第227の扉 最終決戦
「お姉ちゃん」
立ち上がった風花は、剣を握る大好きな姉の姿をその瞳に映す。
優しい姉、頼もしい姉、大好きな姉。
風吹は風花の姿を見ても、その剣を下す気配はない。彼女の声は届かない。しかし、届かないと分かっていても、声をかけずにはいられない。
「お願い、思い出して。私だよ、風花だよ」
風吹と戦いたくない。彼女に剣を向けてしまえば、董魔が見せた幻覚のような光景を、自分が実行してしまうような気がするから。あの恐ろしい光景が、風花の頭から離れなかった。
「……っ!」
風花が頭に浮かんだ光景を必死に振り払っていると、風吹の放った攻撃が。しかし真っ直ぐに飛んできたソレは、間一髪の所で翼とうららが二人がかりで跳ね返してくれた。
「二人、とも……」
「攻撃は全て私たちが反らします」
「桜木さんは、風吹ちゃんに声をかけ続けてあげて。大丈夫、ちゃんと届くよ」
心強い二人の言葉が風花の胸を熱くすた。しかし、その思いをグッと心の中に押し込んで、風花は必死に姉へと言葉を届ける。
「おねぇ、ちゃん、もう、やめて」
風吹の放った風魔法が翼の身体に直撃し、鈍い音と共に彼の身体が壁にぶつかった。更に追い打ちをかけるように、倒れ込む翼の身体に冷たく鋭い風の刃を吹き付ける。
「元のお姉ちゃんに戻ってよ、お願い」
風吹の行動を阻止しようと、うららが攻撃をしかけるも、片手でその攻撃を弾き、強力な竜巻で彼女の身体を天高く巻き上げ、突き落とす。
「戦わないで、みんなを、傷つけないで」
息をつく暇もない攻撃の押収。しかし二人とも立ち上がることを辞めはしない。杖を持って対峙し、風吹の攻撃を跳ね返す。
彼らが頑張れるのは、風花の声が届くことを信じているから。
「お姉ちゃん!!!」
聞く者の心を震わせるような大声。その一瞬、その場に居た全員の動きが止まった。衝撃波が辺りに広がったように思えた。しかし、その沈黙もたったの一瞬。
「……ふ、ぅ」
今まで全く反応を示さなかった風吹の口元が、ほんの微かに動いた。
「お姉ちゃん?」
「ふ、ぅか……」
そして、カラン、と音を立てて風吹の手から剣が落ちる。そして、何かを探るようにその手が動く。
「ふぅ……ふぅ」
「ここにいる。ここにいるよ、お姉ちゃん」
風花が駆け寄り手を差し出すと、風吹はギュッと握ってくれた。今まで虚ろだったその瞳に、淡い光が灯り出す。
______________
「お前が私に勝てると思っているのか? お前に魔法を教えたのは私だぞ?」
「……」
「お前は呑み込みが速かったな。私の自慢の息子だよ」
「……っ」
董魔は優しく温かい声音で言葉を紡ぐ。
彼の言葉には嘘がない。だから、それほど温かい声を出せるのだろう。
だけど、その言葉の終着点は全て『絶望の瞳を見せてくれる京也が好きだから』
今まで優しくしてくれたことも、褒めて喜んでくれたことも、全ては今この瞬間のため。高く高く上げておいた方が、落ちる時の落差は大きい。彼の行動は計算だけでできている。そこに感情は置いていない。あるのはただ『欲望』だけ。
「強くなったな、京也」
董魔が言葉を紡ぐ度、京也の中に父との思い出が蘇る。温かい思い出のはずなのに、今はそれがひどく苦しい。
優しい父、頼もしい父、大好きな父。
なのに……それらは全て幻。嘘。
「ふふっ」
董魔は絶望の中に落ちていく京也の瞳を満足そうに眺めて、言葉を紡いだ。
「京也、母親にもう一度会いたいとは思わんか?」
「……何を、言って」
「私の力と風花姫のしずくがあれば、まどかを生き返らせることができるやもしれんぞ? どうだ、会いたくないか、母親に」
