第10話初詣はケンカはしないから
「どう玉輝、似合う?」
姉の真木に言われて、
「姉さん。きれいだよ。」
と玉輝は言わざるを得なかった。鏡華がふくれっ面をしていても、みんなの手前、彼女を褒められない。実際に綺麗ではあったのだが。分かってはいても、面白くない、鏡華だった。それをいいことに、
「うれしい玉輝!」
とこれ見よがしに、真木は玉輝にすがりつく。益々、鏡華はご機嫌斜めだ。
「お姉さんと仲いいね。」
「お姉さん、ブラコン?」
「うちの姉さんがこんなに優しくて、可愛かったらな~。」
「ちょと、どういうことよ?私だってね、弟が玉輝君のようだった別ですよ~。」
「二人、こんなに仲良かった?」
「いや、悪くはなかったと思うけど…。」
玉輝と鏡華の同級生達が、言いたい放題の中、玉輝と彼の腕にしがみつく真木は仲のいいカップルのように見える。その時、鏡華はピンと閃いた。
「お姉ちゃん!こんな馬鹿兄貴とくっついちゃ駄目!クソ兄貴、姉ちゃんから離れろ!お姉ちゃんは私と初詣に行くのよ!」
鏡華は、二人の間に割り込み、二人を引き離しにかかった。
「その手できたか。」
「何時までも、お姉ちゃんの思い通りにさせないわよ!」
二人の視線が火花を散らした。
玉輝は、このタイミングを上手く利用して、するりと腕を外した。”ありがとう、鏡華!““お兄ちゃん、やったよ!”と二人が目で祝福した。“この二人は~。”と真木。
「二人とも、ケンカしないの。3人で仲良く。」
空いている腕を差し出した。
「3人並んで歩いたら、他人の邪魔になるからいいよ。」
「そう、そう。だから、お姉ちゃんは私とだけ。」
“くっそ~。“上手くやったでしょ!”“よくやった!”
近くの愛宕神社で、玉輝と鏡華とその友人達、それに加えて真木との初詣は、人混みの中、人の波に揉まれながら、何とか終わった。
「何よ。鏡華の着物姿ばかり見て!」
「言いがかりだ。お前こそ、玉輝ばかり見ていたじゃないか。」
そんな痴話げんかも聞こえてきた。何故か、二人の同級生どうしからカップルが出来ていた。
「なんか合同デートみたい。恋人のいない玉輝はわたしが。」
「ダメ!お姉ちゃんは、わたしと。」
まだ、諦め切れない真木を鏡華が必死に引っ張った。
「あんた、真木さんばかり見て。姉交換してあげる?」
「つねるなよ。できたら、大歓迎だよ!でも、玉輝は卒業式までに何人も告白されたんだよ。」
”その話題はよしてくれ。また、鏡華が怒る!“と思ったものの、顔には表さず、
「そんなことより、大学受験はどうなんだ?」
この切り返しは、効果がありすぎて、雰囲気が一気にどん底になった。
「鏡華はいいわよね。昨年合格のお兄ちゃんが、つきっきりで勉強を教えてくれるんだもんね。」
一同の雰囲気は、不公平だ、に変わった。
「まあ、馬鹿兄貴は、勉強の教え方は上手いから、そのことだけは感謝してるわ。」
「落第でもしたら、両親の負担になるし、ひいては僕にも関係してくるからな。低脳、頑張れよ。」
「フン!」
“話題を変えないと”と誰かが思ったのか、
「鏡華も、卒業式には告白が一ダースはあるわよ。今のうちに、解答を考えておいたほうがいいのではないかしら?」
“やめて~。お兄ちゃんは、焼き餅焼きなんだから。”
「妹がもてるのは、悪い気持ちはしないな。こんなのが、どこがいいのか理解不能だけど。」
「恋は盲目とは、ほんとうね。こんな最低男と付き合いたいなんて言い出すんだものね、何人も。」
そう言って睨み合う二人は、
“お兄ちゃん、やっぱり焼き餅焼いている。違うんだから。”
“鏡華が嫉妬している。全部、即答で断ったんだよ。”
と心の中で叫んでいた。
「今年も、みんな、合格だといいね。」
ここにいる昨年受験組は、玉輝をはじめ全員合格している。昨年の合格発表の時は、鏡華は授業があっていけなかったが、今年は玉輝は一緒に見に行くつもりだし、鏡華もそうしてほしいと思っている。ただし、抱き合って喜ぶことは出来ない。二人で皮肉を言い合わなければならないと思うと少し憂鬱ではある。さらに、子供思いの両親も休みを取ってやって来る。昨年は、二人で抱き合って喜べたのは、合格発表三日後だった、その間のつらかったこと。その辛さが増すわけである。でも、それを耐えた後の“フィナーレ”は感動的だったことも思い出した。今年は、更に高まるかもという期待も出てきた。心の中まで通じているのか、玉輝と鏡華は同じ異なるを思いやり浮かべて、心の中でヨダレを流さんばかりだった。「二人とも、何ぼ~としているのよ。行っちゃうわよ。」
幸いにも、外見上では、その程度だった。
「行くわよ。馬鹿兄貴。」
「阿呆みたいにぼ~としていた奴には言われたくはない。」
「フンだ。」
「二人も賛成だよね?」
「?」
