第7話邪魔者は

「盛大なあくびだな。」

 初瀬川は、同級生の黒田からからかわれた。確かに、かなり大きいあくびではあったが。

「みんな同じでしょう、一応みんな同じ受験生なんだから。あんたが例外なのよ。」

 白瓜が割って入った。

「何だよ。それだと俺が勉強していないみたいじゃないか。」

「模試の結果はどうだった?」

 白瓜は、黒田の抗議を無視して皆に尋ねた。

「まずまずだったよ。」

 初瀬川は、正直に答えた。お互いの成績を気にしながら、初詣の計画をし始める友人達を可笑しそうに見ていた。

「自分一人、部外者だと思っているな?」

と誰が気が付く。

「鏡華ちゃんの和服姿は素敵だろうな。」

「ふん。馬子にも衣装という程度だぞ。」

「あら、今日は割と寛大ね?」

 白瓜が、探るような、いたずらっぽい視線を向けると、皆もそれに習う。

「受験講習に行っているから、買い物も、食事の支度も妹にやってもらっているせいかもしれないな。」

 大きなため息をついた。いかにも、困ったものだと言うように。

「それではしかたがないわね。私も弟に、いろいろ押しつけているもんね。」

 八重山姉が半ば自慢げに胸を張った。

「お前の弟は、優しい!」

 泣かんばかりに、畝傍兄が声をあげた。

「俺の妹は、絶対そんなことはしない。」


「私なら、兄貴に、スーパーの値引きになっている弁当を買って食べなさい、って言ってやるわ。」

 2年生の教室で、畝傍妹が断言していた。鏡華は少しふくれっ面をして、

「来年は、馬鹿兄貴にやらせるから。文句を言わせないわ。」

「いや、それでも鏡華ちゃんは優しいよ。姉貴は、絶対やってくれないから、来年は!」

 八重山弟が諦めきっているという感じで割って入った。

「そうよね!それなのに、あいつったら感謝が足りないのよ!」

 手を握りしめて、震えながら強調した。みんなが、静まって見つめられてしまったので、やり過ぎたかなという感じで、いつもの愛らしい顔に戻した。そして、周囲では、初詣の計画が進んだいた。


「ただいま!」

 玄関で玉輝の声が響いた。疲れているが、嬉しそうな響きがした。鍵を開ける音で気が付いていた鏡華だったが、いかにも不機嫌そうな顔で、足音も高く、荒々しいという感じで台所を出て、玄関に向かって歩いてきた。そして、兄一人であることを確認した。玉輝は家の中にいるのが、妹一人だということを妹の態度からわかった。二人は向かい合い、頷き合った。

 鏡華は、愛らしい姿勢に変わり、にっこりと頬笑んで、

「お兄ちゃん、お帰りなさい~。ご飯にする?それともお風呂にする?それとも、わ、た、し?」

 玉輝は、優しく頬笑んで、

「どれも捨てがたいけど、腹が減っては、というから、まず、食事にしようか。」

 二人は腕を組んで、廊下を歩き始めた。

「ところで、エコバッグに何か入っているけど、何か買ったの?」

 食卓の支度をしながら鏡華が尋ねたのは、玉輝が着替えを済ませて台所に入ってきた時だった。

「お前に頼まれていた、スーパーの見切り品、半額が結構あったから。」

 マグロの刺身、鯨の赤身、ブリ、鰻の蒲焼きなど数点あった。

「結構あったね。」

 玉輝は、醤油、オイル、味噌、塩漬けなどにした。翌日、一部はそのまま食べたり、照る焼き・天ぷら・竜田揚げなどにして冷凍保存しておくのだ。

「鰻の消費期限は今日だけど、あさってくらいは大丈夫だろう。」

「お父さんが言っていたもんね。」

 父の仕事がその方面であり、単身赴任の実生活で実践と言うか、実験と言うかをやっている。

 二人とも準備が出来たいので、食卓について

「いただきます。」

 しばらくして玉輝が、

「僕を待っている必要はないぞ。先に食べてていいぞ。寝るのが、遅くなって。」

 鏡華が、箸の端で兄の唇を抑えた。少し怒ったら目で見つめる。

「お兄ちゃんは、私のことを心配してくれているのはわかるよ。でも、お兄ちゃんと一緒に食べないと美味しくない!お兄ちゃんと一緒にベッドに入らないと眠れない。お兄ちゃんはどうなの?」

「鏡華と一緒にたべないと食事は不味いし、一緒に寝ないとよく眠れない。」

 玉輝は真面目な顔で言った。鏡華は、それを聞いてにっこりして、

「そうよね、そうよね。はい、お兄ちゃん、あ~ん。」

 そうこうして、いつも通りに、二人は同じベッドで眠りについた。翌日、日曜日、ゆっくりまどろんで、互いの顔を見つめ合っていた。“妹ながら、本当に美人だ、だ、可愛い。”と思って鏡華を見つめていた玉輝の顔が急に引きつった。

「お兄ちゃん?どうしたの?」

 玉輝の顔がゆっくりと背後を見ようと動いた。その動きを、鏡 華の視線が追った。

「お腹が減ったよ。」

 眠そうな声が聞こえてきて、顔が二人の視野に入った。

「姉さん!」

「お姉ちゃん!」

 玉輝の背後には、寝ぼけ眼の、そして素っ裸の、二人の姉の真木がいた。

「う~、寒い~。玉輝~暖めて~。」

 玉輝の背後から抱きついた。当然、そのたわわな乳房も目一杯押しつけていた。

「やっぱり玉輝は暖か~い。玉輝も熱くなっていいのよ~。下の方もね…。」

 二人は、突然のことにどうしていいのか分からなくなった。それでも、目の前に怒りで世界を破壊してしまいかねない表情の鏡華が気が付いて、慌てて、

「姉さん!離れろよ。離してくれ!」

 姉の手を外そうとしたが、彼女は力を緩めず、彼も力任せに外すわけにもいかず焦った。ようやく鏡華が、我に帰って、

「お兄ちゃんから、離れなさいよ。離すのよ!」

 こちらは、もう力任せに、強引に引き剥がそうとした。痛みで姉が手を離すと、兄を引っ張って自分の隣に引き寄せた。

「お兄ちゃんの浮気者!裸のお姉ちゃんに抱きついて!」

「なに言っているんだ。どこ向いているんだ。だいたい、…そもそもどうして、姉さんが僕のベッドに裸でいるんだ?」

 泣かんばかりに、両手で彼の胸を叩く妹を押さえて、玉輝は振り返って姉を睨んだ。真木は、どうして自分が怒鳴られるのよという顔で、

「だって、友達と飲んでいたら遅くなって、ここに帰るしかなくなって、二人を起こすのは悪いと思って、パジャマを探すのは面倒くさかったから、しかたがないから、あんたのベッドに入っただけじゃない。」

 だからどうした、フン、言った顔である。

「だからって、僕のベッドに潜り込むなよ。」

「そ、そうよ。お姉ちゃん、非常識過ぎるわよ!」

 二人の剣幕に一瞬おされたものの、直ぐに立ち直って、

「なによ、大したことじゃないでしょう、…てか…あんた達こそ、玉輝のベッドで二人で寝ていたのよ…どういうことよ?」

”しまった“と二人は同時に心の中で叫んだ。そして、思わず互いを抱きしめた。

「ちょっと、あんた達…、仲が悪いというのは…そういうことなの。ふ~ん。」

 意地悪そうな視線を二人に向けた。

“どうしよう”

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