第14話 新友とカフェにて

 これからカフェでお茶をしようという飯島の提案で、俺達は駅前のカフェに来ていた。

 隠れ家的にひっそりと街に潜むこの場所は、中に入るまでただの民家と遜色そんしょくない。よく見つけられたと感心してしまったほどだ。


 しかし中に入ればそこはいくつか木のイスとテーブルが並ぶ正真正銘のカフェだった。

 全体的に黒や焦げ茶で統一された内装に、マスターの趣味なのか油絵などが壁に飾ってある。


 店内に流れる穏やかなクラシックは、カウンターのそばに置かれた蓄音機から流れてきているらしい。

 このご時世に蓄音機とレコードが実際に動いているのはすごいなぁ。俺初めて見たもん。


「へぇ、意外と雰囲気いいカフェね。私こういう落ち着けるところは好きよ?」

「沙夜がこういうところは好きだってさ。でも俺も結構好きかもしれないなぁ。うるさいところよりは静かなところのほうがいいし。学校で例えると体育館より図書館のほうが好きみたいな?」

「気に入ってもらえたようで良かったです。実を言うと私もここに来るのは初めてなんですが……」


 飯島はそう言う割には迷いない足取りで歩を進めている。


 カウンター席から少し離れた丸テーブルに三人腰掛ける。沙夜は自分でイスを引けないから俺が引いて座らせてやったのだが、これじゃあ本当に俺が召使いみたいじゃないか? なんか友達とは最も離れた関係なんじゃ……?


