めでたしその後

 こうして。

 何にもできないコミュ障はたった一つの小さな願いを叶えたのでありました。

 めでたし、めでたし。

 ……。

 …………。

 ……………………。

 意識がぷかりと浮上する、めでたしで終わったはずなのだけどどうやら続きがあるらしい。

 遠くから声が聞こえて来る、一つは聞き覚えのある声、もう一方は聞いたことがないやたらと渋みの効いた声。

 何を言っているのかはわからなかった。

 目が開きそうだったので開いてみる、ぼんやりと天井らしきものが見えた。

 タイミングよく渋みのある声が聞こえてきたので、そちらに視線を移してみる。

 渋い声の主は白いガチムチだった。

 でかい、しろい、きんにくのかたまり。

「……っ!!? ……ひぃっ!!? 白い筋肉……!!?」

 悲鳴を上げてから、白いのはそのガチムチが白衣を着ているからだということに気付く。

 しかも全くサイズがあっていないのだ、パッツパツのピッチピチ、そのせいで余計に筋肉が強調されているらしい。

 いったい誰得なんだ。

 てゆーか雪だるまみたいね。

 なるほど筋肉ダルマが白衣を着ると雪だるまになるのか。

 無駄な雑学が増えたなあ。

「お前……やっと目を覚ましたと思ったら第一声がそれなわけ? というか再会してようやく喋ったまともな言葉がそれなの?」

 聞き覚えのあるイケボにテンションがゴム毬のようにびょびょーんと上がった。

「あ、あわわ……あわわわわぁ……おひさっ……し、ぶり…………っ!!」

 雪だるまから視線を逸らすと贅沢なイケメンのかんばせが目に飛び込んできた。

 うひゃあぁぁあ……がんぷく……

「ああ、久しぶり。で? お前あんなとこで何やってたの? ……まさかとは思うけど、オレのこと止めようとしてた? お前みたいな非力な女が?」

 が、眼光が鋭い……

 しあわせ。とけていい?

 でろんでろんに、とけてもいい?

「おい、聞いているのか?」

「…………っ!? えと、誤解……顔見にきた、だけ……ちらっと、だけ。邪魔する気、ない……よ」

 あなた方の喧嘩を止められるだなんて思っていない、だって私はコミュ障の上にご存知の通り非力だから。

「…………止めにきたのではなく?」

「顔見れれば、じゅうぶん……」

「ひょっとして、会いにきたわけでもなかった?」

「いえす」

 首肯すると何故か深々と溜息をつかれた。


 少し話しをした後、あの人は部屋を出ていった。

 話によるとここは病室で、雪だるまみたいなガチムチはなんとびっくりお医者さんで、ここは病室であるらしい。

 ふとましい太ももを撃たれて貧血起こして気絶した私を、あの人がここまで運んできてくれたらしい。

「ところでお前さん、これからどうするんだ?」

 雪だるまみたいなお医者さんに問いかけられて、少しだけ考える。

「え……? …………帰ります……?」

「帰るったって、どうやって」

「……? 徒歩で……」

「徒歩でぇ?」

 いや無理だろうと呆れ顔を向けられる。

 確かに足を負傷しているし普段出不精のせいで体力ないけど、それでも歩くことくらい…………できるといいなあ……

「あー……そうかお前さん、ここがどこだか理解しとらんのか、ほれ見ろ」

 と、雪だるま先生がカーテンをオープン。

 窓の外を見て、多分目が点になった。

「え……あおい……下がまっちろけ……え、なぁにあの謎のもくも……く、雲ぉ!!?」

 やけに視界が青いなあと下を見たら、なんと仰天、そこに広がるのは真っ白な雲だった。

 え? やだなにここお空? 空なのここ?

「ここはうちの空中要塞だ」

 そう言えばあの人の本拠地ってでっかい空中要塞だった。

 しかし何故私がこんなところに?

 足の怪我を治療してくれたのはいくら感謝しても足りないくらいだけど、その辺の病院に運び込んで放置してもらったほうが嬉しかったなあ……

「……で、どうやって徒歩で帰るんだ?」

「ぱ、ぱらしゅーと……?」

「下は大海原のど真ん中だぞ?」

「お、およげば……おけー?」

「お前さん、泳げるのか?」

「あいあむ……かなづち…………つんだ?」

「詰んだなあ……」

 おおう、帰る方法が一個も思いつかない……

 どうしよう。

 途方にくれる、ってこういう状況か、一個学習して私はちょっとだけ賢くなった。

「……わたし、ひょっとして…………かえるほうほう、ない?」

「普通に考えれば無理だなあ……」

「おー……まい…………がー…………」

 え? じゃあこれから私どうすりゃいいの何すりゃいいのてゆーか生きてて平気なのひょっとして殺されるの??

