第13話 女神の微笑み
「なるほど……、それは大変なことですね」
俺がこれまでの
……なんだろう、少し飯島の視線が痛い気がする。それにこころなしか距離を取られたような?
「大問題よね。情ったらなんかエロい目で私のこと見てくるし」
「みみ見てねぇよ! ていうか家に来るかって誘ったのは俺だけどついてきたのは沙夜だろ!?」
「しかし今の話だと諏訪部君は藤木さんに触れることができるんですよね? その状況で高校生が同じ部屋で寝泊まりするのはどうかと思います」
「まぁ情に手を出す勇気なんてないから、飯島さんが考えてるようなことはなにも起こらないと思うけど」
「そうですね……」
でもそれってさ、もし俺に手を出す勇気があったとしたら、沙夜はあれがああしてこうなる事があってもいいってことなのか……? いや深読みのしすぎ? こういうことで悶々としてる時点で童貞臭い?
「……どうやら藤木さんは諏訪部君に対して随分と厚い信頼をおいているようですね。もしやお二人はお付き合いしている関係なんですか?」
俺の言動や表情から、飯島はまたもや沙夜と俺の会話を予想したようだが、その口から飛び出してきた言葉は想像を絶するものだった。
「つ、つ、付き合ってるわけ無いでしょ!? あ、会ったのだってついこの間だしっ、まだ情のこと好きとかそういうんじゃないしっ、第一情と私じゃノミと女神よッ!」
「ノミと女神て、そこまで言うかね普通!? せめて月とスッポンくらいにしてほしかったんですけど!?」
ていうか自分のことさりげなく女神にするな。もしかしてプール行ったときに沙夜の冗談否定したのまだ根に持ってるのか? 高天原がなんたらってやつ。
「お付き合いはされてないんですか。となるとやはり同棲というのは相当に問題なのでは?」
「ま、まぁその事はもういいだろ……。ルームシェア的なあれだから、完全無欠に健全だから。にしても沙夜の声聞こえてないのに普通に会話が成立するのすごいな……」
飯島のとんでもなく不道徳な人間を見るような目をかいくぐり、俺はこの話題から撤退することにした。
「それで、さっき飯島はなにか力になれればって言ってたけど、それって沙夜が元の体に戻る手助けをしてくれるってことでいいんだよな?」
飯島は瞳に宿した不信の色を引っ込め、いつもの無表情に戻ると頷いた。
「そうです。藤木さんが透明人間になってしまった原因も気になりますし、それを突き止めれば元の体に戻れるかもしれませんから」
それはとても心強い提案だ。俺は正直そういう原因究明とかは苦手だし、飯島はちょっと話しただけでも分かる頭の良さと、何より好奇心が強い。好奇心が強い人間は興味をいだいたことに向かってひたむきに進む。……って父さんが言ってた。
なんにせよ沙夜の透明人間化の原因を突き止めるには飯島の力を借りるのが近道な気がする。
どのみち俺一人じゃどうしたらいいかも分からなかったし、助けがあるならとても助かる。
「良かったな沙夜。飯島も手伝ってくれるってさ」
「……ふん、別に頼んでないわよ」
しかし沙夜は何か気に入らないことがあるのか、そっぽを向いてそっけない返事をした。
「なんだよ? 確か前も俺が友達でいてくれればそれでいいとか言ってたし、元の体に戻りたくないのか?」
「そういうわけじゃないけど……。私だって元の体に戻ろうと何年もいろんなことを試して、あんたと出会って、それでもなにも変わらない。もういまさら……」
「なんだ、元の体に戻りたくないわけじゃないんだな」
なんだ、そうなのか。だったらなにも問題なんてない。もし沙夜がこのまま世界から切り取られたままでいたいって言うなら、それを無理にもとに戻すっていうのは俺の都合になってしまうけど、沙夜自身元の体に戻ることを望んでいるならいまさらだなんてことあるはずがない。
「遅すぎることなんてないって。まだ少しでも可能性があるならさ、縋ってみるべきだろ。諦めるのはもうどうしようもなくなってからでいいと思うし」
どうして透明人間になってしまったのか、沙夜は語りたがらない。なにか原因があって、沙夜はそれに心当たりがある。そんな気がするのだ。
きっとそれは沙夜の心の奥深くにしまわれた秘密だ。それに触れる権利が俺にあるのかどうか、そんなことはさっぱり分からないけど。
「沙夜が別にいいっていっても俺は嫌だよ。お墓参りや夏祭りに行ったときに見せた寂しそうな表情を見て見ぬ振りするのはさ」
一歩踏み込むのが、そうして拒絶されるのが怖くてずっと様子を見ていた。このままの関係が心地よかったから、それでいいと言い聞かせていた。
でもそれじゃあ嫌なんだ。そうして距離を保って沙夜を知ろうとしなかった自分が、もっと沙夜のことを知りたいと、彼女の力になりたいと叫んでいる。
夏祭りのときにもう答えは出ていたんだ。
俺はもっと沙夜を知りたい。その秘密も、思いも全部。
「俺は表面上で笑い合っているだけの関係を友達だなんて呼びたくはないんだ。だからいいだろ? 沙夜が元の体に戻る手伝いをしてもさ」
