知らない景色へ
第4話 決意
「気を付けて帰れよー!」
今日の授業が全て終わり、担任の言葉を聞き流しながら足早に教室を出た。今日は、焔達と会う約束をした日だ。事前に連絡を入れておいたから、このまま荷物だけ家に置いてから早速向かうことになっている。
「白星、今日田中とかとカラオケ行くけどどうよ? 空いてるか?」
廊下に出た途端、隣のクラスの友人である安永に声を掛けられた。
「すまん、今日は予定があるんだ。また今度な」
「そっか、んじゃまたなー!」
「ああ。また」
せっかくの誘いだが断り、早歩きで階段を降りていく。一階まで降りていくと……廊下の曲がり角で何かにぶつかってよろつく。
「っと、……あ、ごめん! 怪我してないか?」
ぶつかってしまったのは女の子で、俺にぶつかった衝撃で尻餅を付いていた。見慣れない顔だ、後輩か?
……にしても背が小さいな、中学生前半くらいに見える。
「……ううん、大丈夫」
白髪の女の子は直ぐに立ち上がり、下駄箱の方へと歩いていった。急ぎすぎてしまった事を少々反省し、俺も下駄箱へと向かった。
*
「……ここ、か?」
名刺を頼りにたどり着いたのは……少し古い小さなビルだった。自宅から一駅先にあり、駅を出てすぐ側だ。その中の二階に事務所があるみたいだな。
少し錆びた階段を登り、二階に上がるとすぐ目の前に扉があった。扉には黒い文字で、感染者対策支部……とだけ書いてあった。この感染者と言うのは、焔達が話しているディザイアの事を示しているのか?
まぁそこも含めて聞くとしよう。聞きたいことは山ほどあるからな。
「ふー……」
緊張を収める為に深呼吸をし、二回ノックをしてから扉を開けた。
「あ、来ましたね。どうぞこちらへ、レイラさん」
開けてすぐに上下ジャージ姿の一色が反応し、ソファーへ座るように誘われた。
中は至って普通の事務所と言った感じだ。高級そうなソファーが二つとそれの中心にガラスのテーブルが置いてあり、所狭しと大きな本棚が隅にいくつか。そして、窓際のオフィスチェアに焔が腰掛けていた。手を組み目の前のデスクに肘を立て、何故だか目を瞑ったままだ。
既視感があると思ったがあれだ。ドラマで見た、探偵事務所のようだな。
「お邪魔します。急な連絡をしてすいません、一色さん」
「いえ、誘ったのはこちらですから。今、お茶を出しますね」
「あ、はい」
一色はその場から離れて奥にある給湯室へと向かっていく。
……初めてあの人と会ったときは真面目そうな格好をしていたのに、普段はジャージなのか。何となく意外だ。焔に関してはこの間と変わらないが。
全身、黒のスーツに黒手袋……暑くないのか?
「はい、どうぞ。外は暑いので、冷たいお茶にしときました」
「ありがとうございます。いただきます」
一色から手渡されたお茶を貰い、早速口に入れた。ここに来るまでで随分汗をかいたから、冷えた麦茶が凄く美味しい。
「さて、と。来てくれてありがとうございます、レイラさん。……ただ、一つ謝らなければならない事が━━」
「連続殺人事件の被害者に、俺の両親がいたって話ですか? 気にしてませんよ」
「え、何故分かったんですか?」
「俺の名前を顔を見ただけで調べられるほどですから、そのくらい知っていたのかな、と思いまして」
「……なるほど。その、あの時点ではアタシ達も知り得なかった事とはいえ、無神経でした」
申し訳なさそうに頭を下げる一色を見て、首を横に振る。
「大丈夫ですよ。確かにあの話を聞いたときはショックでしたけど、悪気があった訳では無さそうですし」
「ありがとうございます。なら早速、話を始めていきますかね」
「お願いします」
一色はもう一度頭を下げた後、仕切り直すように咳をする。
「こほん。じゃあ前回の話の続きから行きましょうか。前も言いましたけど長くなるので、書類を読んでもらった方がてっとり早いかもです。質問はその都度受けます」
一色は焔の前にあるデスクの上から何枚か書類を手に取り、俺の前へと並べていく。
「これは?」
「
言われるがまま、書類を読んでいく。
━━まず、何故感染者と言う名称を付けたのか。それは言葉の通り感染者は感染して増えるからである、か。
病気の類いなのか……?
