第3話 普通でありたかった

「ふー……はぁ……」


 動かなくなった巨人を一瞥し、手の震えを静めようと深呼吸をする。

 実際に能力を使ってみると……嬉しい様な、怖い様な。妙な高揚感に包まれて上手く頭が回らない。


「━━見せてもらったよ、レイラ君!」


 声が聞こえて振り向くと、パチパチと手を叩きながら焔が歩いてきた。優しい笑みを浮かべていて、何だか照れ臭い。


「白い大きな手を操る能力……ってとこかな? それも物凄いパワーだ。巨人の一撃を受け止めた挙げ句、一発殴っただけであの巨体を吹き飛ばすとは。やるじゃないか!」

「ありがとう……ございます……」


 ニコニコと笑みを浮かべた後、焔は唐突に右手を顔の前まで上げる。


「でも、少し詰めが甘かった様だ」


 と告げた後に指を鳴らした。その瞬間、背後から強い熱を感じた。


「ぐおおおおおおッッ!!!?」

「え……うわっ、火柱!?」


 再び振り向くと、そこにはいつの間にか立ち上がっていた巨人が、炎に包まれて苦しそうに叫んでいた。

 渦のように逆巻いており、物凄い熱気だ。


「良い攻撃だったと思うけど、どうやら気絶させるまではいかなかったみたいだね。中々タフだ」


 しばらくして焔が手を握ると、炎が一瞬にして消え去り……巨人が大きな音をたてて倒れた。するとみるみる体が縮んでいき、中年の男性の姿になっていく。

 今のは焔がやったのか。手を鳴らすだけで炎を起こすなんて、まさに超能力だな……。


「彼の台詞から察するに、仕事によるストレスで感染者ディザイアに目覚めたみたいだね。突発性なものの様だ。電車通勤だといつの間にか感染していてもおかしくはない」

「目覚める……?」


 気になる言葉がいくつかあったが……それも、後日会った時に教えてくれるだろう。とりあえず今は……疲れた。マラソンでもした後の様な、体の芯から疲れている。


「焔さん、レイラさん。終わったみたいですね。……? 何でレイラさんが疲れているんですか?」


 そこへ一色が歩いてきて、後ろには警官もついてきていた。自分では気付かなかったが、俺は相当疲れた顔をしていたんだな。実際に疲れているから当たり前か。


「お疲れ様、楓。レイラ君が疲れているのは、まだ目覚めたばかりで能力を使ったからだよ?」

「……はぁ。あのですね……目覚めたばかりの感染者ディザイアにいきなり戦わせるのは危険だって前に話したじゃないですか。て言うか、焔さんも経験している筈ですよね?」

「……ハハハ」

「ハハハじゃありませんって! もう! ……重ねてすみません、レイラさん……」

「い、いえ……」


 深々と頭を下げる一色に苦笑いをし、ふと一色の後ろの警官を見ると、何かを言いたげにこちらを見ていた。


「っと! すまない、警察のお二方。一般人の避難誘導、お疲れ様。怪我人が出ていた様だが、無事かな?」

「ええ。命に関わる様な怪我人はいませんでした。それよりも驚きました。私達はここの地域に来て日が浅いものですから、感染者ディザイアを見るのは初めてで。話には聞いてましたが、本当に超能力者なんですな……」


 初老くらいの警官が焔に頭を下げた後、そう話した。後ろの若い警官は興味深そうに焔の顔をチラチラと見ている。

 ……俺が知らなかっただけで、警察も感染者ディザイアの存在は知っていたのか。というか、焔をまるで上司の様に扱っているけど……本当に何者だ?焔は。


「ああ。……怖いだろう? 同じ人間の見た目をしているのに、こんな力を使えることが」

「正直に言えば、少し怖いとも思いました。ですが、貴女方がいなければもっと被害が大きくなっていました。そこについては、感謝します」

「そうか、ありがとう」


 焔と警官の話を聞いて、改めて認識した。感染者ディザイアを一般人から見てどう思うのかを。怖いだろう? と尋ねた焔の顔は真剣で……空気が重くなった様にも思える。


「……そうですか? 俺は、ヒーローみたいでカッコいいなと思いました。超能力を使って悪を倒す、まさに漫画やアニメのヒーローみたいじゃないですか!」


 だが後ろにいた若い警官は違い、目を輝かせて焔を見ていた。


「こ、こら! 失礼だろ!」

「あっ、すいません! つい……」

「フフ、いや……ありがとう。そう思ってくれるのは嬉しいよ」


 初老の警官は若い警官に怒るが、焔は穏やかに笑っていた。

 しかし、またしても真剣な表情に変わった。


「でもね、感染者ディザイアは恐れられて当然の存在なんだ。感染者ディザイアの誰もが皆、私達の様では無いからね。能力に目覚めた殆どの人間は欲望のまま、糸目を付けず暴れまわる。……三年前の住宅街で起きた連続殺人事件は知っているかい?」

