第2話 予期せぬ目覚め

「自己紹介がまだだったね」


 俺が話を理解できず固まっていると、謎の女性は微笑を浮かべて自分の胸に手を当てた。


「私は焔 燎子ほむら りょうこ。二十五歳だ。この近くでとある仕事のリーダーを務めている。一応、確認をするが……君はレイラ君で合っているね?」

「……えっと……はい」


 ━━何故、俺の名前を知っている? そう聞きたかったのに、妙な迫力に圧されて聞くことが出来ない。恐らく今まで出会った女性の中で一番美人だ。モデルの様な背の高さや黒で染まった服装が一層それを引き立てる。好きな芸能人に出会って、上手く言葉が出て来ないソレに近い。


「ああ、レイラ君の名前を何故私が知っているかを聞きたいかな? それは単純さ。調。私の部下に優秀な子がいてね。見た目さえ分かればものの数分で名前くらいは調べられる。……かえで。君もおいで」


 焔と名乗った女性は背後を振り向き、手招きをする。すると物陰から、眼鏡を掛けた茶髪でポニーテールの女性が恐る恐るこちらへ歩いてきた。

 焔とは違い、白のワンピースに黒のタイトスカートを着た、OLの様な格好だ。


「この子は一色 楓いっしき かえで。十九歳。私の助手に当たる。いつもはデスクワークに務めているが……今日はたまたま私と一緒にパトロールに向かっていたんだ。かわいいだろう?」

「……そ、そうですね」


 迷惑そうな顔で焔を睨み付ける一色という女性。それとは対照的にニコニコと笑顔で彼女を紹介する焔。

 ……関係が全く掴めない。思わず頷いてしまったが、結局この人達の情報がまるで入ってこない。


「……あのですね、焔サン」

「うん?」

「何でいつも急に近付くんですかっ! アタシの能力でこの人が感染者ディザイアだって分かってるのに! もし悪人だったらどうするんですか!」


 一色は焔に怒鳴り、焔は愉快そうに笑う。いや笑い事じゃなく、多分本気で怒ってると思うんだけどな……。

 それよりも、またディザイアという言葉が出て来たな。そして、能力とやらも。


「ハハ、悪いね。またやってしまったよ。それにしても、君は怒った顔もかわいいなぁ」

「も、もう! 冗談じゃないですよ! ……その、初めましてレイラさん。急に色々話をされて、混乱してますよね……?」

「……はい。全く話が分かりません」


 ですよねー。と、一色は溜め息をつく。そうこうしている間に、トラックが横転した騒ぎに野次馬がぞろぞろと集まり始めてきた。


「おっと、面倒だな。……レイラ君。とりあえず落ち着ける所へ移動しようか。時間はあるかな?」

「あります、けど」

「なら行こう。近くに良い喫茶店があるんだ」

「ちょっ……!」


 ありますと答えた瞬間にまたしても焔に手を握られ、小走りで何処かへ連れていかれた。


   *


「さて、何から話そうか」


 焔に連れてこられたのは、俺が子供の頃から営業している喫茶店だった。外装は見たことがあるが、中に入ったのは初めてだ。

 二人は俺の向かいに座り、話を始めた。


「まず、感染者ディザイアについてだね。分かりやすく言うならば、超能力者の事を示すんだ」

「超能力……ですか?」

 そう、と焔は頷く。それに続いて一色が口を開いた。


「噂で聞いたことくらいはありませんか? ここ数年の間で、不可解な現象を起こす人間の話とか」

「あ、そういえば……」


 噂好きのクラスメイトが話をしているのを聞いたことがある。なんでも指を鳴らすだけで突風を起こす男とか、車より速い速度で走る女とか。大手動画サイトにいくつか動画が投稿されてるって話だ。


「その噂の正体が、感染者ディザイア。五年前から現れ始めた、超能力者達の名称です」

「それってつまり、俺も超能力者だと?」

「はい。間違いなく」


 嘘を言っている様には見えない一色の話を聞き、思わず俯く。超能力、超能力だって? そんなバカな。身に覚えが全く無い。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 俺がですって? そんな訳……」

「あるのさ、これが。まだ自覚は無いかもだが、現に君はあのトラックを何らかの力で止めた。あの大きな手形を見ただろう?」

「それは……」


 確かに、あの手形は明らかに自然に出来た物では無かった。本当に、俺がやったのか?


