第16話せっかくの貸切風呂なのに

「何でお姉ちゃんが来るのよ。」

 鏡華が押し殺した、それでいて怒りを込めた声で言った。

「あなた方だけだと何をするか、分からないでしょう?案の定だったじゃない。」

 足元がふらつきながら、しかも少し呂律が回らない調子で真木が反論した。 

「父さんも、母さんも、酔って風呂に入ったら危険だと言っているだろう?」

 玉輝は半分呆れ、半分心配し た。そんなことはどこ吹く風と言う調子で、浴衣を脱ぎ始めた。 

「母さんはもう寝たし、父さんには、風に当たって酔いを覚ましてくると言ってきたも~ん。」

 浴衣を脱ぐと、素っ裸だった。

「誰かに見られたらどうするつもりだよ。」

「やっぱり心配してくれるんだ。玉輝がいるから大丈夫だよ~。」

「お姉ちゃん!だめ~!」

 しなだれかかろうとする真木を、鏡華が慌てて止めた。

「お姉ちゃんは、私が連れて入るから、お兄ちゃんは後から入ってきて!あ、私とお姉ちゃんの浴衣と私の下着は籠に入れておいてよ。見ちゃ駄目、変なことしないでね。」

「鏡華も気をつけろよ、姉さんを頼む。すぐ行くから。」

「うん。早くね。」

 目をつけていた、貸切露天風呂。空いていて良かったと二人でガッツポーズをしてはいったまでは良かったのだが。ちなに、“見るな”とは姉の裸身であり、“変なことをするな”は、姉の浴衣にである。鏡華の裸身と浴衣と下着は対象外である。しかし、鏡華が姉を持てあましているのではと思い、玉輝は急いで下に落ちている浴衣と下着を拾って二つの籠に入れると、自分も急いで浴衣と下着を脱いで露天風呂に入った。洗い場では、鏡華が真木に手こずっていた。 

