第15話温泉で

 大学での講義を真面目に受け、図書館でも勉強しつつ、アルバイトもこなし、家事と家庭菜園諸々をして過ごして、大学では、学年の終わりの試験も終わった。

 試験少し前に、

「君さ、この講義のノート必要じゃないか?僕が借りてきてやるよ。」

 二人組の男が、彼女が立ち上がろうとした時に声をかけてきた。この講義では見かけたことがあまりない、つまり講義にはほとんど出たことがないが、この講義は取っている連中?と彼女は思った。だから、真面目に出ている自分のことも知らないのだと感じたが、ノートが必要なのは自分達なのに、どうして?と分からなかった。

「ちゃんと取っているから大丈夫よ。」

 冷たく言い放って、そこを離れた。後日、目的がわかった。彼女以上に真面目にノートを取っていた男子学生と揉めていた。

「ノートなんて取っていない。」

「何言ってるんだよ。一番前でノートを取ってびっしりと、そらそこに書き込んでいるじゃないか。」

「当人が、ノートを取っていないと言うんだから、ノートはないの!」

 その男はノートなどをかたづけると、荒々しく歩み去った。鏡華とすれ違う時、吐き捨てるように、

「ひとのノートを使ってナンパしようとしやがって!」

と独り言を言って通り過ぎていった。ふと見ると、あの二人組は、女子二人組に向かって、何かしきりに言っていた。ところどころ聞こえたところでは、ノートを貸さなかった男の非難と一緒に飲みに行こうとか誘いらしい。女子達は慇懃に断っているらしい。

「まさか、去年、僕に断られた連中かな?」

 学食で兄に話しをすると隠し笑いをして言った。

「でも、それが何で今年、あの講義を取っているのよ?」

「あいつらだったら、去年、落としたんだろ。あいつらとは、限らないわけだけど。」

「お兄ちゃんも断ったの?」

 オムライスの一部をのせたスプーンを口に運びながら、疑うように鏡華が言った。

「女をナンパしようと、他人の褌を利用しようとする奴を助けたくはないよ。」

 鏡華は呆れて、

「男達て、そんなことがばれずに感謝されると思っているの?馬鹿じゃないの?」

「恩を売って、きっかけを作ることが目的なのさ。女と付き合いたいというのは、男の性だからね。断るのも、それから来るわけだし。」

 妹が睨みつけているのに気が付いて、彼はしまったと思った。

「去年、私がいないことをいいことに、他の女の子にノートを貸して…。」

 鏡華は妄想を膨らませながら、睨みつけた。

「僕は、誰よりも美人の鏡華を見ているから、他の女の子に関心が湧かない、憐れな男の子なの。」

 カツカレーのカツを口に運び、落ち着いた調子で言った。本当は少し焦っていた。

「本当かしら。」

 そう言いつつ、少し表情を緩めた。本当は、緩めすぎないように抑えていた。

 こんな二人であるから、成績は楽勝だった。

「父さんの時代から変わっていないな。ハハハ。」

 有馬温泉の宿で、部屋で昼間買ってきた地酒を飲みながら、初瀬川父が笑った。バラバラになっている家族での旅行なのだが、なぜ有馬温泉かと言うと、初瀬川父の単身赴任先が近畿地方だからである。母は関西国際空港から、玉輝と鏡華は伊丹空港から、父は大阪にある宿舎から、そして真木は新幹線で夕食時間にぎりぎりで宿に到着していた。

「父さんは、貸してあげたの?」

 真木が少し酔い心地で尋ねた。

「貸してやるわけないだろう。赤の他人のナンパに協力してやるわけないだろう。」

「お母さん以外の女性にナンパするのも気に食わなかったの?」

「母さんのことは知らなかったよ。だいたい、まだ大学生じゃなかったんだから。」

「まだ、小学生でした。」

 わざと不機嫌な顔をして、ぐいっと盃を空にした。直ぐに夫が酒を注いだ。父は一番先に到着して、軽く温泉に入り、皆が来るまで仮眠していた。父はこういうのが好きだった。あと、4人は夕食後に温泉に入り、その間父は部屋で留守番、4人が帰って来てから、交代でゆっくりと入浴。そして、父母と真木とで酒を飲み出した。飲酒後の入浴はしない、空腹時の飲酒をしないということであるが、食事をしながらでは酒の味がわからなくなる、酒は味合わなければ、美味い酒を飲む、酔えばいいと言うのは邪道だ、というのが両親の信念というか、ポリシーというかである。だから、美味しい酒を、求めて止まない、ただし、高い酒をということもない。価格が高いから美味いというわけではないというのも信条である。今夜の酒は当たりらしく、両親は本当に美味そうに飲んでいた。

「そういう奴が女の子にもてる分けないのにね。」

「そうでもないぞ。そういう奴らが結構美味しい思いをするものだ。それは社会人になっても変わらない。ただ、そうでない生き方をしてもらいたいな、大きな成功はなくても。」

「母さんも、父さんに賛成よ。」

 長女の真木が、就職は決まっており、4月からは社会人であることもあって、二人は彼女の方を見て言った。ちなみに、単位が足りないということは全くない。

「わかっているわよ。」

 彼女もわざと不機嫌な顔をして見せた。玉輝と鏡華は、そんな3人を見ながらお茶を飲んでいた。鏡華は二十歳にまだ少し間があるが、玉輝は既に二十歳だし、大学での懇親会等で極たまにアルコールを飲んでいる。今夜も、父母は彼に勧めたが、

「寝る前に、もう一度入浴したいから。」

と言って断った。両親は無理強いはしなかった。

“お兄ちゃん。わかってもいるよね?”“貸切の露天風呂に二人静かで入ろう。”2人目は、目と目で合図していた。

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