 しかし、何も口にできないはずの沙夜が、飯島が広げるメニューを覗き込むようにして体を伸ばしている様子は、なんだか一般的な放課後の女子高校生のそれに見える。




 ――これから駅前のカフェにお茶をしに行きましょう。




 初め飯島がそんな事を言いだした時、俺は一体何のことやらさっぱり分からなかったが、要はこうして一緒にカフェに行ったりしてより仲良くなりましょうってことらしい。

 確かに友達としての練度が足りないなんて言われても何をしたらいいのか分からないし、こうして同じ時間を共有するのが一番だよな。



 ナイスミドルなマスターに注文をし、コーヒーが届いてから俺たちは先程の話の続きをすることになった。


「さて、さっきは藤木さんと諏訪部君の友達の練度が足りないとお話しましたが、藤木さんの望む友達がどんなものかをまだ聞いていませんでした」

「え、私の望む友達? うーん、一緒に心の底から笑いあえるとか、心を通わせられるとかそんなところかしら」

「心を通わせて爆笑できる関係だってさ」

「曲解して伝えるんじゃないわよ!」

「心を通わせられる、偽りなく笑いあえる。そんなところでしょうか?」

「そのとおり、さすが飯島だな」

「……飯島さんってすごいのね。情が捻じ曲げた答えを正しく受け取れるなんて」


 心を通わせる、か。確かにそれはできていないのかもしれない。

 俺だってそんな関係にまでなれたのは光平くらいのものだし、沙夜と出会ったのはつい最近のことだ。今すぐ親友になれなんて言われても難しい。


「では諏訪部君と藤木さんはその関係性を目指すということになりますね」

「うんうんそうだな。それで、そのためには何が必要なんだ?」

「分かりません」

「なるほど、分からないかー。……って分からない!?」

「はい、分かりません」


 飯島の言葉に条件反射で納得していた俺は、言葉の意味を咀嚼して改めて、見開かれた眼で飯島を見る。

 飯島はまるで変化のない表情で頷き、淡々と言葉を並べた。


「私には生憎とそこまでの関係性を持った友達はいませんので、親友になるためのアドバイスなどはできません」

「わーお、すごく寂しいことを淡々と言われた……」

「そうね……。聞いててなんだかこっちが申し訳なくなってくるわ」

「力になれず申し訳ありません……」


 残念がっているのだろうか、飯島はほんの少しだけ眉をひそめた。

 まぁ何でもかんでも飯島を頼るのも違うし、このへんは俺たちで考えていくしかないだろう。



「……ねぇ情、ちょっと提案があるんだけど」

「ん? なんだ?」


 さてどうしたものかと思案していると、ためらいがちに沙夜が声をかけてきた。なにかいい案があるのだろうか。


「友達って何も一人じゃなきゃいけないってわけじゃないじゃない? だったら飯島さんも一緒に仲良くなっていけばいいって思うのよ」

「おお、いいんじゃないか? 沙夜と直接コミュニケーションとれないのが難点だけど、試練終了の確率が上がるのは確かだと思うし!」

「え、え? 何の話ですか?」


 確かに、何も俺一人が沙夜の親友にならなければいけないわけじゃない。むしろ飯島のほうが同性だし、心の距離を縮めるのには最適だとも言える。

 間に俺が入らないといけないのは手間だが、それでも友達が増えればその分試練を終える確率が上がるだろう。

 ということを飯島に説明すると、飯島は目を丸くして驚いている様子だった。


「わ、私が藤木さんのお友達に、ですか? そんな、いいんでしょうか……?」

「何を遠慮する必要があるのよ? 別に友達になるのに許可がいるわけでもないしね」

「大歓迎だってさ。沙夜も飯島と仲良くなりたいって」

「ちょっとっ! そこまで言ってないわよ! あんたはもっと正確に私の言葉を伝えなさい!」


 正確に伝えてるじゃないか。沙夜はこういう時素直じゃないからあれこれ言い訳を並べて本心を隠そうとするけど、飯島と仲良くなりたいって顔に書いてあるし。


「そう、ですか。私と仲良くなりたいと、そう言ってくれてるんですね……」


 それに建前でり固められた言葉より、直球で飾らない言葉のほうがいいことだってある。




「では、私も一緒に親睦を深めてもいいでしょうか?」




 あんなに表情の変わらなかった飯島が、こんな風に笑うのだから、俺が伝えた沙夜の言葉は正しかったんだよ。


「これで飯島さんも友達ね! なんか改めて言うのは恥ずかしいけど……」

「もちろん。改めてよろしくな、飯島。沙夜も友だちが増えて嬉しいってさ」

「はい、よろしくおねがいします」



 さて、これで飯島も沙夜の親友ゲット計画に組み込まれたわけだが、さしあたっての問題がまだ残っている。


「それはそれとして沙夜、これから親友になろうって奴とお互いに名字にさん付けってのはないんじゃないか?」

「そ、そう? 別にこれくらい普通でしょ?」

「なあ、飯島もそう思うよな?」


 ここまで来てもなかなか素直にならない沙夜を説得するために、飯島に同意を求める視線を送る。

 すると飯島は少しの間真剣な表情で考えこみ、やがてコクリと頷いた。


「そうですね。藤木さんが嫌でなければぜひ名前で呼ばせてもらいたいです」

「ですって、沙夜さん?」

「うぐぅ……。あーもうっ! 分かったわよ、名前で呼びあえばいいんでしょ!? その……、理恵って……」

「ぶふっ」

「ちょっと情! 何笑ってんのよ!?」

「いやごめんごめんっ、沙夜があまりにも不器用だからおかしくてっ」

「あ、あんたねぇ、後で覚えてなさいよっ!

「えっと、よろしくおねがいしますね、沙夜ちゃん」

「さ、沙夜、ちゃん……!?」


 顔を真赤にして猛抗議する沙夜は、なんだかんだ言いつつも楽しそうだ。飯島も少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめながら、それでも嬉しそうに見える。


