Station:09 無賃乗車乃罰
◉
あたしの名前は工藤アスカ。
神奈山県横花市の学校に通う、異世界から帰ることができなくなった普通の高校一年生だ。
かちかちかち。
時計の秒針が動く音がやたら大きく聞こえる。
グレーの壁に四方を囲まれた部屋。
小さなテーブルが部屋の真ん中にあって、パイプ椅子がテーブルの四方を取り囲むように置かれている。
見つめている。
骸骨頭の駅員が。
あたしの対面に座って。
暗闇に満ちた二つの眼窩で、あたしをじっと見つめてくる。
「あ、あの」
無音に耐えられなくなったあたしが、声を出した。
「帰っていいでしょうか?」
《ダメだ》
即答だった。
とりつくしまのない容赦のない言い方だった。
「すみません……無賃電車だっていうの知らなかったんです。本当です。お金なら払います」
めげずに、あたしはいった。
本当だ。
知らなかっただけなんだ。
異世界に向かう電車にお金が発生するなんて、本当に知らなかった。知っててタダ乗りしたかったわけじゃない。
お金で解決するなら今すぐ払うよ。
だから、家に帰して。お願いだから。
《いらねぇ》
かたたたた。
骸骨頭の駅員の指が、ピアノの鍵盤を叩くように小刻みにテーブルを叩いた。
《そっちの世界のカネなんて、こっちじゃ紙くずだ》
かたたたたた、かたたたたた。
テーブルを叩く指の動きが速くなる。
ごくっとあたしは唾を飲んだ。
「あの……じゃ帰してください」
《ダメだ》
かたたたたたたたた、かたたたたたたたた。
かたたたたたたたた、かたたたたたたたた。
テーブルを叩く指の動きが強く、さらに速くなる。
「どうすればいいですか?」
ぴたっ。
テーブルを叩く指の動きが止まった。
《どうすれば……? なんだ? 許して欲しいのか? あんた》
がたっ。
骸骨頭の駅員が、パイプ椅子から立ち上がった。
《知ってるか? 赤信号を無視すると犯罪になるってのを》
こつこつこつ。
骸骨頭の駅員が、あたしの側まで歩み寄ってきた。
《お前らの世界の信号無視ってのはな、道路交通法第7条に値する。抵触すれば、3ヶ月以下の懲役かもしくは5万円以下の罰金が発生するんだ》
低い声色で駅員はいった。
え、なに?
道路交通法? 急になに言い出すの?
《お客さん……あんたは異世界への『無賃電車』を繰り返したんだ。わかるか? 俺たちの世界のルールを無視したんだ。『異世界のルール』をだ。それが知らなかったっていうつまんねぇ言い訳で、本気で許されると思ってるのか?》
細く硬い剥き出しの骨の指が、あたしの肩を掴んだ。
痛っ。
めちゃくちゃ力強く左肩を掴まれてる。
やめて、触らないでよ。痛いんだけど。
《聞いてるんだ。許されると思ってるのかどうか? 質問に答えろよお客さん》
骸骨頭の駅員が、あたしの耳元で囁くように恫喝する。
「痛い……離して」
《うるせぇ。こっちが聞いてるんだ。どうなんだ?》
わかんないよ。
だってあたし…わざとじゃないもん。
勝手に地下鉄が異世界に行っただけで、あたしはなにも悪くない。
《てめぇの言い訳なんざ知ったことか。ルール破った奴はよ、『罰』を下すんだ。それはテメェの世界でも異世界でも同じだ》
すっと、骸骨頭の駅員があたしの肩から手を離した。
痛い。ずきずきする。
あたしは肩に手を当てて、駅員を見上げた。
駅員はあたしを見ず、左手で「ぱちん」と音を鳴らした。
四方を囲む壁が、迫り上がっていった。
まるで劇場の緞帳の幕上げのように、激しいモーター音を鳴らしながら壁が上方に迫り上がっていく。
壁が消えた外の景色に、あたしの顔面から血の気が引いた。
電車だ。
あたしの目の前にあるのは、通学でいつも乗っている地下鉄アクアラインの電車車両だった。
電車車両のフロント部分があたしを見るように正面を向いている。
その電車車両の周りには、黄色いヘルメットを被った骸骨頭の作業員が群がっていた。
よくわからないけど、レンチや溶接道具みたいなのを使って、電車の壁や扉部分、あるいは車輪を修理(?)している様子だった。
「助けて……」
あたしの目の前にあるのは、通学でいつも乗っている地下鉄アクアラインの電車車両だ。
電車車両のフロント部分があたしを見るように正面を向いている。
電車の正面に、人の顔があった。
苦痛で歪んだ女の子の顔。
見たことある顔だった。
「ヤマピー?」
「…助けて…アスカ…」
あたしはヤマピーに駆け寄ろうとした。
が。
骸骨頭の駅員が、あたしの両肩を掴んであたしを止めた。
《これが『罰』だ。お前ら無賃乗車したやつは、これから『電車のパーツ』になるんだ》
みちみちみち。
音が出るほど強くあたしの両肩が握られる。
「は、離して!」
ヤマピーを助けなくちゃ。
どうして、こんなことになってるのかわからないけど、ヤマピーを助けなくちゃ……!
あたしは必死になって肩を掴んだ骨の指を必死に振り払おうとした。
だけど、びくともしない。
逆に暴れて動けば動くほど、骨の指が肩の肉に食い込んでいっている。
「だ、誰か助けて!」
ばきっ。
渇いた物体が砕ける音が聞こえた。
両肩に食い込んでいた骨の指の感覚が消えた。
あたしが振り返ると、制服姿の大柄の男子が立っていた。
「広瀬くん?」
「工藤! 大丈夫か!」
広瀬くんの額には、びっしりと細かい汗のタマが浮かんでいる。
はぁはぁと息を切らしていて、体からほんのり湯気が立っているのが目に見えてわかった。
骸骨頭の駅員は、両腕を折られた勢いで突き飛ばされたのか、地面に転がって尻餅をついていた。
「どうして……広瀬くんが?」
「逃げるぞ、工藤!」
広瀬くんがあたしの手を掴んだ。
To be next station....
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