「その、俺達って病人なんですか? 感染者って書くと、いかにも病気に掛かっている様に見えますけど」
「正確に分かっている事は少ないですけど、アタシ達
一色に促され、再び書類を読む。
━━
そして、能力者として目覚めるきっかけがディザイアと呼ばれる所以である。
……なるほど、近くに能力者がいると感染するのか。確かに感染病の様だ。
そして、ディザイア。確か、欲望とか強く願うこと……の意だったか?
とりあえず続きを読むか。
━━感染した者が強い願いを持っていた時、または突発的に欲望を抱いた時。その瞬間に能力が発現する。
人を殺したい、人を助けたい等の悪行か善行かは問わず、心の底から欲を抱いた者は例外無く発現しており、その欲を具現化したような能力が身に付くとの事。
だが感染したからと言って、誰もが能力を得た訳ではない。
全ての人間に必ず欲はあるが、その殆どが理性や本能で押さえ付けられ、決して表には出て来ないからだ。
故に
……との、事だ。
「絶対数が少ない……何となくそれは分かっていましたが、なるほど」
「多かったら国中、大混乱ですもんね。些細な欲では発現しないので、幸いというか何と言うか」
一色はため息をついた。
焔や一色は、前日のような欲をさらけ出した
「その、一つ聞いても?」
「はい、どうぞ」
「……俺は多分、生きたいって欲から能力に目覚めました。で、前の巨人は発言からして会社や上司に対しての怒りとか強い殺意で目覚めたんだろうなってのは分かります。でも、一色さんや焔さんは? 能力と願いや欲望が比例するなら……ちょっと想像付かなくて」
俺は恐らく、自分の力で危機を回避したいと言う考えから手の能力になったのだろう。と解釈している。そしてあの巨人は、圧倒的な力で怒りを発散させたいとかそんな感じだと思っている。
一方、一色さんの
で、焔さんは……発火させる能力。
とてもじゃないが、何故そんな能力になったのか想像が付かない。
「あぁ、アタシは単純な事ですよ」
一色は少し寂しげに笑い、俺の質問に答えた。
「色が、見えなかったんです」
「色が……?」
思わぬ答えに、思考が固まった。
「盲目って訳じゃ無いですよ? ただ、色が全て白黒に見えるんです。だからアタシは色を見たかった。一人じゃ夜道も歩けませんでしたし」
「その結果、アタシは
どうしてそうなったのかは多分、白黒にしか世界を見れなかった時に、人の顔色と言うものが全く分からず苦労したからですかね。色が見えないと、人が何を考えているのか分かりにくいんですよ」
そう笑いながら話す一色に、思わず頭を下げた。
「その、すみませんでした……」
「え!? あぁいや、気にしないで下さい。今は問題なく見えていますから」
……欲望って言葉からあまり良いイメージが湧かなかったが、一色を見て考えを改めた。
欲しいものを求める心は、決して悪いものだけでは無いと言う事を。
「えぇと、それで焔さんはですね……何故だか教えてくれないんですよ。炎を操る能力ですから、想像しようにも分からなくて。放火魔……なんて一瞬考えた程です」
「さ、流石にそれは……」
一色は気まずそうに話を続けていたので、こちらも普段通りに話す。
結局、焔さんの能力に関しては分からず仕舞いか。何か隠しているのか、はたまた話せないのか。
謎は深まるばかりだな。
*
「な、長かった……」
「あはは……お疲れ様です。麦茶、お代わりを汲んできますね」
「ありがとうございます」
長かった書類を読み終わり、ソファーに体を預けた。
……殆どが
