走れコミュ障
朝霧
走れコミュ障
空賊が来襲してきた午後2時半、絶対に家から出るなとあの子から念を押された私はその忠告をさらっと無視して、イケメンの顔を拝むためだけに無法地帯と化した街に飛び出したのだった。
あちこちで銃撃戦が起こっていた、街の警備員さん達VS空賊の皆さんで。
銃撃戦も起こっていたけど、普通に殴る蹴る斬る吹っ飛ばすといった肉弾戦も起こっていた、っていうか空賊の皆さんめっちゃガチムチだなあ。
筋肉ダルマってああいうのをいうと思うの私。
だけど構わず私は走る。ガチムチなんぞに興味はねえ、興味があるのはあの細マッチョのみなのだ!!
虚弱体質なコミュ障だけど、走るくらいの事は出来るのだから。
行き先はわかっていた、いつかこういうことがあってもいいようにあの子のスマホにちょっとした細工をしておいたからあの子の位置情報はいつだって私に筒抜けだ。
機械音痴で素直なあの子を騙した罪悪感はあるけど、バレた時に謝ればきっと許してくれるだろうと勝手に思っている。
あの子がいるところにきっとあの人がいる、あのイケメンがきっといるのだ。
さあ、走れコミュ障、あのイケメンのかんばせを拝みにいくのだ!!
2分走ったところで限界がきた。
「うぇ……っ!! ゲホッ……」
ぜえぜえと息が上がる、呼吸するためだけに酷使した喉がめちゃんこ痛い。
あとあちこちで銃撃戦が起こってるせいで耳が痛い、喉よりマシだけど。
それでも走れコミュ障、あの麗しのかんばせを見るためには努力せねばならんのだ。
「……むり」
身体が走る事を全力で拒否りだしたので、仕方ないから歩くことにした。
虚弱体質ってやーね。
あちこちで人が殺し合っている横をのろのろと歩く。
殺し合いに巻き込まれないように注意を払って、目的地へと一歩一歩着実に。
かたつむりみたいな足取りで、それでも先へ先へ。
途中で警備員さんに逃げろとか避難しろって叫ばれたけど、さらりと無視する。
うるさい、私はあの人の顔を見にいくんだ、それだけだから邪魔をするな私も邪魔はしないから。
私はただの通行人だ、ただのモブだ。
死んだとしても大した得点にはならないだろうから、多分意図的に狙われることもないだろう。
私が死んだらせいぜい警備員さんチームにマイナス1点、空賊さんチームにプラス1点される程度だろう。
スマホを確認する、3分前から動きがないからあの子とあの人はきっとほぼ確実にやりあっているはずだ。
距離は徒歩で5分ほど。
さあ、足を動かせコミュ障、せめて声だけでも聞かないと割に合わないぞ。
目的地周辺に到着した。
さあ、いよいよあの人の顔を見られるぞ、とあたりをきょろりきょろきょろと見渡して、それが無駄であることがわかった。
あと少し進んだところにある、大通りに進む曲がり角からあの子とあの人の怒号と凄まじい戦闘音が聞こえてきた。
きゃ――!!
声!! 今声聞こえた――!!
その場でぴょんぴょこ跳ねそうになった身体を抑えて、ゆっくり慎重に歩き出す。
顔は当然ニッコニコ、頰がゆっるゆる。
今の私は他人から見ればきっとブサイクな不審者だ、だけどそれで構わない。
あとちょっと、もうちょっと。
一年ぶり、一年だぜ一年、長かった。
テンション高めで意気揚揚と曲がり角へと進もうとする私の前に誰かが立ちふさがった。
見知らぬ美形さんだった。
多分空賊の方だと思う、服装的に。
どいてよ進めないじゃないか。
あ、私が避けて進めばいいのか。
と思って避けようとしたら声をかけられた。
「何者だ貴様」
「あっ……えっと…………ぁ」
咄嗟に言葉が出てこない、だってコミュ障だもの。
「……あのお方に誰も通すなと言われている。誰だか知らんがあの方の兄妹喧嘩に水を差すな?」
「……ささない……みる、だけ…………そこを通してください」
あの人達の喧嘩に私如きが水を差せるわけもないし、差すつもりも一切ない。
私はただあの人の顔をちょっとだけ見にきただけなのだ。
会いたい、というレベルですらない、あちらに私が認識される必要も意味もない。
会話を交わしたいとも思っていない、こちらを見て欲しいとも思わない。
ただ、あの人の顔を見たいだけなんだ。
邪魔なんてしない、10秒くらいあの顔を見られればそれでいい。
それなら別にいいでしょう、と思って一歩進んだら左の太ももが爆発した。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!????」
衝撃に尻餅を付く、元々ダメージを負っていた喉が悲鳴を上げたせいで滅茶苦茶に痛い。
けどそれよりも左脚だった、左脚がとてもとてもとても痛かった。
見ると、爆発したと思ってた太ももに穴が空いていてそこから血がピューピュー溢れ出ていた。
痛みと衝撃に比べると地味な傷に少しだけホッとして、何が起こったのかと周囲を見る。
そうしたら、美形の空賊さんが硝煙の上がる銃口をこちらに向けていた。
つまり、撃たれた?
