Station:08 走馬灯懐古駅
◉
あたしの名前は工藤アスカ。
神奈山県横花市の学校に通う、5年前に亡くなったおじいちゃんのことがとにかく大好きだった普通の高校一年生だ。
電車の車窓に映る外の景色を眺めると、河川敷でキャッチボールをする親子が目に映った。
──キャッチボールか。
そういえば、あたしも昔、おじいちゃんとしたことがあったな。キャッチボール。
おじいちゃんは、男の子が欲しかったみたいで、よくあたしに鉄道のおもちゃとかロボットとか買ってくれてたな。
その度にお母さんとおばあちゃんに怒られていたっけ。
「……」
あたしはスマホを取り出した。
スマホの画面を見ると、LIMEにお母さんから「今どこ? いつ帰ってくるの?」とメッセージが一件入っていた。
あたしは「今電車乗っておじいちゃんのお墓き向かってる。15時には終わると思う」とLIMEでメッセージを返した。
今日はおじいちゃんの命日だ。
おじいちゃんの命日は今日だったけど、お父さんの仕事の都合で家族みんなで行けなくなったから、五回忌のお墓参りは、来週家族でもう一度行くことになっている。
だけど。
どうしても命日の今日に。
おじいちゃんのお墓参りに行きたい。
あたしはお父さんとお母さんにそうお願いをした。
「わかった。来週、もう一度お墓参りをするなら構わない」そういって、お父さんとお母さんはあたしの1人お墓参りを許してくれた。
お墓参りは今日じゃないと意味がない。
どうしても、今日やっておかないといけない『理由』があるんだ。
《この度は【横花市営地下鉄 異世界アクアライン】をご利用いただき誠にありがとうございます。次は『走馬灯懐古駅』に到着です。お出口は左側となります。Ladies and gentlemen.We will soon make a brief stop at SOUMATO KAIKO.The exit will be on the left side.Thank you.》
唐突にアナウンスが流れた。
──はぁ。
またか。
あー、もう……。
仕方ないか。
今日がおじいちゃんの命日だからって、地下鉄が空気を読むことないよね。
ま、1時間も待てば現実行きの電車も来るし。
とりあえず今日はそんなにイラつかないようにしなくちゃ。お母さんには後でLIMEしよう。
「あれ?」
あたしは車窓に映る外の景色を見て、首を傾げた。
いつもの異世界じゃない。
スーパーに商店街のアーケード。
タクシーや市営バスが留まっているロータリーに、学習塾の広告看板が掲げられた雑居ビルが車窓から見えた。
ここ、上永屋駅だ。
上永屋駅の高架上から見下ろすことができる、上永屋駅周辺の街そのものだ。間違いない。
おかしいな。
さっきアナウンスで、異世界アクアラインって言ってたような気がするんだけど、聞き間違いか?
《ようこそ、『走馬灯懐古駅』へ……》
改札口付近を歩いていると、骸骨頭の駅員が挨拶してきた。
あの骸骨頭。
ハロウィンパーティとかの被り物マスクじゃなさそうだ。
本物の骸骨だ。
顎がガシャガシャ動いているし。
カッターシャツの下に剥き出しの肋骨が透けて見える。
うん。やっぱりそうだ。
ここ『異世界』だ。
現実世界で人体模型のおばけが駅員やるわけないもん。
「あの……異世界ですよね? ここ」
《左様でございます》
骸骨頭の駅員が答えた。
丁寧に口調だった。ちょっも不気味に感じる。
「上永屋駅じゃなくて?」
《いえ、『走馬灯懐古駅』でございます》
駅員は答えた。
うーん、そうなのか。
上永屋駅じゃないのか……。
本当に?