 死にたくはないけど滅茶苦茶生きたいわけでもないんだよねえ……

「……これから、どうすれば」

 頭を抱えてうんうん唸っていたら、病室のドアが開いた。

 入ってきたのはあの人だった。

「ああ、帰ってきたか。で? どうなった? このお嬢さんの今後」

 雪だるま先生がそう問いかけると、あの人はベッド脇の椅子に座りながらこうのたまった。

「こいつは慰み者にするっていうことで決着がついたよ」

「なぐさみもの…………?」

 え? なに私輪姦まわされるの?

 イケメンを拝んだ代償重すぎやしないだろうか???

 なんでさ私はただちょっとだけイケメンの麗しいかんばせを見たかっただけなんだけど?? 遠目にちらっと、ちらっと一瞬だけでよかったのに??

 そんなに罪深いことだったのだろうか??? 裸とかだったらまだしも、顔だけなんだけど?

 いや確かにそのくらいの価値はあるのかもしれないけど……

 てゆーかここの人って、ほとんどガチムチじゃね? テレビで見たことあるよっていうかさっき見たよ。

 そんなのに輪姦まわされたら、普通に身体ボロ雑巾だよね? 骨とかバッキバキに折られてタコみたいにされたり……

 太ももに正の字刻まれたり、危ないクスリ使われたり……噂のアヘ顔ダブルピースとか?

 二次元でなんとなく知ってしまったアールなネタがいくつか脳味噌を駆け巡る。

 あれ? 私、廃人まっしぐらコース不可避では?

「……ぞうきで……ぞうきでごかんべん、を……」

 見知らぬガチムチに輪姦まわされてタコになるくらいなら、臓器全部取られてお亡くなりになる方がまだ苦しくないのでは?

 いたいのやだこわい。

「…………はあ?」

 麗しのかんばせが不機嫌になった。

「血……血とか髪も全部抜いて……ええとあとは角膜とか……?」

 人体で他に価値があるものってなんだっけ? 脳味噌とかって使えたする?

 いや、脳味噌は多分なかった気がする。

 ええと、そうすると金になりそうなものは臓器と血、角膜、かろうじて髪……ええとそれから……

 はっ……!!?

「骨髄……!! 骨髄も多分お金になる……!!」

「いやお前何言ってんの?」

 また意味不明なナマモノを見るような目で睨まれた。

 うへぇへへ……美麗だあ……

 笑っている顔よりもそういう風に何かを鋭く見据えているその顔が一番大好き。

 その目で見られるとお脳味噌がどろっどろに融解してしまいそうになるんだよねえ、ぐぇっへへへへぇ……

 ……じゃなくて。

 冷静になれコミュ障、流石に自重しないと本当にやばいことになるぞ。

「……えーっと、その……臓器幾つ分で……お金、足ります……?」

「……何の金?」

「……治療費は確定で、あとは……運賃? いや……滞在費……?」

 慰みものにされるということは、されるだけの損害を私がこの人に与えたということなのだろう。

 ……か、ここに置いておかれるだけでそれだけの損害が出てしまうということなのか。

 働かざる者食うべからずってことだったりするのだろうか? それなら一思いにぽいっと捨ててもらったほうが……

 というかもういっそ、自分で飛び降りた方が早いかな?

 下は海らしいし、うまいことぷかーっと浮かび上がって浮き続けていられたら、ひょっとしたら助かるかも?

 奇跡レベルの可能性に、掛けてみちゃう?

 窓を振り向く、これ開けられるのかな?

 レッツゴーと私の中の天使と悪魔が可愛らしく囁いてくる。

 行っちゃう? やっちゃう?

 拳骨された。

「いぎゃあっ!!?」

 今とても理不尽な暴力を食らった気がするのだけど!?