「根拠はまだある。それは、楓の能力だ」


 焔がそう告げると、一色は突然眼鏡を外した。そして、両目が薄く赤色に光る。


「……!」

「アタシの能力、『君の色オリジナルカラー』。人の感情を色で識別するって能力ですが、感染者ディザイアが相手だと感情に関係なく紫色が見えます。勿論、レイラさんも」

「……じゃあ俺は本当に、感染者ディザイアなんですか……?」

「ええ。何度も言いますが、間違いなく」


 一色は頷く。超能力など到底信じられなかった。でも実際に能力を見せられては否定しようがない。

 実感は湧かないが……トラックに轢かれそうになったのにほぼ無傷で済み、トラックには不自然な大きな手形が残っていた。思えば、トラックが俺に当たる寸前に大きな音と衝撃も起こっていた。あの瞬間、俺が何らかの力を発動させていたって事か。


「とりあえず、次の話に移らせて貰いますね。感染者ディザイアとして目覚めたばかりで実感が湧かないのは分かりますけど」

「……はい。大丈夫です」

「では。単刀直入に言います。アタシ達の仕事を手伝ってほしいのです」


 本当に単刀直入だな、と思いながら一色の話を聞いていく。


「アタシ達の仕事というのは、感染者ディザイアを見付けること。そして、その感染者ディザイアが犯罪を犯した場合は捕らえること。主にその二つとなります」

「……警察みたいですね」

「確かに、ニュアンスは近いですね。で、その為には感染者ディザイアであるかを調べることと、能力を使って暴れだした感染者ディザイアを止めれるだけの強さが必要となります。しかし、感染者ディザイアの操る能力には種類にです。目にするまでは全く分からず、武器があれば良いという話で済まない事も多々あります。ではどうするのかと言うと━━」

「……同じく能力を持つ、つまり感染者ディザイアに戦ってもらう……とか?」


 俺の言葉に、一色は微笑む。


「正解です。そもそも感染者ディザイアは通常の人間よりも肉体が強く、例え感染者ディザイアが戦闘技術を全く知らない素人でも、鍛えただけのただの人間では勝てません」

「そうか、だから最近……」


 身体能力が著しく上がったのも、感染者ディザイアの特徴だったのか。何かの病気かと心配してたけど、これで少し安心した。……いや、安心か? もっと厄介な気が……。


「レイラさん? 聞いてます?」

「あ、はい。すみません」

「ちょっと話が長すぎましたかね。もっと詳しく話をしたい所ですけど、長くなりそうなので……とりあえずこれを受け取ってください」


 と、一色は名刺の様なカードをテーブルに置く。それを手で引き寄せてから取ると、何処かの住所と連絡先が書かれていた。


「これは?」

「アタシ達の仕事場……まぁ事務所の住所と連絡先です。後日、ここに来て頂ければもっと詳しく話をできます。……ので、今日はこの辺りでアタシ達は帰らせて貰いますね。あ、えっと……その気があればですけど」

「………」


 話を終えたのか、一色と焔が立ち上がる。


 ……随分と緊張したようで、自分の手が汗で濡れていた。無理もないか。美人と話すのも緊張するってのに、自分が超能力者だーなんて言われたらいくら何でも混乱する。


「では、レイラ君。また会お━━」


 焔が俺に話し掛けた瞬間。近くで何かが崩れたような大きな音が響き渡った。


「っなんだ!?」

「あれは……! 焔さん!」

「うん。どうやら目覚めたばかりの感染者ディザイアが暴れている様だ。レイラ君! 君も来たまえ。丁度良い機会だ」


 再び焔に手を握られ、不可解な音に反応した客がざわざわと騒ぐ喫茶店内を歩いていく。


「い、いきなりですか……!?」

「心の準備がしたいかい? 歩きながらする事をオススメするよ。君は、私達の世界というものを見ておいた方が良い。運命というものは、狙ったタイミングではやってこないものだからね」


 焔は歩きながら店員に避難をするように伝えてから外に出た。外に出た瞬間に焔の手が離れ、前を見る。すると


「な……!」


 五、六メートルはあろう巨大な男が、辺りの地面やコンクリートの建物を破壊しながら暴れていた。大きな広場だと言うのに、巨人がいるせいで狭く感じるほどだ。周りには血を流して倒れている人が何人かいて、既に警察も出動していたが