ちらっとあたしは改札外を見てみる。
左側にパン屋さん。
右側にコンビニと小さなお蕎麦屋さんがある。
お蕎麦屋さんの看板には、『上永屋立ち食いそば』と書かれていた。
このお蕎麦屋さん。
あたし、知っている。
上永屋駅で何度か食べたことのあるお蕎麦屋さんだ。
《お客様。ここは『走馬灯懐古駅』でございます》
骸骨頭の駅員がいった。
《『走馬灯懐古駅』は、お客様の『過去の出来事』を再現する街です》
「過去の出来事?」
あたしが訊き返すと、背後から気配を感じた。
振り返って、あたしはぎょっとなった。
《おじーちゃーん!》
おさげ頭の女の子が駆け足で改札を抜けた。
小学4年生ぐらいだろうか。
デニムのホットパンツにボーダーのTシャツを着ている。
その女の子の後を、30代くらいの女の人が追いかけている。
《待ちなさい! アスカ!》
あたしは女の人を見て、思わず自分の口を手で押さえた。
お母さん、だ。
あたしのお母さんだ。
見た目は30代くらいで、髪の毛を金色に染めている。
5年前くらいに着れなくなった捨てたボーダーの長袖とジャケット、デニムのジーンズを着ている。
昔のお母さんだ。
今より10キロくらい痩せていた頃のお母さんだ。
その昔のお母さんが、あたしの前をすれ違った。
《……あの、なにか?》
昔のお母さんが、あたしに気付いて振り向いた。
あたしは慌ててかぶりを振り、「いえ、すみません」とすぐに謝った。
《アスカ! こら! 走るんじゃない!》
改札外にふと気配を感じた。
振り返って見ると、ホログラムみたくふわぁっと『人』が映像みたいに出現した。
出現した人は、老人だった。
《他の人の迷惑になるぞ!》
老人は、全力で走る女の子の体を両手でキャッチし、持ち上げた。
あの人は……。
《現実行きの電車は1時間後に到着します。どうですか? この世界を見学するのは》
骸骨の駅員があたしに提言する。
あたしはスマホを取り出し、画面を見た。
今は13:20だ。
14:10に戻れば現実行きの電車に乗ることができる。
──まぁ少しだけならいいか。
《アスカ、今日は何食べたい?》
おじいちゃんが小さいあたしと手を繋いで道を歩いていて、その後ろを若い頃のお母さんが歩いている。
あたしは気づかれないようにそっと尾行して歩いた。
なんだか不思議な気持ちだ。
死んだおじいちゃんが目の前にいて、そして小さい頃のあたしがいる。
まるで夢の中にいるみたいな、そんな感覚だ。
《アスカ! ハンバーグ食べたい!》
《そっか! ハンバーグ食べたいかー!》
おじいちゃんが小さいあたしの頭をわしわしと撫でる。
懐かしいな。
よくおじいちゃんに頭撫でてもらったけ。
《どうしたの? おじいちゃん》
突然、おじいちゃんの足が止まった。
小さいあたしがおじいちゃんを見上げる。
おじいちゃんが小さいあたしを見た。
《ごめんな、アスカ。ちょっと先にお母さんと行っててくれないか?》
ぽんとおじいちゃんが小さいあたしの背中を叩いた。
おじいちゃんが振り返った。
後ろでついてきているあたしを見つめている。
《あんた、来てくれないか》
あたしは周りを確認する。
《あんただ。さっさと来い》
おじいちゃんがあたしに向かって手招きした。
あたしを呼んでいる。
間違いない。
あたしはおじいちゃんに歩み寄った。
《アスカだな、あんた》
おじいちゃんが柔和な笑みを浮かべる。
「あたしのことわかるの?」
《ああ、まーなー》
おじいちゃんがあたしを見た後、後ろに振り返った。
小さいあたしとお母さんが手を繋いで、歩道を歩いている後ろ姿があった。
《少し歩こうか》
おじいちゃんはそうつぶやくと、前に歩き出す。
あたしはおじいちゃんの後を追った。
《ここは現実の世界じゃないのはわかってる》
おじいちゃんは空を見上げながら歩いた。
並んで歩いていて、あたしは気づいた。
昔はおじいちゃんを見上げていた記憶しかなかった。
