第226の扉  種明かし

「全ての始まりはあの事件。風の国との合同式典準備中、お前が狙われ、まどかが刺されたことが始まりだった」


 10年ほど前に起こった、『黒田まどか王妃殺害事件』。風の国と魔界の合同式典準備中の悲劇である。


『逃げて、きょうや』

『かあ、さま……』


 剣に貫かれて苦しそうに顔を歪めながらも、まどかは京也を逃がそうと必死に犯人にしがみついていた。その時に犯人が着ていた風の国の兵士の服を、京也は今でも鮮明に覚えている。


「事件は迷宮入り。風の国が犯人を庇いだてしているのではないかと、疑惑を残した」


 医療班の懸命の治療も虚しく、まどかは帰らぬ人に。事件発生から10年以上経過した今でも犯人は捕まっておらず、京也はずっとその犯人を捜し続けている。

 そして両国の関係はこの頃から悪化。数年後、風の国への復讐として董魔が戦争を起こし、多数の犠牲者を出した。


「どうして犯人を見つけられないと思う?」

「……分かりません」

「私が犯人だからだよ」

「え……」


 京也が驚愕の視線を注ぐ中、董魔が不気味にニヤリと笑った。そして、その事実を彼に刻み付けるように、ゆっくりと繰り返す。



「私がまどかを殺したんだ」



 ずっと見つからなかった犯人。こんなにも近くに居るとは考えもしなかった。しかし、董魔ならば風の国の兵士に擬態することも簡単だろう。幻覚魔法を使えば、多くの人を惑わすことも可能だ。


「なんで、そんなことを……」

「なぜ? はは、はははっ」


 董魔は京也の顔を見つめると、すぐに笑い声をあげた。


「そうだよ、それ、その顔が見たかったんだ。真っ黒な絶望に塗りつぶされたその瞳、苦痛に歪んだその顔。それを見たかった」


 うっとりとした表情で京也を見つめながら董魔は呟く。彼の目の中にはドロドロとした歪んだ感情が見えるような気がして、ひどく吐き気がする。しかし、今回のことが最初から全て董魔に仕組まれていたことだとするのならば、彼の言った言葉たちが全て一本の線で繋がってしまう。


 京也へと出される苦しい命令の数々。

 愛梨を異界に捨てたこと。

 風花や太陽を追い詰めるための出来事。

 『好き』と言ってくれた言葉。


 それら全ては、全部……


「あぁ、そうだよ、君たちのその顔を見たいやったこと。まどかを殺し、悲劇の国王を演じながらやりたい放題させてもらった。楽しかったよ、君たちがもがき苦しみながら、私が描いてきたシナリオ通りに歩いてくれるのは」


 少年少女の苦しむ姿を、表情を見たかったから。もがくその姿が『好き』だから。


「どうだ、京也。ずっと追い続けていた母親殺しの犯人が、こんなに近くに居た気分は? 今まで仲のいい家族だと思っていた父が、お前たちを面白いおもちゃとしてしか見ていなかったという事実は?」