私の太ましい太ももが?
虚弱体質名乗るならもっとガリガリに痩せろよと真っ先に自分でツッコミを入れるこの太ましい部位が?
ムチムチしてて昼寝に最適と何気にあの人のお気に入りだったらしい脂肪の塊が、撃たれた?
「水を差すなと言っただろう……右も撃たれたくなかったらもうこちらには近寄るな」
み、見るだけって言ったじゃないか!!
口も挟まないし視界にも入らない、ただ!! 見る!! だけ!!
そこからこそこそ覗き見て、満足したら帰る、だけ!!
それなのになんで邪魔するの? ねえ見るだけって言ったじゃん。
なんて酷いんだ、さすが空賊やる事なす事容赦ない。
この外道!! 腐れ外道!!
曲がり角まであと5メートルもないのに。
あの人の顔が見られる位置まで、たったそれだけの距離なのに。
ふざけるな、こんなとこまで来て声だけ聞いてリタイアとか御免なんだけど。
太ももは相変わらず痛い、動けば次は右を撃たれる。
なら、地面這い蹲ってでも……!!
だけどそれは最終手段なのでとりあえず立ち上がろうとして。
「いっ!!?」
痛かった無理だったどうしようちょっと動いただけですごく痛いあと血がやばい。
それでも。
「う、ぐ……」
立て、立って進めコミュ障、あの人はもう目と鼻の先だ。
ここで頑張れなきゃ多分一生後悔する。
「う、ごけ…………うごけ……うごけ、うごけうごけうごけうごけ……ぇ!!」
頑張ってゆっくりとのろのろと立ち上がる。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
それでも、それだけだ。
頑張れコミュ障、あとちょっとだ。
一歩、足を進める。
美形の空賊さんは私の太ましい太もも(右)に黒い銃口を向ける。
痛みと衝撃に備える。
まだ折れるな、まだ諦めるなコミュ障。
ここで心が折れて、あの人の顔を見るというたったそれだけのことすら達成できないのであるのなら、この先私にできることなんて一つもないのだ。
進め、少しでも先に、少しでも前に。
痛くても苦しくても、この小さな願いを叶えるために。
「な、めるな空賊……!! この程度で、とまる……ほど……私は弱くない……!!」
自分を鼓舞するためだけに叫ぶ、足も痛いが喉も痛い。
それでも先へ、さあ進むんだコミュ障。
「……やはり貴様を行かせるわけにはいかないな」
「……うるさい……腐れ外道…………」
吐き捨てるようにそう言った、こうなりゃ意地だ殺されてでもあのイケメンのかんばせを拝んでやる。
たったそれだけのために命を捨てるのは馬鹿馬鹿しいって? うるさいモブなコミュ障の命よりもよっぽど価値があるものを見に行くんだ。
私の命一つで済めば安上がりだ。
決意を固めて一歩足を進める、美形の空賊さんが怨敵でも見るような顔で拳銃の引き金に指をかける。
好きにするがいい、このコミュ障は身体中穴だらけにされてもその先に進んでやる。
美形の空賊さんを睨みつけながら、もう一歩。
痛みと衝撃に虚勢でもって対抗すべく備えたら、どこからともなく現れた謎の人影が美形の空賊さんの手から拳銃を蹴り飛ばした。
「っ!!?」
拳銃を蹴飛ばされた美形の空賊さんが驚愕の表情でそれをした人を見る。
「何故……」
「ごめんね、それ…………一応、オレのだから」
聞き覚えのある声だった。
ちょっと遠くであの子が「なんでお前ここにいるの、絶対来るなっていったじゃん!!」って叫んでいたようだけど、そんな絶叫すらどうでもよかった。
美形の空賊さんに続いて、私もその人をよく見てみた。
そこにいたのはイケメンだった。
あのイケメンだった。