けど、今はおじいちゃんと目線が合っている。
不思議な感覚だ。
おじいちゃんってこんなに小さかったんだ。
《アスカ。俺はいつ死ぬんだ》
おじいちゃんがあたしに訊いた。
おじいちゃんはあたしを見ないで、真っ直ぐ前を見つめていた。
「あたしが小学4年の時だよ」
《そうか》
おじいちゃんはそうつぶやくと、肩を落とした。
《今年は海行ってなかったんだよなぁ》
あたしはおじいちゃんを見た。
おじいちゃんは残念そうな表情を浮かべている。
だけど、悲しそうな眼はしていなかった。
《なぁ、アスカ。お前、今サーフィンやってないのか?》
おじいちゃんに訊かれて、あたしはかぶりをふった。
「ごめん。あたし泳ぎ得意じゃないから」
《そうだったな。お前はお母さんに似て泳ぐの下手だったからな》
あたしは黙った。
おじいちゃん。サーフィン好きだったよね。
自分のボードとかウェットスーツとか持ってて。
よくサーフィンのウンチク講義をあたしに話してたっけ。何言ってるのかよくわからなかったけど、おじいちゃんが楽しそうにしてるの見てると、なんとなくあたしも嬉しくなったを覚えている。
《お、あそこでキャッチボールしてる奴がいるな》
駅から離れて歩いていると、児童公園が見えてきた。
今はマンションの敷地になって駐車場になったけど、昔はあそこで地元の子供たちと遊んだことがあったな。
その児童公園で、小学生の男の子2人がキャッチポールをしていた。
《よぉ! ガキども! そのボールとグローブ、俺に売ってくれ!》
突然、おじいちゃんが大声を出した。
男の子2人は手を止め、きょとんとした顔でこっちに振り向いた。
「ちょ! おじいちゃん! はぁ?!」
思わずあたしはおじいちゃんの腕を掴んだ。
いきなり何いってるの?
不審者じゃん! やってることが!
《うるせぇなぁー、このあたりにスポーツショップなんてねぇの知ってるだろ?》
「だからって……ご近所さんから通報されるって!」
《いいじゃねぇーか。ここは異世界だぜ? それに俺は今年死ぬんだ。死ぬ前に高校生になったお前とキャッチボールしたいんだ。いいだろ? キャッチボール》
ぽんっとおじいちゃんはあたしの背中を叩くと、男の子たちがいる児童公園に駆け寄った。
おじいちゃんは財布から1万円を取り出し、男の子たちに手渡した。
男の子たちは1万円を受け取ると、自転車に乗って児童公園から早々と立ち去った。
《ほれ、やるぞ》
児童公園にあたしが着くと、おじいちゃんは男の子たちから買い取ったボロボロのグローブを投げ渡した。
あたしは受け取ると、なんともいえない気分になった。
ずるい。
そんなこといったら、恥ずかしいから辞めてっていえないじゃん。
《お前、まさか俺の命日に墓参りしてるんじゃねぇだろうなぁー》
ボールを投げながら、おじいちゃんはいった。
ぎくっとなった。
グローブの端でボールを弾いてしまい、地面にボールを落としてしまった。
コロコロと地面を転がるボールをおじいちゃんが屈んで拾った。
《ったく、辞めろっていってんのに。なんでそんな無駄なことするんだ》
拾ったボールをおじいちゃんがあたしに投げた。
あたしはボールをキャッチする。
「無駄じゃないもん。おじいちゃんに会えるもん」
《バーカ。俺はこの世に未練なんざ一切ねぇーからあの世にいるっーつの。墓参りなんざそんなくだらねぇことしねぇで、ガキはガキらしくイケメンでも捕まえろ。彼氏いるんだろ?》
「……いないよ。でも、好きな人はいる」
《ほぉ、そうか。どんなクソ野郎だ? 俺の孫たぶらかす奴は。写真見せろ》
「お墓参り……くだらなくないもん」
あたしはボールを握ったまま、ぽつりとつぶやいた。
「約束したんだ。あたし、おじいちゃんに」
《約束?》
あたしはボールを投げた。
バシッと、おじいちゃんのグローブにボールがはまる。
「おじちゃんが亡くなったその日、あたし、おじいちゃんの最後に立ち会えなかったの」
