第12話 舞い降りた天使
「……飯島?」
「はい、飯島理恵です。あなたのクラスメイトの」
「……い、今の聞いてた?」
「はい。世界で一番可愛いと、公衆の面前で叫んでましたよね?」
「……そんなことを叫んでいたような、叫んでいなかったような」
「思いっきり叫んでたでしょうがっ」
なんとかしてこの場を乗り切ろうと言葉をひねり出していると、沙夜からの無慈悲なツッコミが炸裂した。
「そもそも沙夜があんな事言わなければ俺が公衆の面前で告白まがいのことをしなくても済んだんだぞっ! これじゃあもうお嫁に行けないじゃない! 責任とってよねっ!?」
「なんであんたが女子のセリフ言ってるのよ! それ私のセリフだからっ! それに私は叫べなんて一言も言ってないわよ!」
「感情込めて言えって言っただろ!? だから叫ぶしかなかったんですぅ!」
「あんたはどうしてそう1か100かみたいな感情の込め方しかできないのよ! もっとささやく感じでも良かったじゃない!」
「そんな高度なことができるか! 俺の女性経験値の低さをなめるな!」
「ネガティブに開き直ってんじゃないわよ!」
「あの……」
沙夜と言い合いをしていると、ためらいがちに割り込んでくる声が一つ。
「「なに!?」」
俺と沙夜は言い合いの勢いのまま声の主に振り向く。
すると声の主であった飯島は少しだけ驚いたような表情で若干のけぞると、確信を得たように頷いた。
「いえ、ひとまず場所を変えたほうがいいかと。このままでは
俺ははっとして周囲を見回してみる。
するとあたりからはヤヴァイやつを見る視線と、ヒソヒソとした声であいつは気でも触れたのかという会話が聞こえてくる。
……うん、これは頭のおかしな人になってしまうというか、もうすでになってしまっているのでは?
「そうだな。でも飯島」
「はい、なんでしょう?」
「もうちょっと早く言ってほしかったなぁ!」
この出来事が後に「廊下の真ん中で愛を叫ぶ事件」と呼ばれるようになるが、それはまた別の話。
――――
俺たちは人の少ない中庭まで移動して話の続きをすることになった。
「それで、どうして飯島はあんなところにいたんだよ? もしかして俺に卵焼きを分けてくれるために追いかけてきたのか? ありがとうございますぅ」
「んなわけないでしょうが」
「いえ、卵焼きを持ってきたわけではないんですが、お弁当はとってありますから、よければ後で差し上げますよ」
「え、まじ? 卵焼きくれるの? 天使か? 沙夜が悪魔だとしたら飯島は天使なのか?」
「おい、誰が悪魔だ」
お昼を邪魔した沙夜は悪魔。おかずを分けてくれる飯島は天使。誰がどう見ても明らかな事実だ。
「それより私が諏訪部君を追いかけてきたのは、そこにいる沙夜さんについてお話を聞きたかったからです」
「え、私?」
「はい、そうです」
自分の鼻を指差す沙夜に、飯島は確かに頷いてみせた。
「あれ、そういえば飯島には沙夜が見えてるのか!?」
「いえ、まったくもって見えません」
「えぇ!? でもさっきそうですって……」
「あれは沙夜さんの反応を予想しただけです」
「なんて紛らわしいんだ……」
飯島って意外とおちゃめなのかしら?
とうより沙夜って言ったよな……? 見えてないのにどうして飯島は沙夜のことを知ってるんだ?
「沙夜さん、で合っていますよね? 諏訪部君のセリフから切り取っただけなのでそうお呼びしてもいいのかは分かりませんが……」
「なるほど、俺の言動が原因か!」
「あんたが所構わず大声で話すからよ!」
「それは沙夜が話しかけてくるからだろ? 無視するのは気が引けるし……」
だってなんか可愛そうじゃんかな? 俺まで沙夜のことを無視したら、こいつを見てくれるやつが誰ひとりいなくなっちゃうじゃないか。そんな残酷なこと、俺にはできないよ。
「それで私のことでしょ? 藤木さんって呼んでもらって」
「あれ、沙夜の名字って藤木だっけ?」
「そうよ! まさかあんた忘れてたの!?」
「……ふっ、そのまさかだ!」
「ドヤ顔で言うことじゃないわよ!」
そうして頭を叩かれた。
飯島はそんな俺を物珍しげに眺めている。うん、俺は見世物じゃないんですけどね?