沙夜は驚いたように少しだけ目を丸くして、そしてすぐに微笑みを浮かべた。
「……そんなことを言うようになったのね」
「え?」
「ううん、なんでもないわ」
なにかを呟いた沙夜は、とても嬉しそうに笑っていた。慈悲深く微笑む女神のような、そんな笑みだった。
「分かった。じゃあなにができるかは知らないけどやれるだけやってみましょっか。情が手伝うなんて言い出したことを後悔するくらいあがいてあがいてあがき倒してやるわ!」
「お、おう。でもあんまりこき使わないでね……?」
「どうやらお話はまとまった……、ようですね」
話の内容もいまいち分かってないはずの飯島は、俺の顔を見て口元にほんの少しの微笑みを浮かべた。
ほう、初めてみた。飯島も笑うんだな。
「ああ、沙夜が元の体に戻れる方法、一緒に探してくれるか?」
「ええ、もちろんです」
こうして俺は一歩踏み出し、飯島という協力者を得て沙夜を襲った不思議な現象に迫っていくこととなった。
――――
さあこれから作戦会議だといったところで、昼休みを終えるチャイムが無慈悲にも鳴り響いたことにより、俺と飯島は急ぎ教室に戻らなくてはならなくなった。
それから放課後まで沙夜の数々の妨害に耐えながら過ごし、今は随分静かになった校内にある空き教室で3人向き合って座っている。
ちなみに飯島の卵焼きはその後の5分休み中にもらった。とても美味しかったので飯島はいいお嫁さんになれると思う。
「それではまず、藤木さんの体が透明になってしまった原因について、何か心当たりがありますか?」
「原因、ねぇ。まぁないわけじゃないわ」
「お、やっぱりあるのか。で、なんなんだよ?」
俺が尋ねると、沙夜は何やら気まずそうな表情で視線をそらした。
「まぁ、あるにはあるんだけど、あまり言いたくないっていうか……」
「言いたくないって、原因が分からないと先に進まないじゃんか」
「うぅ、そうね……。多分だけど、私があの神社にあるお願い事をしたのが原因だと思う」
「お願い事? 神様に何か願い事をしたってことか?」
「そう。その直後から私はこの体になっちゃったし」
神様への願い事。その結果透明人間になってしまったってことか。
「その願い事の内容はなんと言ってますか?」
「だって」
「え!? 願い事の内容? そこまで言う必要ある? 神様のせいだっていうのは分かってるし、その居場所だって分かってるんだから別によくないかしら?」
「いいわけ無いだろ、内容まで含めて原因なんだから」
「うぅ、あんまり言いたくないのよ……」
ここまで言いたがらないとは、まさか恥ずかしいことなのか?
人には言えないような恥ずかしいこと……。それってまさか……。
「……エッチなことか?」
「違うわよ!」
「いでぇっ!」
どうやらエッチなことではなかったらしい。
となるとあれか、コンプレックスに関わることか。人に言いたくないことなんてエッチなことかコンプレックスに関する悩みくらいのものだ。
「じゃあ胸か。胸が大きくなりたいとかグラマラスボデーになりたいとかそういう願いか」
「そんな訳あるかっ!」
「いっでぇ!」
胸ではない、と。
じゃあなんだろう、彼氏欲しいとかかな。高嶺の花な美人には男どもがビビって近寄ってこないって聞くし、沙夜も同じ悩みを抱えていたのかもしれない。
「そうか、沙夜も俺と一緒か」
「え……、もしかして情、あんたもとも――」
「俺もなにを隠そうあの日、神社に彼女ができますようにとお祈りしたのだ! 沙夜も彼氏が欲しかったんだな!」
「ちっがうわよッ!」
「あいだいっ!」
「ていうかあの時なにを真剣にお祈りしているのかと思ったらそんなことだったのね!?」
「とっても大事なことだったからな」
どうやら彼氏でもないらしい。
となると最後はあれか、かなり重めの悩みか。人に話せない悩みなんてエッチなことかコンプレックスか重い話題くらいのものだ。
「じゃあ――」
「あーもうっ! いいわよ分かったわよ、言えばいいんでしょ言えばっ!」
どうやら白状する気になってくれたらしい。俺もこれ以上なにか言うたびに叩かれるのは懲り懲りだ。
「私がお願いしたのは、その……、と、友達が欲しいってことよ……」
「……へ? 友達が欲しい?」
「そ、そうよ! なにかおかしい!?」
「いや、おかしいっていうか、沙夜がそんなことを悩みにしていたなんて驚いた」
沙夜って活発で裏表なさそうだから友達とかたくさんいるイメージだったのに。見た目も相まってクラスの中心にいるクラスカースト高めの、俺とは相反する人種なんだと勝手に思ってたけど、どうやらこちら側の人間だったらしい。
「私ここへは引っ越してきたんだけど、その時色々あって学校にも馴染めなくて、友達いなかったのよ。だから……」
「なるほどなぁ。この辺は田舎特有の排他的なところがあるからなぁ」
「諏訪部君、さすがに諏訪部君の発言だけでは情報に限界があるので、ちゃんと伝達してください」
「あ、ごめん。えっとな――」
それから先程の話を飯島に伝えた。
