第17話鬼無し…木梨様…初瀬川

「まあ、大事に到らなかったのはいいが、何時も言っているだろう、酔っ払って風呂に入るなと。昔、父さんの職場で死んだ人がいるんだから。酒は楽しく、美味しく味わって、幸せを感じて飲むものだ。」

 初瀬川姉は、父親から翌日、こんこんと説教を受けた。母親からも睨まれて、流石に神妙な顔をして正座していた。少し、二日酔いが辛いようだったが。それも分かっていたので、両親も適当なところで切り上げた。

「玉輝と鏡華に感謝しなさい。二人が運んでくれたんだから。ところで。」

 母は、二人の方を疑問ありげに見た。“来た!”と思った二人は先手をとった。

「いきなり僕の入っていた貸切風呂に乱入してきたから、慌てちゃったよ。」

「その後、私に押しつけたじゃないの!大変だったのよ!」

「仕方がないだろう。いくら姉弟でも男女混浴出来ないだろう?」

「どうだか。お姉ちゃんの裸、凝視していたんじゃないの?」

「…、兎に角、お前が大騒ぎで呼びつけて…すぐ駆けつけただろうが?僕は湯の中で気持よくなりかけていたのに。それに、姉さんを運んだのは僕だぞ。」

「私だってそうよ。それに、お姉ちゃんの体を拭いたり、浴衣を着せたりしたのは私だし、運ぶのも手伝ったでしゃ!」

 二人で、ふくれて、睨み合った。“玉輝と鏡華の嘘つき、詐欺師!”真木は心の中で怒鳴った。そして、いつの間に、このやり取りを考えたことを少し感心した。

「まあまあ、二人とも喧嘩しない。二人には、感謝しているわよ。」

 母は、二人をなだめた。少なくとも、彼女はそう信じていた。

「ところでさ、初瀬川って、NHKでさ、古代は大和川の上流のことで、最古の記録では万葉集で歌われたと言っていたけど、うちと関係はあるの?」

 玉輝が、話しを変えるように尋ねた。本当は夢のことが気になったのだ。鏡華が、不思議そうな、嬉しそうな、怖いような顔をしているのが目に入って、玉輝は何か深みにはまるような気がした。父は一瞬睨んだように見えた。そして厳しい表情になった。

「それ以前の古事記で歌われている。こもりくの 初瀬の川の 上つ瀬に 斎杭を打ち 斎杭には 鏡を掛け 真杭には 真玉を懸け 吾が思う妹 吾が思う妻

ありと言わばこそよ 家にも行かめ 国をも偲はめ という歌だ。」

「でも、それなら、そのことを言わなかったの?」

 今度は鏡華が尋ねた。母が、父の顔をチラッとみて、遂にスイッチが入った、ああ~、という顔になった。

「この歌を歌われたのは、かの有名な仁徳天皇の孫にあたり、皇位が決まっていた、木梨の軽の皇太子だ。美しく、聡明で、お優しい方だった。その妹君に、軽の大郎女という方がいた。この方は非常な美女だったと言う。美しいものは美しいものに惹かれるものなのだろうか。お二人は、禁断の恋に走り、木梨様は全てを失って、流罪となった。そして、追ってきた妹君にこの歌を歌われて、ともに自害したと古事記には記されている。日本書紀には別々の話しになっているが。さっきの歌は、愛する妹であり妻が居るから故郷にも、国にも帰ろうと思う、その妹がここにいるのに、故郷や国に帰りたいと思うことはないという意味だ。」

「でも、近親婚の物語は神話によくあるテーマだろう?天照大神と須佐之男命とか、オイデプスの物語とか。それをわざわざ隠す必要ないのでは?」

「神武天皇の以降は神話ではなく、人の歴史ということになっている。自らの公式の歴史に、このようなことがあったと記すことは例はない。それに、悲劇ではあるが、美しい愛の物語、全ての価値を否定して、自分達の愛に全てを捧げる物語は世界に例がない。この物語は12、数え方では13の歌物語で構成されているが、古事記の歌の1割以上を占めているのだよ。古事記の解説を書いて、この物語を飛ばしたり、日本書紀の記述を持ってきたりする場合も多い。」

 彼はそういいながら涙ぐんでいた。

「あ~あ。」

 またか、という顔をして、

「父さんはね、一番の美人はと尋ねたら…、母さんは二番目だなんていうのよ。」

 “突っ込むところはそこ?”と3人は思った。彼女は、たいそうな美人だが、子供のひいき目ではないが、二番目だと断言するのは父以外には、この世の夫族にはめったにいないだろう。

「そんなことはどうでもいいから、朝食を食べにいきましょう?」

 鼻をかむ、自分の夫を見ながら言った。

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