「?」
「なんだ、聞いてなかったんだ。夏になったら、ここにいるみんなで海に行くという計画よ。」
「そんなことは、合格してから考えることだろ?」
「今は、そんなこと考える時でないでしょう!」
二人は、呆れたが、皆は乗り気で、
「それは、私も入っているのよね?」
と一番はしゃいでいたのは真木だった。
「もちろんですよ。」
と言ってしまって、彼女からつねられたり、姉ににらまれたり奴がいたが、女性達も歓迎だった。
「姉さんは、就職活動の時期じゃないか。」
とこれまた、呆れてしまったが、合格後の喜びの場面、数日分のを思い浮かべる方に頭がいっていた二人だった。
「何で、まだお姉ちゃんがいるのよ。」
鏡華は、某大学経済学部に合格した。もちろん、玉輝が在籍している。国立であり、偏差値は高いが、日頃の鏡華の成績、学力から見れば妥当な上限というところだったが、両親は喜んでくれた。昨年の玉輝の時同様に。両親が、わざわざ祝うために帰って来てくれたことは嬉しい。でも、早く二人で思いきり、喜びあいたいと玉輝と鏡華は、両親に悪いと思いつつもじりじりしていた。両親が単身赴任先に帰った時、心の中でわびつつ喜んでしまった。なのに、である。姉の真木だけが帰ろうとしないのである。
「だって~、大学はもう休みだし、その間、帰省しているのが常識でしょう~?」
と悪戯っぽい笑顔を鏡華に向けた。真っ赤になって、黙って 怒る鏡華に更に、小馬鹿にするようにニヤニヤして見せた。玉輝が、鏡華の肩に手を乗せた。少し落ち着いたように感じられた。
「私のことは気にしなくていいわよ。どうせ、もう知ってしまったわけだし。」
「気にするなと言われても…、気にしなくていいのね、お姉ちゃん?」
決意を込めた鏡華の怖い顔に真木は思わずたじろいだ。鏡華は、椅子から立ち上がった。
「お兄ちゃん!」
その声の調子で、玉輝は自分も立ち上がらないといけないと感じた。ゆっくり立ち上がった。二人は向かい合った。真木は、これから何が始まるのか、と恐れすら感じた。ゴクリと3人がつばを飲み込んだ。
「お兄ちゃん!また、一瞬に登校出来て嬉しいよ~。」
鏡華は甘えた声を出して、玉輝に抱きついた。
「鏡華。よく頑張ったな。一緒に、手はつなげないけど、登校出来るだけでも幸せだよ。」
玉輝も、当然のように抱きしめ抱きしめた。
「お兄ちゃんが勉強を見てくれたおかげだよ~。お兄ちゃんに喜んでもらえるのをまっていたんだよ~。」
お互いに相手の体臭を嗅ぎあい始めた。真木は、あまりのことに、椅子からずり落ちかけた。慌てて座り直したが、なかなか声がでなかった。ようやく脳内事情が落ち着いて、
「ちょっと、あんた達何始めているのよ。しかも、姉の私の前で。」
その声に、振り返った鏡華の表情は、怖いくらいに妖しい笑みが浮かんでいた。
「だって、お姉ちゃんが自分のことは気にしなくていいって、言ったじゃ~ない。だから、いないと思って行動することにしただけよ~。ねえ、お兄ちゃん!」
「確かに聞いたよ。」
二人はそのまま唇を重ね、ディープキスを始めた。長い長い口づけが続き、二人が抱き合う力がどんどん強くなるのが真木にもわかり、互に相手の体を潰しかねないようにすら真木には思えた。
「あんたら、何…、そこまで…、一線越えちゃったんじゃないでしょうね?」
テーブルをバンと叩いて立ち上がった。その時、二人は一旦唇を離したところだったが、二人の間に唾液の橋ができ、それは真木の目には輝いていたようにすら見えた。二人は、その橋が切れるのを恐れるかのように、急いでまた唇を重ねた。言葉を失って凝視する姉を前にして、また長い口づけを続けた。
「いい加減にしてよ!羨ましい!」
後半、失言したことを自覚する前に、二人は口づけを終え、抱き合う力を緩めて、姉の方を向いて、
「越えるわけないじゃないか、僕達兄妹なんだから。僕は、童貞だよ、恥ずかしいけど。」
「私は処女だから、心配しないで。でもね、お兄ちゃん。」
「ん?」
「浮気は駄目だからね!童貞は恥ずかしいからとか、何ごとも経験だとか言って、どんなことでも、他の女とやるのは浮気だから、絶対許さないからね。」
「お前は…、分かったよ、絶対浮気はしない、約束する。」
「嬉しい!お兄ちゃん!私も浮気しないと約束してあげるね!」
真木は本当に呆れたというポーズを取った。
「この変態兄妹、本当に呆れて、もう何も言いたくないわ。全く、そういうセリフは私に言ってよね、玉輝。」
終わりにまた失言したことに彼女は気がつかなかった。その日はこれ見よがしに、玉輝と鏡華は、一緒に風呂に入り、同じベッドで手をつないで眠ったのだった。
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