 ……よかったな、沙夜。俺にしか見えない存在だとしても、ちゃんとお前のことを見てくれる人はいるんだ。



「お互い親交を深めあったところで疑問なんだが、沙夜は初め飯島に対してツンツンしてたよな? なのになんで友達になろうなんて提案したんだ?」

「へ!? そ、そんなの理恵が友達いないみたいで可愛そうだったからよ!」


 ホントかなぁ~? なんか目がさながら蜘蛛くもの子を追うように縦横無尽に動き回ってるんだけど。絶対嘘だろこれ。


「あくまで推測ですが、それは沙夜ちゃんが諏訪部君に対してほのかにでも友情以上の感情を――」

「わーわー! 何とんでもないこと言おうとしてるのよこの子は!? そんな訳無いでしょ!?」

「え、なになに? どゆこと? 沙夜が騒ぐせいでよく聞き取れなかったんだけど、友情以上のなんだって?」

「ですから端的に言ってしまえば、沙夜ちゃんは私と諏訪部君が関わることに嫉妬して――」

「あーあーあー! 理恵ったら私と友達になれてそんなに嬉しかったのね! でもちょっと口が軽いんじゃないかしら!?」

「もー、沙夜うるさい。ちょっと黙っててくれよ」

「あんたも何度も聞き直そうとするんじゃないわよ!?」


 あぁ、騒々しいったらない。お店の人に迷惑じゃないかなぁ。

 ……あっ、でも沙夜の声は聞こえてないからそこまでうるさくはないか。なら良かったかもしれない。


 そんな事を考えながら、俺は淡々と沙夜の心情を語る飯島と、それをなんとしても防ごうとする沙夜を眺めていた。

 ……そうだな、こうして声が届かなくても、二人は楽しそうで。だからこそきっと沙夜が元の体に戻ったとき二人は親友になれる気がするんだ。


「あ、そうだ」


 俺はふと思い立ち、バッグから携帯電話を取り出し、カメラを起動する。

 ピロリン、と軽やかなメロディが流れ、携帯電話の画面に楽しそうな二人の絵が映し出される。


「ちょっと、何ドサクサに紛れて撮ってんのよ!?」

「ほら飯島、沙夜は写真には映るんだ」


 そして俺は先程撮った写真を飯島に見せる。

 飯島は興味津々の様子で覗き込み、携帯電話の画面に写った少々画質の悪い沙夜と自分の写真を見て、不思議そうに首を傾げた。


「私だけしか写ってないように見えますが……」

「え? 俺にはちゃんと沙夜の姿も写ってるんだけどなぁ。ほらここ」

「いえ、誰も写ってませんよ」

「あれ、じゃあ写真でも俺にしか見えないのか……」


 そんな不思議なことがあるかね? まぁ不思議と言ったら沙夜の存在自体が不思議そのものだし、そういうこともあるかと納得するしかなさそうだ。


「それにしても、写真に撮れるという状況で同じ部屋で暮らしているというのはやはり問題だと思います」

「またその話に戻る!? もうその件については話がついただろ!?」

「そうよ。写真に撮れるってことは盗撮し放題ってことじゃない? 情は手は出せない意気地なしだけど、盗撮とか陰湿なことはしそうだものね……。ちょっと身の危険を感じたわ……」

「せめて別の部屋にするべきです。何かあってからでは遅いんですから」

「もう勘弁してくれっ!」


 それからしばらくの間二人して説教されることになった。

 まるでお互いの発言が聞こえているかのような絶妙なコンビネーションで繰り広げられる説教に、俺はただ頷きを返すことしかできないのだった。





 ――――





「あー! 楽しかった! 久々の学校はやっぱり楽しいわね」

「若い頃に戻ったような気分?」

「そうね、まさしく10年若返った……、って何言わすのよ! 私は現役の高校生だからっ!」

「いてっ」


 家に帰るために自転車をこぐ俺の後頭部を叩く沙夜は、飯島という友達ができたのが嬉しかったのか、それほど強い力では叩かなかった。

 明日も放課後買い物に行こうって約束をしていたし、それが楽しみなのかもしれないな。

 本来なら二人でいってほしいんだけど、俺がついていかないと沙夜と飯島の意思疎通ができないからついていかざるを得ない。正直女子の買い物に付き合うのは気がひけるんだけど、まぁ仕方ないよな。



「ねぇ、私は理恵と一緒にいられて楽しかったけど、情はどうだった?」


 ちょうど上り坂に差し掛かり、沙夜は俺の肩をぐっとつかみながらそう問うた。


「俺? 楽しかったよ。飯島とは全然話したこともなかったから、いろんな側面を知れてよかったと思う」


 坂を登ることを拒む自転車のベダルを踏み込み、一歩一歩着実に頂上目指して進んでいく。


「それで、情から見て理恵はどんな子だった?」

「どんな子って……、料理はうまいし頭はいいし優しいし、表情が変わらないのが玉に瑕だけど、いい人だと思うよ」

「そう」


 沙夜はさらに俺の肩を強くつかみ、揺れる自転車から振り落とされまいとしている。

 そうこうしているうちに坂を登りきり、俺は上がった息を整えながらゆっくりとペダルをこぐ。

 そうして坂が終わっても、沙夜は俺の肩を強く掴んだままだった。


「おい沙夜、もう上り坂は終わったぞ」

「え?」

「だから手、緩めてくれないか? さすがにちょっと痛い……」

「あ、ああ! ごめんごめん」


 途端に沙夜は俺の肩から手を離す。

 え、ちょっと手なんて離したらバランス崩して倒れたりとか――


「きゃっ!」

「おごっ」


 案の定自転車の上でバランスを崩した沙夜は、体の倒れる勢いのまま俺の背中に覆いかぶさってきた。

 その衝撃をすべて体で受け止めた俺の口からは、鈍い音が漏れ出る。


「……手を離せとは言ってませんけどねぇ、お嬢様?」

「ごめんなさい……」


 沙夜はしおらしく謝ると、俺に覆いかぶさった体勢のまま俺の首に抱きつくように腕を組んだ。


「……どうした?」

「なんでもないわよ」

「なんでもないなら離れてくれよ。運転しづらいだろ?」

「なんでもないけど、もうちょっとだけこのままでいさせて」

「……? まぁ、いいけど……」


 一体何なんだ? 落ちそうになって怖かったとか、久しぶりに学校に行って疲れたとか、そんなところかな?


 それにしてもあれだな、こうして後ろから抱きつかれるというのは自転車を用いた青春イベントの筆頭だが、沙夜のように胸がないと背中にはなにも感じないんだな。なんていうか残念感よりもあわれという感情が先に浮かんできてしまう……。


「ねぇ情」

「は、はい!?」


 やべ、変なこと考えてたのバレたかな? 沙夜ってなんかそういうところ鋭いから……。


「……ううん、やっぱりなんでもない」

「え? あ、あぁ、そう?」


 バレて……、ないのかな? なんかちょっと元気ないみたいだし、ほんとどうしたんだろう?

 まぁ寝て起きたら元の沙夜に戻ってるだろう。乙女心はよく分からないし、明日になっても元気がないようだったら飯島に相談してみればいいだろ。


 そんなことを考えながらえっちらおっちら自転車をこぐ。

 夕日に照らされた、俺一人の影だけを引きずりながら。

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