「い、いえ? 先程言った通り、ここに来て短いですから」

「……三年前、ここから近くの住宅街で三十七人の人間がで殺された。その犯人は未だに捕まっておらず、凶器も見つかっていない。……それだけなら、用意周到な殺人鬼で済む話だ。が」


 焔は苦い表情を浮かべ、口を開いた。


「被害者の体には、バスケットボール程の大きさの巨大な穴を空けられていた。どんな凶器を使えばそんな真似が出来る?しかもたった一日……いや、犯行時間で言えばものの数時間でだ。とてもじゃないが人間業じゃない。感染者ディザイアの仕業だと私達は睨んでいる」

「…………!」


 警官二人は口を開いたまま絶句しており、焔は目を伏せていた。

 ━━いや、それよりも今の話。三年前の連続殺人事件だって……?


「……レイラさん?」

「っ! な、何ですか? 一色さん」

「えと、顔色が悪かったので……」

「あ、ああ……何でもないです。それよりも今日は、もう帰りますね。焔さん達の仕事を手伝うかどうかはまだ決めていませんが、話だけは聞きに後日向かいます。では」


 心配そうな一色を尻目に、その場から小走りで家へと向かう。

 ……体の震えが止まらない。どうしようもなく、暗い感情が溢れてくる。思い出したくない。思い出してしまうと、何も手に付かなくなってしまうから。


   *


「……で、では。またお願いしますね。お疲れ様でした」

「ああ。また」


 少し怯えた様子の警官を見送り、既に見えなくなったレイラの走って行った方向を見る。

 さっきの反応、何か引っ掛かる。感染者ディザイアの残虐性に恐怖したのかと一瞬思ったが……それにしては何かおかしい。恐怖というよりは、悲しみ。何かを思い出したかの様に、とても辛そうな表情だったからだ。


「レイラさん、本当に来てくれるんですかね? さっきの話を聞いてから、何やら様子がおかしかったですけど」

「五分五分と言った所かな。どのみち、彼から目を離すわけにはいかないが。……それよりも、だ。楓。三年前の連続殺人事件の被害者リストをすぐに出せるか?」


 楓は頷き、スマートフォンを取り出して手際よく操作していく。これは私の勘だが、もしかしたら……。


「はい、出ました。どうぞ」

「ありがとう。……!」


 手渡されたスマートフォンを見ていくと……ある夫婦の名前が出てきた。

 名字は、。珍しい名字だ、偶然では無い筈。


「やはり、か。楓、どうやらレイラ君の両親はあの事件の被害者だ」

「え!? だから様子が……!」

「……思い出させてしまった様だね。悪いことをした」


 少し心が痛むが、同時にレイラに対して興味が湧いてきた。レイラは反応からして感染者ディザイアの事を知ったのは今日が初めて。つまりあの事件はただの殺人鬼が起こした事件だと思っていただろう。

 でも、あの事件が感染者ディザイアの仕業だと知ってしまった。その時彼は何を思うのだろう。同じ感染者ディザイアである私達や自分自身の事をどう考えるのだろう。


「……帰ろうか、楓。レイラ君には後日謝るとしよう」

「ですね……」


 ……今、考えるのはよそう。直接聞いてみれば済むことだ。


   *


「ただいま」


 誰もいない自宅の玄関でそう呟き、靴を脱いでリビングへと入る。

 買ってきた食材や調味料を冷蔵庫にしまい、中央にある机へと腰掛けた。


「連続殺人事件……俺の両親の命を奪った人間が、感染者ディザイアだって……? はは……」


 ぐるぐると当時の光景が目まぐるしく頭の中で回っていく。友人と遊びに行っていた俺だけが助かった、あの事件。夥しい血を流しながら死んでいた両親の表情。何度も忘れようとした忌々しい記憶。


「そんな奴と俺が同じ……? 化物……じゃないか……」


 その犯人が俺と同じ感染者ディザイアだと知って、最悪の気分だ。俺はこの力を使って犯罪を犯そうとは思ってない。けど、犯人とおおよそ同じことが行える人間になってしまったと言うことが……たまらなく気持ち悪い。

 何故、俺なんだ。俺は普通に生きていきたかった。亡くなった両親に恥ずかしくない様、立派に生きていこうと心に誓ったのに。


 でも、今日……俺は普通じゃなくなった。あの巨人を殴った時は高揚感に包まれた。漫画やアニメの主人公にでもなれた気分だった。自分にしか出来ないことを見付けたかの様な気持ちになれた。

