第224の扉 夢の中だけでも
「そっか、……そうだったんだね」
太陽の話を聞き終わり、風花は董魔の目的について考えてみる。董魔は何がしたいのだろう。風吹を風花に殺させて、その先に何があるのだろうか。全く分からない。
思い出すことが出来た姉との思い出、しかし突き付けられた残酷な現実。真逆な感情で何が何だか分からない。
「ひ、め」
風花が考え込んでいると、弱弱しい声で太陽が自分を呼んだ。ギュっと小さくなって、何かに怯えているような様子を感じる。
「隠していたこと、怒らないのですか?」
太陽は両手にギュッと力を込めて、問いかける。
彼はずっと不安だったのだ。今までたくさんの隠し事をした。彼女の大事な思い出を。怒られても、幻滅されても、憎まれても仕方がないことをしている自覚はある。
だから太陽は目を閉じて、彼女の返答を待った。しかし……
「どうして?」
彼女の思いがけない返答に、太陽は俯いていた顔を上げて風花を見つめた。風花はキョトンと首を傾げている。
「太陽たちは私のことを想って隠してくれたんでしょう? 怒る訳ないよ」
いつもと変わらないその眼差しに、太陽は胸が詰まった。太陽が必死に熱い物を堪えていると、風花がふわりと歩みより、身体を抱きしめてくれる。
「姫様?」
「……ありがとね、今までずっと」
「急にどうされたのですか?」
「ずっと言えてなかったから、お礼の言葉」
戸惑う太陽が風花の顔を見上げると、彼女は優しく普段と変わらない笑顔で微笑んでくれた。
「月を隠していたことも、お姉ちゃんを隠していたことも、全部私のことをたくさん考えてくれたからで。たくさんたくさん悩んで苦しんで、抱え込んで……」
「風花、様……」
「いっぱい負担も迷惑も、かけちゃったよね。ごめんね」
「そんなの一度だって思ったことはありません」
太陽と月が風花のことを想って、風花のためを想って行動してくれたこと。その感情はきちんと風花に届いた。
「ありがとう」
優しいその声音で紡がれた五音。たった五音、しかしその五音にどれほどの心が込められているだろう。
「ひめ、さま……っ」
風花から送られたその心で、太陽たちの今までの努力が実を結んだ気がする。苦しかったけれど、本当に正しいのか分からなかったけれど、彼女のために頑張ってきて良かった。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう。すごーくありがとう」
「……っ」
風花からの感情に、太陽は胸が詰まった。そして、優しい涙が彼の頬を伝った。
____________
「ここは?」
京也が身体を起こし、辺りを見渡すとそこは一面の花畑。今この瞬間を必死に楽しむように、たくさんの花が咲き乱れていた。
どこかで見たことのあるようなその景色。一体どこで、誰と見ただろうか。
『京也』
「お母さん……」
京也が考え込んでいると、懐かしい声が響いた。温かい声音に誘われて振り向くと、そこには京也の母親、黒田まどかの姿が。真っ白なワンピースを着て、京也に微笑みかけてくれている。
思い出した。この景色は、小さい頃にお母さんと一緒に見た景色だ。
懐かしさに胸が詰まり、目頭が熱くなった。こんなに温かい景色を見たのはいつぶりだろうか。
『京也』
まどかはもう一度優しく名前を呼んでくれる。もう二度と聞くことはできないと思っていた、その懐かしい温もり。
温かくて、心地よくて仕方がないのに、ひどく胸が苦しい。
「おかあ、さん……」
これから何度も呼ぶはずだった、その名前。
たくさんの愛情をくれるはずだった、その存在。
「……っ」
どれだけ寂しいと涙しても、どれほど会いたいと願っても、叶うことはない。
二度と会えない大好きな人。
これは夢。幻。分かっていても、涙が溢れて止まらない。否、分かっているからこそ、溢れる涙を止められない。
その苦しさから助けを求めるように、京也は母へと手を伸ばす。
______________
「京也ちゃん」「京也様」
「っ……」
ふと目を開けると、心配そうにのぞき込んでくるさとりと紅刃の姿が。奥には他の四天王である消助とたけるの姿も見える。
「ここは?」
「京也ちゃんの部屋よ」
「董魔様とのお話の途中で倒れられたと聞きました」
「あぁ、そうか」
ぼんやりと思い出す父との会話。結局最後の答えは聞けなかったな、と京也は心の中で思う。彼は何と答えたのだろうか。どうか、その答えが良い方向を指していてくれることを願わずにはいられない。
「大丈夫?」
「何が?」
「泣いてるわよ」
考え込んでいると、さとりの声で現実に意識が戻ってくる。頬に触れると涙が。夢と同調して流れてしまったらしい。
「死んだ人に会えるはずないのにな」
ゴシゴシと乱暴に目元を拭うと、自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
『死んだ人間が生き返ることはない』
どんなに強い魔力を持つ魔法使いでも、どれだけ奇跡を起こしたとしても、永遠に叶うことのない夢。
だけど……もし、もう一度、もう一度だけでいいから……
コンコンコン
京也が悶々と答えの出ない問いを繰り返していると、部屋の扉が叩かれた。そして、扉を開けた先にいたのは……
「京也、風の国へ行く。支度しろ」
いつも通り冷たい表情の董魔が。彼のその態度は、先ほど『好き』と言ってくれた時と違い過ぎて、頭が混乱する。
彼は何がしたいのだろうか。自分たちに何をさせたいのだろうか。全く分からない。
「なんだ?」
「いえ、何でもありません。すぐに準備します」
本当に自分のことを好いてくれているのだろうか。彼の瞳からは、その感情が一欠片さえも感じ取れない。
____________
「私たちも一緒に行きます」
京也が着々と準備を整えていると、紅刃が声をかけてくれる。他のメンバーも、皆不安げに瞳を揺らしていた。
自分のことを心配してくれる彼らの想いはありがたい。とても嬉しく思う。しかし……
「俺一人で行くよ」
「しかし……」
「信じたいんだ、父様のこと」
不安はあるものの、今は董魔のくれた『好き』という言葉を信じたい、信じさせてほしい。大好きな父親だから。
「お前たちは念のため愛梨のそばに居てくれ」
「……承知しました」
四天王たちに指示を飛ばすと、彼らはすぐに動き出す。室内が慌ただしくなった時、京也はふと自信の携帯電話に着信があることに気がついた。眠り込んでいる間に、太陽が電話をくれていたようだ。しかも大量に。
董魔が風の国に行くと告げたこと、太陽からの着信。この二つで物語が終わりに近づいていることを悟った京也。
『今から父様と風の国に行く。気をつけろ』
と、メールを打ち、董魔の後を追った。
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