雑にまとめてしまうと、捕まえるか仲間にするか。または監視して手の届く範囲に置いておくのが仕事だ。
捕まえた後は特別な監獄に収容され、
いかにも人体実験をしてそうで恐ろしいが、一色曰く
「見たことありますけど、普通の身体検査と大差無いですよ。人体実験なんてしちゃったら、表に漏れたとき大変ですもん」
そう答えていた。それもそうか、非人道的な実験が行われていてそれが世間にバレた時……どれだけの騒ぎになるのかなんて想像に容易い。
「はい、どうぞ。次は━━」
「その前に、一ついいかな? レイラ君」
一色との会話に突然、黙っていた焔が混ざってきた。一色と二人して焔の顔を見やる。
「焔さん?」
「すまないね楓。少しだけ私とレイラ君で話がしたい。仕事の話はその後で頼むよ」
「はぁ、分かりました」
一色は麦茶を起き、口を紡ぐ。
そして、焔は俺の目を見た。炎の様な深い紅色の瞳が、いつも以上に俺を緊張させる。
「レイラ君は何故、此処に来た?」
「何故、って……焔さん達が誘ったんじゃないですか」
あまりに当たり前な質問をされて、思わず苦笑いを浮かべる。
焔は確かに、と呟きながら頷いたが
「それはあくまで私達の都合だ。君からすれば来ないことも選択出来た筈。なのに何故来たのかを聞きたい」
「それは……」
「
「……はい」
質問をした後に焔は立ち上がり、俺の目の前まで歩いてくる。
「君は危険だと分かっているのに此処に来た。それは、
「……つまり、
「うん。聞かせてほしい。君が、その結論に至った経緯(わけ)を」
質問の意図を理解し、考え込む。
焔さんは試している。俺がこの先、どうしたいのかを。
答えは簡単だった。
「両親を亡くした俺を、支えてくれた人がいるんです。学校の友達や、近所のおばさんやおじさん。……そして、大切な幼馴染み。そんな人達が悪い
息を吸い、焔の目を見詰め返す。
「俺はもう、大切な人を失いたくない。死んでしまった両親に恥じる人間になりたくない。今はまだ、力が及ばなくても……両親を殺した犯人を野放しにしたくないんです」
「━━!」
俺が今出せる精一杯の答えに、焔は優しく笑う。
そして、右手を優しく俺の頭に置いた。
「ちょ……!?」
「フフ、伝わったよ。轢かれそうな子供を助けた時から分かってはいたが、君は優しいね」
くすぐったいくらいの弱い力で頭を撫でた後、手を放す。
「レイラ君……いや、レイラ。あの連続殺人事件の犯人を追うのは私達に課された最大の目標だ。その為に、善なる心を持った
此所が、俺にとって人生の分岐点だ。だか不思議と、迷わなかった。
夏希を、守りたいから。
「━━━━はい!」
「……ようこそ、レイラ。君を歓迎するよ」
焔と一色は微笑み、俺も思わず笑った。
「……もう、良い? 話しても」
突然入り口の方から少女の声が聞こえて、三人が同時にそちらを見た。
そこに立っていたのは……前下がりのボブカットで白い髪色をした、小柄な少女だった。
と言うか、この子は……!
「アキラ。すまない、気が付かなかったよ」
「リョーコ。僕、少しタイミングが悪かったね」
少女は焔と話をした後、俺の側まで寄ってきた。
「君は……さっきの……!」
「ん。また会ったね。新人が来るのは楓から聞いてたけど、同じ学校だったなんてね」
少女は微笑んだ後、右手を自分の胸に当てながら言った。
「よろしく、レイラ。僕は
欲望の感染者 影山 コウ @kagekou
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