 痛い、超痛い、泣いちゃいそう。

「……お前、今何考えた?」

「い、た……い」

 それ以外に何も考えてないのだけど、それがどうしたのだろうか。

 痛い、頭蓋骨にヒビが入ったかもしれない、痛い、とても痛い。

 頭を抱えて唸る、痛い以外に何にも考えられない。

 呻いていたら舌打ちっぽい音が聞こえた。

「……死んで逃げようとしただろう? 逃がすとでも思った?」

 死んで逃げる、っていうか逃げて生きてりゃウルトラにミラクルなラッキー、って感じだったのだけど。

「だっ、て……いたいの、やだ……まわされたくない…………」

 痛みで涙がぼろぼろに溢れる、どうしようシャレにならないくらい痛い。

 軽率でしたごめんなさい、イケメンの顔を生で見ようとしたこのコミュ障が悪いんだあ……

 せめてテレビに映ると期待してワクワク待っているくらいが関の山だったんだ……

 コミュ障には不相応な事をやりました、ごめんなさい。

 でも後悔はしてません、反省はしてるけど。

「…………はあ?」

 不機嫌そうな声だった、多分この程度で泣きじゃくりはじめた私にイラついているのだと思う。

 でも痛い、あと輪姦されるのもやだ。

 あれ? なんか暗くなった?

 息がうまくできない、からだがふるえる。

 あとなんかぜんたいてきにつめたい。

 きもちわるい、はきそう。

 あ、これしってる、まえにもあった。

 かこきゅう。

 せいしんてきしょっくによる、にくたいてきなぜっふちょう。

 こころがよわいこみゅしょうには、まれによくおこるげんしょう。

 おちつけこみゅしょう、くちおさえろ。

 あれ、うで、あがらな……

 くらい、くろい、くるしい、きもちわるい。

 とおくからいけぼがきこえる、あせってるげ?

 しぶいこえもきこえる、たぶんあわててる?

 て、あったかい?

 よくわからないけど、おちつこう。

 だいじょうぶ、わたしこみゅしょう。

 こういうの、わりとなれてる。

 よくある、から。

 ふっかつも、ひかくてきはやい。

「……い、おい! しっかりしろ!!」

「……う、ぁ…………ごめんな、さ……ぃ」

 あの人の声がちゃんと聞こえるようになる、暗かった視界も元に戻った。

 まだちょっとちかちかするけど、もう大丈夫。

 頑張ったコミュ障、頑張ったよ。

 まだなんとなくふらふらするけど、一応正常な状態に戻ったらしい。

 あー……苦しかった。

「……悪かった。さすがに言葉足らずだった」

 ひとまず息を整えていたところで、なんでか知らんが謝られた。

 なんで?

「……慰み者っていうのはただの名目だ。そういうことにしておいた方が都合が良かったからそうしといただけだよ」

「めーもく……? まわされない?」

「ああ。安心しろ、誰にも触らせないから」

 柔らかいものを抱くように抱きしめられた。

 あったかい。

「なら……あんしん…………」

 冷たかった指先が少しずつ暖かくなっていく。

 とりあえず私は廃人にならなくてもすむらしい。

 だけど違和感。

「……なぐさみもの、それでいいの?」

 慰み者ということはつまりはそういう事をする必要があるのだろう。

 でも、『誰にも触らせない』のなら慰み者として機能しないことになる。

 コミュ障、ちょっと意味がよくわかない。

「いいんだよ、それで。……オレのだって言ってきたから。手ェ出したら千切ってから殺すって脅してきたから安心しな」

「ふーん……」

 千切るってやっぱり男の人のアレのことなのかなあと思って、違和感。

 今なんかとんでもないワードをさらっとスルーしてしまったような。

 …………。

 いま、この人『オレの』って言った?

 何が『オレの』?

 どうしよう、文脈的にこのコミュ障以外に概要するものがない……

「…………………あばっ!!?」

「どうした突然奇声上げて……いや、いつも通りだけど」

 え? 私『オレの』なのそう言う事になってるの?

 恐れ多過ぎない???

 えまって状況がよくわからな……

 咳払いが聞こえた、渋い感じの。

「あー……お前さんら、いちゃつくなら別のとこでやれ?」

 雪だるま先生が呆れたような顔でこっちを見ていた。

「もう部屋連れ込んでも平気ならそうするけど」

「まだ安静にしといた方がいいから手は出さないどけ」

「じゃあ我慢して」

 平然と行われた会話についていけなかった。

 この人今、なんて?

 連れ込……?

 いや名目……?

 手を、出す?

「だうと……」

 それだけ絞り出すように言って、意識がまた遠ざかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

走れコミュ障 朝霧 @asagiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画