「ぐあっ!」

「クソッ! 何なんだこの化物は!」


 警棒を持って大男に立ち向かうものの、蝿でも払うかの様に薙ぎ飛ばされていく。焔はため息をつき、一色に話し掛けた。


「楓。警察に一般人の避難を優先させろと伝えてくれるか? あの男は私達が相手をする、ともね」

「はい!」


 一色は警察の元へと走っていき、話を始めた。


「私達って……あの化物と俺も戦うんですか……!?」

「そのつもりだよ。勿論私も戦うが、とりあえず今は君に戦ってもらおうかな。大丈夫、君は一度能力を使っている。後は強く意識するだけで良い」

「……あぁくそっ! 信じますからね!」


 こうなりゃ自棄だ。怖くて仕方がないけれど、頷かないと焔は納得してはくれないだろう。それに俺が本当に感染者ディザイアなら、あの巨人とだって戦える筈だ。


「見た感じ、ただでかくて力が強いだけだ。動きもそれほど速くない。直撃だけは避けて、相手が攻撃をした瞬間の隙を狙うのをオススメするよ。……どうやら警察が一般人を遠ざけてくれたみたいだし、存分に力を奮うと良い。期待しているよ、レイラ君!」

「危なくなったら助けてくださいよ、ホントに!!」


 微笑を浮かべる焔を尻目に、とりあえず全力で巨人の元へと走る。巨人は足音に反応したのか、こちらの方向に振り向いた。それと同時に俺は足を止める。


「なぁんだぁテメェはぁ!! この圧倒的な力で今からクソ上司をぶっ殺しに行くんだ! 邪魔すんじゃねぇよ!」

「喋っ…!? ああいや、そう言えば同じ人間だもんな……」


 野太い声で喋りだした巨人に驚くも、深呼吸をしてから話し掛ける。話し合いで済むとは思えないけど、とりあえずだ。


「おいアンタ! アンタが暴れたせいで周りに被害が出てんだ。大人しくしてくれないか?」

「ガキが偉そうに説教してんじゃねぇよ! 何だか分からねーがこんな力が使えるんならよぉ……クソ上司だけじゃなく全部ぶっ壊してやる。今なら警察も何もかも相手じゃねぇからな! お前も……ぶっ飛べ!! オラァ!」


 怒号を辺りに響かせた後、巨人は右拳で殴り掛かってきた。やっぱり話は通じないか、とりあえず避け……て……?


「っレイラ君!」


 一瞬、遠くで焔の声が聞こえたが……動けない。遅いと思っていた巨人の攻撃は、ほんの一瞬で目の前まで迫っていたからだ。思考だけは出来るのに、あまりの速さに体を動かせない。無理だ、こんなの。直撃したら死ぬ。コンクリートの建物すら破壊する拳なんて、人間で耐えられる訳がない。

 甘かった。感染者ディザイアだと言われて、万能感に浸っていたんだ。

 こんな化物に、自分の力すら分かっていないガキが勝てるわけが無かったんだ。


 死ぬ……死にたくない……! 何も成し遂げてないのに、死ぬのは……嫌だッ!


「……な……!?」


 目を瞑った瞬間、重く鈍い音と共に巨人が驚きの声をあげた。体に痛みは無い。恐る恐る目を開くと


「……まさか、これが……!」


 白い煙のような見た目をした大きな手が、巨人の拳を受け止めていた。巨人の手よりも一回り大きい。

 巨人は焦ったのか、すぐに手を引く。


「なんだよそれはっ!? くそっ、お前も俺と同じなのか!?」


 そう叫ぶ巨人を無視し、自分の手の平を見詰める。これが、俺の能力。高速で走るトラックも巨人の拳も止めることが出来た、俺の……力……!

 手をぎゅっと握り締め、腕を後ろへ引く。人を殴ったことなんてろくにしたこともない。けど、やってやる……! この能力で、ただ……思いきり……! ぶん殴る!!


「━━━あああぁぁぁッッ!!!」


 腕を全力で振りかぶり、巨人の顔を目掛けて空を殴り掛かる。それと同時に、巨人の顔の目の前に白い拳が出現した。白い拳は勢い良く顔面に当たり、衝撃で巨人が後方へと吹っ飛んでいく。


「ぐぉぉぉぉっ!!?」


 大きな音をたてながら、巨人が倒れた。


 ━━この瞬間、確かに俺は


「は、はは……!」


 ただ、笑った。俺にしか出来ないことを、見付けたと思えたからだ。






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