飯島は聞いた話を手元のメモ帳にメモすると、それらを眺めて少しの間黙って何やら考えていた。
「……これだけだとなにがなんだか分かりませんね。藤木さん、何か他に手がかりはありませんか? 透明になってしまったときの詳しい状況でもなんでも、思い出せるものは話してください」
「って言われても……。あっ、そういえばこんな体になる直前に誰かの声を聞いたわ」
「声を聞いた? 誰の声だよ」
「うーん、口調がなんか古臭かったからきっとあの神社の神様ね。願いを叶えてあげるけど、無償じゃだめだから試練に耐えろって。あとは試練に耐えきれなかったときは願いが反転するとも言ってたわね」
「試練、反転……。俺にはさっぱり分からん。飯島パス」
それから飯島は沙夜の聞いたという神の声の内容を聞くと、なにかピンときたらしくメモ帳に何やら線を引き始めた。
「藤木さんが願ったのは友だちが欲しいということ、そして神はそれに対して試練を与えると言った」
友だちが欲しいと書かれた場所から、シャーペンが試練と書かれた場所までの軌跡を描き、その場でくるくると円を描いた。
「ということは今この状況は神に与えられた試練だと考えられます」
試練の下に透明人間化と書き込み、試練と矢印で繋がれる。
「そしてこの試練に耐え抜けば望むもの、つまり友達が与えられるということになります。なので究極的にはずっと待ち続ければ友達ができることになります」
「でもそれならもう叶ったんじゃないか? 俺は沙夜の友達、もう願いは叶ってるはずだ」
飯島はメモ帳から顔を上げると、思考を巡らせるように視線を泳がせ、少し歯切れの悪い言葉で告げた。
「おそらくですが、諏訪部君に藤木さんが認識できるようになったことはこの試練と関係している……、と思います。透明人間化が試練だと言うなら、これが終わると同時に透明化は解除されるはずです。しかしまだそうなっていないということは……」
「試練はまだ続いている……?」
「そいういうことになります」
飯島は頷くとメモ帳の試練の場所から一本線を引き、その先に友達ができるだけではだめと書き込んだ。
「でも神様は試練に耐えろとは言ったけど何かをしろなんて言ってないわよ?」
「じゃあ俺と沙夜はまだ友達じゃないってことか?」
「はぁ!? い、いや、だって一緒に宿題やったり遊びに行ったり冗談言い合ったり、友達っぽいことは一通りやったじゃないの! これで友達じゃないならなんだって言うのよ!」
「……そう、かもしれません」
飯島が顎に当てていたシャーペンの頭をメモ帳に叩きつけると、タンッというくぐもった音が教室に響いた。
「藤木さんの願いが叶うのは試練を耐え抜いたあと。その試練の途中に願いが叶って友達ができてしまうのはおかしい」
「でも現に情と私は――」
「おそらく、友達としての練度が足りないのだと思います」
「友達としての、練度……ッ! 何言っているのかさっぱり分からん……ッ!」
「じゃあなんで衝撃受けたのよ」
ていうか練度ってなんだ? 初めて聞く単語なんだが……。
「練度というのは熟練度のことですよ、諏訪部君」
「あっ、ありがとう」
どうやら顔に出ていたらしい。
それにしても友達としての練度って言葉の意味が分かっても意味分からないな。そもそも友達って熟練とかあるの? 熟練の友達……、なんかかっこいいかも?
「とにかく、今のままの関係ではだめということです。おそらく藤木さんと諏訪部君が互いを真に友達だと認められた時、試練は終わり、願いの結果として友達になった諏訪部君が残る。そういうことなんじゃないかと思います」
「つまり試練には俺と真の友達になることも含まれているってことか」
「そうなります」
しかし真の友達か……。自分で言ってて訳分かんないな。
しかも熟練度なんて言われたらまさにゲームみたいだな。技を鍛えてその真価を発揮させる、みたいな感じで。
「なるほどね、言い得て妙っていうか、ちょっとひねってるところがムカつくっていうか」
「なんだ沙夜、一人だけ納得してないで俺にも説明してくれよ」
「まぁあれよ、私は情のイマジナリーフレンドでしょ? それってつまり偽りの友達ってことじゃない? それが解けた時本当の友達になる。なんだか神様の書いたシナリオの中で踊らされてる気分だわ」
「……なるほどな」
「意味分かってる?」
「ああああたりまえだろぉ!?」
つまりあれだろ、俺達は神様の試練という名のシナリオの中で踊るバレリーナ、そういうことだろ? でも俺バレエなんてできないぞ? ダンスもできないし、踊れないんだけどなぁ……。
「つまり私達がこれから何をしたらいいかということですが……」
「おう! 飯島、ばしっと分かりやすくまとめちゃってくれ!」
「これから駅前のカフェにお茶をしに行きましょう」
「……は?」
余計に訳が分からなくて、一体俺はいつになったらこの会話について行けるんだろうと、そんなことをぼんやりと考えてしまった。
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