 それは、大きな間違いだったのに。


「……あの時、一緒に死ねたら━━」

「━━おーす! レイラー!!」


 頭を抱え込んだ瞬間、玄関の方から元気な女の声が聞こえてきた。……このタイミングで来たのか、アイツ。


「いやーさっきチラッと家に帰るのが見えたからさ、寄っちゃった! ……ってなんだなんだ? 電気も付けないでさ。外はもう暗いぜーレイラ?」

「……夏希なつき、今日も来たんだな。暇か?」

「暇じゃねぇって! 偶然だよぐーぜん」


 同じ高校の制服を着た、黄色の髪色をしたショートカットの少女が俺の背中をバシバシ叩いてくる。

 御手洗みたらい 夏希なつき。昔からの幼馴染みで近所に住んでいる。

……そして、あの日一緒に遊んでいたのが夏希だったな。幸い夏希の両親はまだ仕事に出掛けていたので家族の誰も被害にはあってなかったとか。


「またボランティアにでも行ってたの? 随分疲れてるけど」

「……まぁ、そんな所だよ。それよりもせっかく来たんならご飯作ってくれよ、まだ食べてないんだ」

「あぁ、そのつもりで来たんだぜ。何となくだったけど、疲れてそうに見えたからさ」

「……ありがとう、夏希。助かる」

「いいっていいって! 困ったときはなんとやらよ!」


 と、元気に笑う夏希。冗談のつもりだったのに快く受け入れてくれたな。

 ……今はこの明るさがとても嬉しい。今度、お礼をしに行かないとだ。


   *


「━━ごちそうさま、助かったよ。それにしても……相変わらず料理が上手いな、夏希は」

「へへ、でしょ? 子供の頃からずっと練習してたからね!」


 食事を済ませ、夏希にお礼を言う。夏希は嬉しそうにニコニコと人懐こく笑った。俺が両親を亡くしてから、夏希は何度も俺の家に遊びに来る様になった。その度に料理やら洗濯等の家事を手伝ってくれた。

 夏希のおかげで、両親がいない寂しさや悲しさを紛らわせてくれる。更に慣れない家事をサポートしてくれている。本当に感謝してもしきれないな。


「なー、そういや聞いた? ここの近所で巨人が暴れてたって話! 友達が遠目だけど見たんだってさ」

「っ!」


 唐突に切り出されたその話に、思わず飲んでいたお茶を吹き出した。


「ちょ、大丈夫!?」

「ごほっ! い、いや……大丈夫。急に巨人とか言うからさ」

「本当なんだって! 他に何人も見てるらしいよ。……でもさ、不思議よね。ニュースになってないんだよ。ふつう巨人が現れたらニュースにならない?」


 と、夏希は頬杖をつく。……ニュースになってない? あれだけの騒ぎだったのに。


「確かに不思議だな」

「でしょ? 今回の話だけじゃなくてさ、動画サイトに載ってる超能力者とかも全く話題にならないし。しかも投稿されるとすぐに消されるんだってさ。なーんか怪しいよね」

「……陰謀論だろそれは。偽物だから話題にならないだけで」

「ほんとーかな? なーんか腑に落ちないなぁ」


 夏希はふて腐れる様にため息を付いていた。……間違いない、焔さん達かその関係者が情報を規制しているんだ。噂程度で済む様に。

 ……ふと、夏希に一つ聞いてみる。


「……もし俺が超能力者だったとしたらどうする?」

「えっ、そうなの!?」

「違う違う! もしも、だよ」


 驚く夏希に苦笑いしながらも、答えを待つ。


「うーん……別に何も思わないよ?」

「えっ……? どうしてだ? その能力を使って、その巨人みたく暴れるかもしれないんだぞ? 怖くないのか?」


 思わず体を乗り出して夏希に近付く。だが、夏希はいつもの様に笑った。


「あはは、ナイナイ! レイラはそんな奴じゃないって分かってるもん! もし凄い力が使えたって、今みたいに私とこうやってご飯を食べてるよ。レイラは優しいからさ」

「……そうか、なんかありがとうな」

「どういたしまして?」


 変なレイラー。と言いながら夏希は食器を片付け始めた。

 ……俺は、バカだな。能力を手にしたからって誰かを傷付けようとなんて考えちゃいないのに、あの事件の犯人と自分が同じだなんて思ってしまった。


 俺は、俺だ。何があろうと。奴と同じには絶対にならない。


 そう思うと同時に、一つの決心が付いた。こうやって何気なく夏希と過ごせるこの日々を、大切にするために。

 俺は━━━━













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