第225の扉  信じさせてくれますか

「やぁ、風花姫」

「……」


 董魔と京也、そして黒いローブに身を包んだ風吹が風の国に着くと、王の間には風花、太陽、翼、優一、うららの5人が集合していた。物音がしない、人の気配もない。寂しい空間。


「殺す決心はしてくれたかな?」

「嫌です、戦いなんてしたくないです。お願いします」

「それは大好きな人を殺してください、と同じ意味か?」


 風花の懇願に董魔はニッコリと微笑む。そして、彼の隣では風吹が剣に手をかけ、京也が風吹の腕を掴んだ。


「お姉ちゃん……」


 風吹の行動で風花の頭の中には変わり果てた仲間たちの姿と、血の海が広がった。真っ赤な血の中に、ピクリとも動かない仲間たちの姿。この頭の中の景色を現実にしたくない、してはいけない。風花は恐怖の感情を飲み込んで、口を開く。


「董魔さん、あなたの目的は何ですか? どうして、こんなことをするのですか?」

「君たちの殺し合いが見たいんだ」

「どう、して……?」

「好きだからだよ、殺し合いを眺めるのが」


 董魔は本当に楽しそうに微笑んでいた。命を奪うことを何とも思っていないのだろう。

 はっきりと告げられた彼の目的。そのドロドロとした欲求に、ひどく頭が痛い。


「好きと言う感情に理由は要らないよね? 今の君ならそれが十分わかるだろう」


 何かを好きに、誰かを好きになる感情。

 彼の言う通り『好きだから』という感情以外に理由は要らないだろう。風花が翼を『好き』だという感情と同じように。

 しかし、董魔の言う『好き』は歪んでいるような気がして、気分が悪い。自分の『好き』とは形が違うはずなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。


「風花姫」


 すぐ側で囁く声がした。いつの間に来たのだろう、後ろに董魔が立っている。彼の不気味なその声が、真っ黒な旋律を奏でて耳に届いた。


「君は覚えているかな? 以前たけると戦った時のことを。操られた土使いの少女を助ける時に、言った自分の言葉を」

「……ぁ」


 董魔はにんまりと笑って、風花に過去を思い出させる。

 以前、魔界四天王であるたけると対峙した時、彼の魔法で結愛が操られた。そして、たけるは結愛を使って風花たちを攻撃してきたのだ。その時風花は……


『仲間を攻撃するのは、すごく痛いこと。身体じゃなくて、心が。だから、そんな苦しい想いをさせる訳にはいかない。痛いのは、私一人でいい』


 操られているとは言えど、仲間を傷つけると言うことに対して心を痛めた結愛。そんな彼女をこれ以上傷つけないためにも、風花は自らその役を引き受けた。風花が結愛の身体を攻撃することで、たけるに勝利したのだが……


「今のこの状況でも、同じことが言えるかな?」


 風花が過去の出来事を完全に思い出した時、董魔は言葉の先を紡いだ。董魔のその言葉と共に、風花の瞳が黒く濁り出す。


「これから君の大切な人を風吹姫に殺してもらおう。だけど、風吹姫は辛いだろうねぇ。私が操っているが、君の大切な人たちを殺さないといけないんだから。太陽くんたちも風の国の人達も皆殺しだよ」

「そ、んな、こと……」

「させたくないだろう? 嫌だよね? 大好きな仲間や国民が死んでしまうことも、姉に殺させてしまうことも」


 風花の手は自然と剣へと向かい、鞘からその刃を抜いた。次第に息も荒くなり、手足が冷えていく。瞳が真っ黒に塗りつぶされていった。


「だったら、君がしなくてはいけないことが何なのか、分かるよね?」


 董魔は優しい声を出して、剣を持つ風花の手を上から包み込む。そして、剣先を風吹の胸へと導いた。


「風吹姫を殺しなさい」







______________






「桜木さん?」

「姫様?」


 董魔と言葉を交わした風花はそのまま動きを止めた。そして、身体全体の力が抜けたようにカクンと崩れ落ちる。


「わ、わたし……が、殺し、て」

「もしかして幻覚?」


 崩れ落ちた彼女の元へ翼と太陽が駆けつけるも、風花はうわ言のように呟くだけ。瞳は虚ろで、何かに怯えているようにひどく震えていた。


「ふふっ、たった今風花姫が姉を刺し殺したんだよ。自分の意志・・・・・でね」


 董魔は見せた悪夢の正体をゆっくりと紡いだ。風花の傷を抉るように。

 風花に殺すように囁いたのは董魔だが、最終的に刺す判断をしたのは風花自身である。彼女は自身の手で姉の胸を貫いた。


「さて、風吹姫。風花姫を刺し殺して来い」


 董魔はにっこりと微笑んだまま、風吹へと命令を下す。しかしその表情とは裏腹に、ひどく冷たい声だった。風吹は剣を抜き、風花の元へ向かおうした。しかし……


「もうやめてください」


 進みかけた風吹の手を掴んで、京也が言葉を紡ぐ。その声音は鋭く突き刺すように尖っているのに、どこか優しくて、親に必死に縋り付く子供のようだった。


「あなたは何がしたいんですか。俺たちに何をさせたいんですか」

「……」

「どうして、こんなに苦しいことをさせるんです? あの時俺に言ってくれた『好き』の言葉は、嘘ですか?」


 董魔がくれた『好き』の言葉。そこに嘘はないと、そう信じていたのに。信じさせてくれない事実の押収が、京也の心を締め付ける。


「嘘じゃないよ。あの言葉に偽りは一つもない」

「それならなんでっ……好いてくれているなら、なんでこんなことを」


 信じたい、どうか信じさせてほしい。

 グッと歯を食いしばり、京也は董魔の言葉を待った。

 

「全てを話してあげよう。この物語の終着点を」


 黒い微笑みを携えながら董魔は口を開く。その微笑みには、ひどく嫌な予感がした。

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