この長い一年間、ずっとずっと見たかったあの顔がそこにあった。
こんなに近くに。
痛みが遠のく、視覚以外の五感の全てが吹っ飛んで、認識できるのはイケメンの姿形だけ。
自分のテンションがギュンギュンに上がったのがわかった。
顔面が喜色一色で染まっていく、口が歪む目元が歪む頰が吊り上がる。
興奮のあまりいつの間にかその場でぴょんぴょこ幼児のように跳ねていた。
「ぴぎゃっ……!!?」
左脚に凄まじい激痛が走った。
再び尻餅を付き、その場で悶絶する。
そうだった撃たれてたんだった、脚に穴空いてたんだった。
人生に一度あるかどうかというとんでもない珍事を忘れるとか、イケメン効果やばいな。
「……お前、何してんの?」
あなたがお気に入り登録した脂肪でムチムチしてる太ももを撃たれて悶絶してるところだけど。
……っていうか、やっぱり声もイケメン、痛みがまた遠のいた気がする。
すごい、イケボも麻酔がわりになるのか。
イケメンってすごい、リスペクトする賞賛する超すごい。
よっ!! 色男!! 世界一!!
ヒューヒュー!!
麗しいかんばせを見ていたら自然と顔全体が醜く歪んでいくのが分かる、あとなんか不気味な声が自然と溢れる。
だってほら、こんなにもイケメンだ、こんなにも見たかった人の顔がすぐ近くにある。
笑わずにはいられない。
その笑い方がせめて「えへへ」程度の可愛らしいものだったらよかったのだけど、擬音で表すと「ぐぇっへへへぇ……」みたいな不気味極まりないものになる。
麻薬をキメた廃人みたいな声だと自分でも思う。
そうか、イケメンは麻薬なのか。
ひょっとすると麻薬よりもタチが悪いかもしれない。
多幸感がハンパない、イケメンってこんなにも危険なお薬だったのね。
あの頃はこれとほぼ毎日顔を合わせていたというのに、よく中毒死しなかったものだと感心する。
だってほぼ生脚で膝枕とかしちゃってたんだぜ? その上でエアコンで冷えた二の腕気持ちいとか言われながらプニプニされてたんだぜ??
なんで当時の私生きてるの???
意味わかんない、ああやばいなんか笑えてきた超ウケる。
痛みはほとんど感じていなかった、多分太もも撃たれてそこそこ出血してるのとイケメン見てるせいで脳でアドレナリン的な変な物質が過剰分泌されてるんじゃないかなあ?
わかりやすく言えば、現実逃避ってやつさ☆
……うわあ、本格的にやばくなってきたっぽい、テンションが滅茶苦茶なことになっている。
……あれ、なんかいつの間にか寒くね?
おっかしいなあ、まだ秋なのに冬みたいに寒いぞぉ?
いつの間にか天候変わった? 雨とか降っちゃう? どうしようお布団干してるのに。今夜のお布団はフッカフカだぞぅってお楽しみにしてたのに。
まあいいかあ。
麗しいかんばせが自分の顔を見下ろしていた、訳がわからない未知の生物を見ているような顔にも見えたし、滅茶苦茶に怒っているようにも見えた。
そんな顔も麗しい、幸せ。
ありゃ? なんだか視界がぶれてきた。
あと、クソみたいに眠い。
見上げた麗しいかんばせが歪む、何かを言っているようだけどその言葉の意味がわからなかった。
だけどその響きが美しいことだけは理解できる。
ああ、幸せだ。
美しいものを感じながら、重石みたいな睡魔に身をまかせるのは妙に心地よい。
それでは皆々様、ぐっない……良い夢、を……
こうして。
何にもできないコミュ障はたった一つの小さな願いを叶えたのでありました。
めでたし、めでたし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます