第11話海は刺激的で

「へ~。二人とも恋人ができたんだ。」

「どんな人?」

 畝傍兄妹と初瀬川兄妹は、ファーストフード店で、兄妹どおしで向かいあって座っていた。歳の初めの約束どおり、海にみんなでゆくという約束の実行の打ち合わせなのだが、彼ら4人は早く来たため、他のメンバーを待っていた。その暇な時間に、畝傍兄妹が今付き合っている彼女、彼氏を連れて行きたいと告白したのだ。

「まあ、おいおい馴れ初めなどはゆっくり聞かせてもらうとしてだが。」

「ん。」

 初瀬川兄妹は、絶妙のタイミングで、半ばからかうような、好奇心丸出しの表情で、顔を突きだした。

“こんなところで、意気合わせるなよ。”と畝傍兄妹は心の中で、泣きそうになった。“どんなと言われても”誤魔化すように、アイスコーヒーを飲みながら、畝傍兄妹は互いをちらっとむ見た。それをめざとく見つけた初瀬川兄妹は、呆れる表情で、椅子の背もたれにからだを預ける、アイスティー、ストレートとレモンをそれぞれ口に持ってゆき、

「まさか、妹似の彼女、お兄ちゃんみたいな彼氏と言うんじゃないだろうな?」

 初瀬川兄に核心を、いい当てられ二人は絶句した。すかさず、初瀬川妹から、

「シスコン、ブラコン。」

という言葉を浴びせられた。初瀬川兄妹は、自分達は玉輝に、鏡華に恋しているのであって、妹だかに、兄だかに恋しているのではないから、自分達はシスコン、ブラコンではないと思い込んでいる。

「何だよ。相思相愛になった相手が単に妹に似てただけだ。そういうお前達だって最近、仲がいいじゃないか?」

「そうよ。私だって、たまたまだったのよ。…それに、…あんなに仲が、悪かったのが嘘のようじゃない、あなた方?」

 顔を真っ赤にした畝傍兄妹の必死の反撃にも、初瀬川兄妹は涼しい顔でいた。

「受験勉強中は、家事を俺の分まで文句も言わずにやってくれたからな。感謝して、見直した、だけだよ。それに、まあ、他人から見て、一応美人だということも客観的に認めないと悟ったんだよ。」

「一応は余計よ。私も受験の時は、家事をかなりやってもらったし、勉強も見てもらったしね。教えることは上手いのよね。あんまり毛嫌いするのは、悪いかなと思っただけよ。」

 二人とも、嫌嫌ではあるが、忌まわしいという表情で、互いに反対側に顔を向けた。畝傍兄妹は、互いの不満を口に仕掛けたが、それも揚げ足を取られそうなので、黙るしかなかった。ここまで来てしまうと、少し悪かったと、初瀬川兄妹も思わざるを得なかった。慌てて、

「彼女、彼氏を連れてきていいんじゃないか。俺は歓迎だし、反対する奴はいないんじゃないか?」

「私も、二人の彼女、彼氏を見たいしね。きっとみんな同じよ。」

 畝傍兄妹はそれを聞いて、少し機嫌が、直った頃、皆が順次やって来た。二人の彼女、彼氏の参加に反対する者はいなかったが、初瀬川兄妹以上に二人をからかった。相談がほぼ終わったら、水着のことに話で弾み始めた。鏡華はすでに買ったと言ったが、事実だった。玉輝に見せながら選んだことは伏せたが。

“お兄ちゃんだけにしか見せたくない水着なんだけど。”

“他人が、あれを着た鏡華を見ることを、忘れていた!”

 心の中で後悔する初瀬川兄妹だった。

 数日後、彼らは出発した。一行は20人になっていた。もちろんというか、初瀬川姉もどこから聞きつけたか、加わっていた。車の運転免許を持つものが半分以上を占めていたが、一行は列車移動ということになった。海岸の安いコデージを借りての二泊三日。

“鏡華の水着姿。誰よりも色っぽい。これは犯罪だ、拷問だよ、誰も見るな!”

“お兄ちゃん。他の女の子の水着姿に鼻の下を伸ばしたら浮気心だからね。あ、浮気だよ!どうしてお兄ちゃんが近づく、お兄ちゃんが素適だからって、誘惑しないで、近づかないで!”と心の中で叫ぶ初瀬川兄妹だった。

 とはいうものの、二人は何とか巧みにビーチバレーでも、泳ぐのも、砂浜で城やら作るのも、同じ組になって、海を満喫していた。もちろん、

「どうして、くっついてくるのよ、むさ苦しい。」

「それはこっちのセリフだよ。陰険な小姑がいたら、ナンパもできない。」

と言い合いをする。その度に、

「もう、二人とも海まで来て、ケンカはしないの!」

と言って真木が割り込んできて、すかさず玉輝の腕にしがみつく。鏡華が直ぐに引き離しにかかり、それを利用して玉輝は真木の腕から、スルリと逃れる。

「お~い!早く来いよ!」

と呼ぶ声に、

「お姉ちゃん。早く行こう。」

 鏡華は真木の手をつかみ引っ張っていく。少し離れて玉輝が二人の先をゆく。“こいつら!”と真木。

 午後、皆が喉が渇いたということで、玉輝と黒田の二人が、買い出し係となった。

「しかし、お前の姉さんも、妹さんも、本当に美人だな。」

 買い終わって、エコバックをぶら下げて戻る途中で黒田が言った。

「まあ、そうだな。二人とも、俺には似ず、美人だな。」

「おや?随分素直じゃないか?妹となんかあったのか?」

 からかう黒田に、初瀬川は、

「客観的事実は認めないとな。」

「お!大人になったか?」

 鏡華に視線を向ける周囲を見て、あらためて彼女が美しい女性だと感じて、誇らしくもあり、心配でもあり、複雑な気持になった。

「ん?」

 急に初瀬川が立ち止まった。

「どうした?」

「鏡華?」

 初瀬川が駆けだした。慌てて、黒田も駆けだした。初瀬川のバジル先に数人のグループが、女性一人を囲む数人の男達。

「お兄ちゃん!」

 女性が大声で叫んだ。続けて

「鏡華!」

 一瞬、ほんの少しひるんだ隙に、自衛隊の護身術から習った動きで手を振りきって、初瀬川妹は、兄のところに飛び込んだ。そのまま、妹の肩を抱いて背を向けて去ろうとする姿に、男達の一人が歩み寄ろうとしたが、他の一人が止めた。黒田も追いついて、二人と並んだことと、周囲のざわめきを心配したらしい。

「あんなブラコンの年増なんかどうでもいいか。」

「あんな大女、好みじゃないしな。」

捨て台詞をはいて、周囲を威嚇しながら行ってしまった。

「鏡華!」

 畝傍妹が、みんなを連れて駆けてくるのが、見えた。実は、彼女の一押しプリンを頼むのを忘れたと言い出し、一緒に初瀬川兄達を追いかけようと初瀬川妹と歩いていたら、さっきのグループに囲まれてしまったのだ。隙を見て、初瀬川妹は、畝傍妹を逃がしたのだが、一人で彼らと向かい会うことになったというわけである。

「ごめんなさい。ハッセー。」

「いいんだよ。」

 初瀬川兄が妹に代わって言った。妹が震えながら抱きついたままだったからだ。女性としては背が高い、古武道を習っている、護身術を、習っていてもやはり怖かったのだ。ここで、兄に抱きついてはダメだと思いつつも、体が言うことを聞いてくれない。“俺もびびったからな。”平然とはしていたものの、自分のだらしなさに恥ずかしく、ここをどうすればいいか思いつかなかった。それなのに、同時に、裸すら慣れているはずなのに、互いに体から発する磯の香りと露出した体の感触に、異常なほど心臓が高鳴っていた。みんな冗談やツッコミをいくつも思いつつも、震えて抱きついたままの初瀬川妹とそれを優しく抱きしめる初瀬川兄にそういうことを投げつけられなかった。ただし、真木だけは、

「二人ともみんなが見ているから、とりあえずコテージに帰ろう。」

と言い出すことが出来た。

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