「いいわよ~。お酒を飲む前に、入ってよく洗ったもん~。」

「駄目よ。入る前に、軽く洗わなきゃ。お父さんが、いつも言っているでしょう!お兄ちゃん、お姉ちゃんを押さえて。あ、でも、変なところ見ない、触らない!」

“如何しろって言うんだよ!無理だよ~。”と苦笑しつつ、顔をそむけて姉の方を見ないようにして、無難なところを押さえようとした。

「玉輝~、触りたいなら、そう言いなさいよ~。」

 やにわに手を掴んで、自分の胸に導こうとした。

「駄目~!お兄ちゃんの浮気者!裏切り者!」

「どうしてだよ!」

 そう言い争いしながら、真木の体を流し、自分達の体を交互に流して、二人で姉の体を支えて、

「賢い姉を小さな子供扱いするな~。」

「酔っ払いは危ないの!」

「寒いんだから、暴れないでくれよ~。」  

露天の岩風呂に入った。

「暖かいね。あ、月も綺麗。」

「本当だ。でも、鏡華の方が綺麗だよ。」

「もう、お兄ちゃんたら、わざとらしいわよ。でも、もっと言っていいわよ。」

 二人は寄り添って、鏡華は頭を少し玉輝の肩に預けて、玉輝は湯の中で彼女の腰に手を回した。幸せそうにぴったりとくっついていた。

「この~、変態兄妹!この私を見ろ~!」

 少し離れて湯につかっていた真木が、すい~と二人の前に来て立ち上がった。 

「わ!お兄ちゃん!見たら駄目だよ!こんなもの!」

「姉の美しい裸体を、こんなもの呼ばわりはするな~!」 

「姉さん。よしてくれよ。」

 二人は慌てた、流石に。しかし、ふくれっ面の真木は、

「どうせ、私はチビですよ~。父さんも母さんも背が高いし、玉輝も、鏡華も背が高いのに、どうして私だけ小さくて、ちんちくりんなのよ~。」

 泣きださんばかりだった。

「姉さん。小さいわけではないじゃないか。平均より背は高いじゃないか。」

「そうよ。背が高くて、私もお兄ちゃんも損したもの。それに、お姉ちゃん、美人だし、いつも男の子に囲まれていたじゃない。」

「父さんも母さんも、姉さんは小さい時からそうだったて。」

「ふん。羨ましかったら、全部あげるから、玉輝を頂戴!」

 二人は溜息をついて見つめ合った。

「鏡華、ぼくを交換なんかしないよな?」

 わざと心細そそうな声と表情がで尋ねる玉輝に、鏡華は、

「お兄ちゃんが可哀想だから、交換しないよ!」

「ふん。」

 頬を膨らませて、顔半分まで湯の中にはいる。どこまで本気なのか、玉輝達は図りかねた。

 玉輝の手が鏡華の胸に触り、鏡華の手が玉輝の下半身に触った。いつもなら、ちょっと嬉しい程度なのだが、今日は違った。二人の触り方がいつもと違うのか、二人の体に電気が走るような感じがした。その時、真木の方をそっと窺った、すっかり彼女が静かになっていた。

「姉さん!」

「お姉ちゃん!」

 姉が目を閉じ、眠ってしまって、そのまま湯の中に沈みそうなのを見て、二人は驚いた。慌てて立ち上がり、姉を引きずり出して脱衣所に運んだ。様子を窺うと熟睡しているだけのようだったので一安心。

「浴衣を着せて、連れて戻ろうか?」

「それがいいな。その前に、体を拭かないと。」

「お兄ちゃん、支えて。私が拭くから。変なところ触らない。あ、何よ、それ!」

「生理的反応。…鏡華を見てるからだよ。もう、こういう状態だと重い!」

「へへー、玉輝~、私の体に触って、あそこ大きくしているんだよ~。」

 二人が苦労している最中に、真木は目を覚まして、茶々を入れて、すぐまた眠った。眠気に負けているだけらしいので、少しホッとした。ふき終わり、すぐに浴衣を着せる。下着を最初から着けてきていないから、そのまま直に着せる。“下着を着けてきていたら、下着を着せたかな?それは、かなりエロいな。”玉輝は、下着をはかせる姿を妄想してしまった。二人も浴衣を着ると、その間床に寝かしておいた姉を、また立ち上がらせて、完全にぐったりしているので重い。何とかして、玉輝の背中にのせた。ずり落ちないように鏡華が必死に支える。

「玉輝~、お姉ちゃんの裸の感触だぞ~。モロ乳たぞ~、どうだ、気持ちいいだろう~!」

 真木がまた目を覚まして、胸や股を擦りつける。その感触に、ついうっとりしがちになってしまう。

「お兄ちゃん!早く、部屋に帰ろう。」

 鏡華の声は、少しうわずっていた。

「そう、そう、早く帰ろう。」

 部屋に帰ると、母がトイレに起き出していた。二人が事情を話すと真木の様子を見て、

「酔いが回って、寝ているだけね。全く~。明日、父さんに厳しく言ってもらわないと。早く寝かせちゃって。」

 二人が、貸切風呂に二人で一緒に入ろうとしたことは、上手く誤魔化した。

 姉を布団の中に寝かし、母がまた、布団に入った後、二人は居間スペースで、ソファに向かい合って座って、ウーロン茶で水分補給をした。

「せっかくの貸切風呂、とんだこになったわね、お兄ちゃん…。」

 しんみりと言った。玉輝は、大きくため息をついて、

「ごめん、父さん達がいるのに、つい、…なんだ…、なんかいつもと違って…、姉さんがいなかったら…ごめん。」

「いいの…私も…何というか…その…同じだったと思う…」

 見つめ合っているうちに、そのまま記憶がなくなって、気が付くと布団に入って寝ていた。二人で同じ夢を見て、何時、どうやって布団に入ったのかも覚えていなかった。

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