おじいちゃんが危篤だと連絡があったのは、あたしが家の近くの公園で遊んでいた時だった。
ケータイ電話を持っていくのを忘れていたあたしをお母さんが探してにきてくれて、それからお父さんが車を飛ばして病院に向かってくれた。
でも、おじいちゃんは待ってくれなかった。
「後悔してるんだ。どうしてあたし、あの時、ケータイ忘れて外で遊んでたんだろって」
《仕方ねぇだろ。忘れたもんは。なんだ? まさかそれで墓参りしてるのか? 毎年律儀に》
おじいちゃんがいった。
心を見透かされてるようで、うっとなった。
図星を突かれたあたしのリアクションを見て、おじいちゃんは「くくっ」と意地悪っぽく笑った。
《ほんと、お前は馬鹿だな。遅かれ早かれ人は死ぬんだよ。死ぬ間際にお前に会えなくて、俺が恨むほど器が小さい奴だと思ったのか?》
そんなこと……あたし。
《アスカ。おめぇはガキなんだ。ガキはガキらしく、男捕まえて結婚してよー、ガキこさえて幸せになるもんだ。あったけぇ家族作って毎日笑ってればいいんだ》
おじいちゃんがあたしにボールを投げ返した。
ばしっと音がした。
ボールがグローブの中に、きれいにはまっていた。
《俺の人生楽しかったぞ。すげぇ楽しかった。お前に会えて、お前が遊んでくれて、俺は楽しかったぞ。それで俺は死んだんだ。人に自慢できるすげぇ人生だ。
めそめそ泣くんじゃねぇぞアスカ》
あたしはボールを掴んで、おじいちゃんに投げ返そうとした。
するっと、ボールが手からすっぽ抜けた。
視界がじんわりとぼやけていた。
目が熱い。
ぽたぽたと、熱いものが、両方の目からこぼれ落ちているのに気付いた。
《家に帰れ。そして幸せになりやがれ。こんな
あたしは顔を伏せる。
涙が、堰を切ったように流れた。
あたしも楽しかったよ。
おじいちゃんと一緒に遊んで、すごく楽しかったよ。
──ありがとう。おじいちゃん。
《時間、大丈夫か?》
13:50。
おじいちゃんが走馬灯懐古駅の改札まで送ってくれた。
「うん。ありがとう」
《ったく大声で泣きやがって。恥ずかしいのはどっちだ?》
呆れ口調でおじいちゃんがいった。
あたしは舌を出して、「へへっ」と笑った。
「じゃ、行くね」
《おう! 体には気をつけろよ》
ぴっとスマホをかざすと、自動改札のドアが開いた。
あたしは自動改札を抜けて、おじいちゃんに振り返った。
「また、来てもいいかな。おじいちゃん」
《バカ。二度と来るんじゃねぇ。さっさと青春してこい》
にっとおじいちゃんが笑った。
おじいちゃんが笑った瞬間、ふわぁっとおじいちゃんの姿が煙のように消えた。
《間もなく、現実行きの電車が発車します。ご乗車の方はお急ぎくださいませ》
駅内にアナウンスが流れた。
あたしは二階のホームに向かって走った。
おじいちゃん。
今日は会えてよかったよ。
だけど、あたし馬鹿だから。
おじいちゃんのお墓参り、また行くね。
それでサーフィンして、恋愛して、子供作って、家族作って、幸せになってみせるよ。
あたしの人生楽しいよって、おじいちゃんに報告したいから。
また来年も行くね。
そうあたしは心の中でつぶやいた。
◉
がしっ。
突然、階段を登ろうとしたあたしの腕を掴まれた。
「え?」
振り返って、あたしはぎょっとなった。
腕を掴んでいたのは、骸骨頭の駅員だった。
「あの? 電車乗らないと」
《お客さん。困りますね》
がちゃがちゃと、剥き出しの歯が上下に動く。
真っ黒な二つの眼窩の奥から、ゆらぁっと赤い揺らめきが見えた。
《……これで何回目ですか? 『無賃乗車』しやがって……いい加減にしろよ、お客さん……》
ぷるるるるるるるるる。
ブラットフォームに電車が発車する警笛が響いた。
14:11。
現実行きの電車は、あたしを乗せずにホームから出発した。
To be next station....
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