒頭の君。」
「……何でしょう?」
「あなた、私の世話をなさい。」
「………はぁ?」
「いいですね?構いませんよね、ハイ、では決定です。……君もそれでいいですよね?」
足元に再び縋り始めた教授を避けながら、教祖は蓮の後ろをついてきた。
「本当に二人きりにして平気か?」
「蓮ちょん先輩、貞操の危機に陥ったりしたら、いつでも僕らを呼んでくださいね!」
「俺、今日はずっと家にいるから何かあったら叫ぶんだぜ!」
「いいご友人をお持ちで。」
教祖は蓮の部屋の隅に正座しながら、そう呟いた。
「……。」
「いやぁ、それにしても貴方は…えーと、蓮くん?ですかね…。貴方は本当によく私の妻に似てます。」
「………ちっ…。」
「あ、いま舌打ちしましたね?でもそれも妻にされているみたいでそれはそれで楽しい。」
似てる似てると彼は満面の笑顔で蓮に語りかけてくる。
「それは…えぇ、そうですね……、貴方と私は一応、血縁者、ですから。」
「へぇ、では田宮裕子さんの親戚の方ですか?」
「いえ、そうではなくて…、」
「ではなんです?」
「……私は貴方の孫に当たる人間です。」
「……おや、まぁ…それは…、えー…と?」
「貴方の息子の息子です。」
「ご冗談を、だってまだ息子は中学生…。」
「今は何年か、わかりますか。」
「何年って今は1986年でしょう?」
「違います。……思い出してごらんなさい。貴方は最期どうなったんですか?」
「最期?」
その言葉を投げかけられて、彼の顔からは余裕や感情というものが一瞬、抜け落ちた。
「そうだ……。私は確か、電車に轢かれて。」
「貴方は死んだのです。そして、……死人らしく死んでいればよかったものを……。」
「……迎えに行かなきゃ……!ユウトくんは生きているんですか?」
ユウトくん、ユウトくんと彼は息子の名を口にする。不安げに。心の底から心配する親の声で。蓮はそれに少し苛立ったようにきつく拳を握った。
「……生きています。会いたいですか?」
「それは、ええ、もちろんです。」
「……では、心の底から謝ってくれますか?父に。」
「なぜ?」
本心からわからない顔をして首をかしげる。
「貴方は新興宗教の道具として実の息子を祀り上げ、神としての人生と暴力を伴う残虐極まりない儀式を強いた、と、聞いたことがあります。」
「えぇ、そうですね。でも私は常に正しいことをしていたので。必要なことでしたし、君の父親に謝ることはないと思いますが。」
「……なるほど、わかりました。」
「それに神サマだってお許しくださるはずなのです。だから、」
言葉を続けることは許されなかった。蓮は拳を握り、教祖の肩を殴りつけた。床に倒れて、ぐったりとしている教祖に蓮は呪詛を投げつける。力の強い蓮に殴られて、生命維持装置が強制シャットダウンして、直之は気絶した。
「…たとえ、お父様が貴方を許そうと、私は貴方を許しません……!」
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