「藤木さん、とお呼びすればいいんですね?」
「え、また予想したのか? 飯島って頭いいんだなぁ」
「いえ、ただの予想ですから、頭の良し悪しは関係ないと思いますよ」
十分関係あると思うけどなぁ。飯島のことあんまり知らなかったけど、結構切れるやつなのかもしれない。
「ってそうじゃなくて。沙夜、お前なんで名字で呼ばせるんだよ? 俺のときはいきなり名前で呼べって――」
「わーわー! そんなこと言ってないわよ! 何言ってんの!?」
「いや、お前のほうが何言ってんだよ?」
「情は忘れっぽいからきっと忘れてるのね! まったく情は仕方ないわねぇ!」
「えぇ……」
なんかよく分からないけど沙夜はこのあたりのことを隠したいみたいだ。顔も真っ赤にして、眼光も「分かっているな?」とばかりに鋭いし、怒ってるようだ。
ここで無駄に対抗しても後が怖いだけだし、素直に乗っておいてやろう。
「あぁー……、飯島、沙夜は人見知りだからな、藤木さんと呼んでやってくれ」
「人見知りじゃないわよ!」
「分かりました」
「あんたも納得するんじゃなーい!」
「それではどうして私が諏訪部君に接触したのか、順を追って話しましょうか」
「華麗なスルー!? ってそうだった、この子に私の声は届かないんだったー!」
なんか沙夜が楽しそうだ。自分を認識してくれる人が増えて嬉しいのかもしれないな。良かった良かった。
それから飯島は自分の考えを整理しながら話してくれた。
発端は今朝に
最初はそういう独り言が多い人なのかとも思ったけど、俺が沙夜と飯島の唇が触れ合わないかと案じていた時、さすがにこれはなにかあると思ったらしい。
「耳が伸びたり、誰かに叩かれる仕草だったり。獅戸君は諏訪部君の奇行だと判断していたようですが、あれは明らかに藤木さんの存在を示すものでした」
「き、奇行……」
「ぷぷっ、言われてるわよ?」
誰のせいだ、誰の。
それからパン奪の説明をしているときに出た沙夜という名前と、男の子のお昼の時間は~という下りでそばにいる誰かは女性だと判断し、それを裏付けるためにお昼のおかずを差し出したのだという。
「それでどうして沙夜が女子だって分かるんだ?」
「どうやら仲が良い様子だったので、女性なら私から手作りのおかずを分けるなんていう状況に嫉妬するんじゃないかと踏んだんです。結果は予想通りでしたが」
「し、嫉妬なんてしてないわよ! そもそも私は情のことなんてなんとも思ってないんだから、嫉妬する要素がないのだけど!?」
「なるほど、あれは飯島の手作りだったんだな。あとでちゃんと味わって食べます」
「気になったのはそっち!?」
そして一通り沙夜の存在を裏付ける考察の過程を話した飯島は、無表情だった瞳に少しだけ好奇の輝きを宿し尋ねた。
「それで、藤木さんは幽霊かなにかなのでしょうか?」
そういえば飯島は占いとかが好きだったんだよな。もしかしたら幽霊とか妖怪っていうオカルト的なものも好きなのかもしれない。
「幽霊ではないみたい。本人は透明人間だって言ってる。今は俺にだけ見えてるから、俺のイマジナリーフレンドってことになってる」
「なるほど、透明人間にイマジナリーフレンドですか……。確かに諏訪部君の言動を見る限りだとイマジナリーフレンドというのが適切な気もしますね」
「奇行だものね」
だから誰のせいだっつうの、まったくぅ。
「それで、もしよければ藤木さんと諏訪部君の今までのことを話してもらえませんか?」
飯島は変わらぬ好奇の視線で一歩俺に詰め寄った。
もしかしてこれでテンション上がってる状態なのだろうか? ほっんとうに分かりにくいなぁ。
「話してもいい。でもその前に一つ聞きたい」
小さく首を傾げる飯島に、俺は大切なことを問いかける。
「飯島はどうしてそんなに沙夜のことを知りたがるんだ? お祓いや浄化をしたいとか、興味本位で占いやらに使おうって考えてるんじゃないのか?」
すっと、飯島はその瞳から好奇の色を消した。
そして見せた目は、いつもの飯島の無表情ではなく、ただ真摯に応えようとするものだった。
「確かに私は占いやオカルトが好きですが、そんな事は考えていません。ただ単純に藤木さんのことを一人の人間として知りたいですし、もし何か力になれるならと思っているだけです」
「……そうか。なんか疑うようなことして悪かったな。それで、沙夜はどうしたい?」
嘘じゃない。そう思ったから俺は飯島を信じることにした。でもそれと沙夜がどう思うのかは別だ。
隣の沙夜に目をやると、彼女は少しだけ驚いたように目を丸くしていた。
でもすぐに納得したようにため息をつくと、そっとほほ笑みを浮かべた。
「そうね、直接話しはできないけど、私のことを知りたいなんて言ってくれる人が現れたんだもの。こんなのもはや奇跡よ、断る理由なんてないわ」
「じゃあ――」
「でもその前に」
しかし沙夜の言葉はそれだけでは終わらなかった。
まさか何かとんでもない条件をふっかけたりするんじゃないだろうな? 飯島に対して脱げとか言い出したらどうしよう……。
「情、さっきはお祓いだ占いの道具だなんだって言ってくれてたけど……、私は幽霊でもアシスタントでもないってのっ!」
「いでぇ!?」
思いっきり頭を打たれて、でも俺は少しだけ安心していた。
……飯島に脱げとか言い出さなくてよかったぁ、と。
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