 舌なめずりをしながら、董魔はうっとりと頬を上気させて問いかける。そして、京也の奥でいまだ蹲っている風花を瞳に映して問いかけた。


「風花姫、やっと再会した姉を刺し殺そうとした気分はどうだ?」


 彼にとっては全てが余興。真の目的はただ一つ。


「どんな絶望の味がする?」


 絶望で真っ黒に塗りつぶされた、その瞳が見てみたい。


「そんな……」


 董魔の真実を知った京也は、その場に力なくへたり込む。

 彼がくれた『好き』という言葉。確かにそこに嘘はなかった。なぜなら、絶望の瞳を見せてくれる京也のことを『好き』だから。

 信じたかった言葉も、縋り付いていた希望も全て打ち砕かれてしまった。最初から董魔は京也のことを道具としてしか見ていなかった。

 そこにあるのは、ただ歪んだ愛の形だけ。


「ふふっ」


 董魔は京也の瞳を覗き込んで笑いを嚙み殺す。

 京也の瞳が今まで見たことのないほど、黒く濁っていたのだ。しかも、その濁りはまだ加速している。まるで池の中に放り込んだ石が、深く深く奥底に沈み込むように。


「さて、君たちの絶望は予想以上だった。良い物を見せてもらったよ、ありがとう」


 董魔はニッコリと微笑んで、頭を下げた。本当に心から感謝しているのだろう。見惚れてしまうような美しい所作で、お辞儀している。


「私にはまだ絶望に塗りつぶしたい存在が居る。その子たちのために、二人とも、死んでくれるかな?」


 頭を上げると同時に腰の剣を抜いた。そして勢いよく振り上げると、ペタンと座り込んだままの京也を目掛けて振り下ろす。












「おや、邪魔をしないでもらいたいんだが」


 しかし、彼の剣は京也に届く前に太陽と優一により受け止められた。董魔はギロリと不気味に目を光らせて、二人を睨む。少し睨まれただけなのに、まるで心臓を握られているような恐怖が二人を襲った。それでも、彼らは引くわけにはいかない。


「京也さん、立ってください」

「……」

「いいんですか、このままで。お母さまには手は届きませんでしたが、あなたにはまだ守らなくてはいけない存在がいるはずです。その方の手を自ら離してしまうのですか?」


 董魔の剣を受け止めながら、太陽が必死に訴える。彼の言葉を聞いて微かに京也の肩が揺れた気がした。そして、優一も言葉を紡ぐ。


「京也、戦え」

「……」

「正直、お前が今まで何を抱えてきたのか、俺には分からない。だから、今どれだけ追い詰められているのか、想像すらできない。でも、ひどいことされたんだろう、一発ぶん殴ってやれよ」


 董魔から込められる力は更に増していた。汗が滴り落ちて、腕が痺れる。それでも太陽と優一は力を振り絞って、彼の剣を弾き返した。


「だから立ってください」

「剣を取れ、そして戦え」


 二人は京也が立つことを信じて疑わないのだろう。温かい言葉は、後ろを振り返らずに紡がれた。


「……っ」


 彼らのその言動で、京也の心に爽やかな風が吹き、瞳に光が戻る。


「ほぅ、また光が戻ったか。いいだろう、何度でも突き落としてやる」


 京也の瞳を見て、董魔が一瞬眩しそうに目を細めたのは気のせいだろうか。しかし、その隙も一瞬のみでまた不敵な笑顔を浮かべながら、口を開く。


「風吹姫、全員殺して来い」

「……」


 隣に居た風吹に指示を出した。彼女は無言で剣を抜き、その切っ先をいまだ座り込んだままの風花へと向ける。そして一瞬で距離を詰め、風花に剣を振り上げた。


「……っ」


 カキン、と心地よい金属音が響く。その軽快さに誘われて、風花が顔を上げるとそこにはずっと隣で支え続けてくれていた彼の背中が。

 普段何気なく見ていたが、彼の背中はこんなにも大きく、心強いものだっただろうか。


「立って、桜木さん。剣を取って」

「……あい、はらくん」


 彼の温かい声が耳に届き、風花の瞳からポロッと涙が零れた。


「大丈夫だよ、桜木さん。風吹ちゃんも、風の国の人達も、僕たちも、誰一人傷ついていない。君はまだ何も失っていないんだ。絶望するのはまだ早い」


 彼の言う通り、今はまだ誰一人傷ついていない。全て幻、夢。


「だから、立てる。一緒に風吹ちゃんを取り戻そう?」


 彼のその言葉と同時に柔らかな風が風花の心の中に吹く。そして、同時に背中に温かい温もりを感じた。


「うららちゃん……」


 振り向くとそこには背中に手を添えてくれているうららの姿が。風花と目が合うとニコリと微笑んでくれた。まるで、「あなたは一人じゃない」と言うように。

 彼らの言動で、真っ黒に塗りつぶされてしまった風花の瞳にも光が差し込んだ。

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