優しく微笑んで、董魔は京也を手招きする。その甘い誘いは、ひどく残酷で、だけど魅力的で。
「聞くな、京也」
「あなたを惑わそうとしている罠ですよ」
優一と太陽が慌てて京也へ声をかけるも、もうその声は彼の耳には届かない。あるのはあの夢の光景だけ。
もし、先ほど眠り込んだ時に見たあの夢を現実に叶えることが出来るのなら。
会えないはずの人に、もう一度。
大切な人を失ったことがある人なら、誰しも願った夢だろう。
会いたいと手を伸ばせば、母に会えるだろうか。優しく名前を呼んで、抱きしめてくれるだろうか。もう二度と味わえないと思っていた温もりに、包まれることができるだろうか。
「おいで、京也」
愛しい我が子を招くように、温かい声音で彼を呼ぶ董魔。
果たせないはずの願いと、いくつもの後悔が京也の胸を過ぎ去っていく。京也の手は自然と董魔の方へと向かった。しかし……
「父さんが、殺したんだろ」
たくさんの願望を飲み込んで、京也は言葉を紡ぎ出す。その言葉たちは、京也自身をも、納得させようとしているような苦しい言葉だった。
「死んだ人間が生き返ることはない。どんな魔法を使っても、いくら奇跡を起こしたとしても、絶対にありえない。だから俺が、どれだけ寂しくても、どれだけ会いたいと願っても叶うことはない。なのに……それなのに、そんな嘘を」
誰しもが願う夢。しかし、誰も叶えられない願い。
その言葉と共に、董魔へと伸ばした京也の腕が静かに下される。そして、ゆっくりと深呼吸をしながら、一度瞳を閉じた。
瞼の裏に思い描いたのは、自分のことを慕ってくれる部下たちと、優しい妹の姿。大丈夫、自分はまだ全てを奪われたわけじゃない。届く命がまだここにある。
「な、に」
しばらくして瞳を開いた京也を見て、董魔が驚きでその動きを止める。
「なぜだ……光が、消えない……っ」
「絶望ばかり追い求めてきたあなたには、分からないことかもしれません。誰かのことを想う光が、どれほど強いのかということを」
どうして塗りつぶせない? その光で私を照らすな。
光で照らされた彼の身体から何か黒い霧のような物が出ているように見える。そして、董魔が眩しそうに目を細め、その足元をふらつかせた。
初めてできた彼の隙。その瞬間を逃すわけにはいかない。京也は素早く董魔の懐に飛び込んだ。しかし……
「どういうつもりだ、京也」
「父さん」
京也は董魔に剣を突き立てず、彼をギュッと抱きしめた。カラン、と心地よい音を立てて、彼の剣は地面に落下する。
「私の思惑を知った今でも、まだ父と呼んでくれるのか」
「何度だって呼びますよ、父さん。俺の父さんは一人しかいない、あなただけです。父さんにとっては嘘と偽りで作られた家族だったのかもしれない。でも、俺はとても幸せだった。俺にとってはそれだけが真実です。父さんが嘘だと言っても、それだけは変わらない」
京也が声をかける度、董魔の身体から黒い煤のような物が浮き出てくる。そして、それはサラサラと彼の身体全体を覆い、次第に崩れ落ちていった。
「父さん、大好きです。あなたのことがとても」
「そう、か」
「もし、もっと前にあなたと話が出来ていたら、この未来は変わりましたか?」
「いや……どうだろうな」
サラサラ、サラサラ、と。
まるで世界が溶けていくかのように、身体が砂へと変わっていく。そして……
「いつから夢を見せられていたんだろうな」
董魔が完全にその姿を消した。そこにはただ真っ黒な砂を残して。
どこまでが夢で、どこからが現実だったのだろうか。何が嘘で誠か、その境界線が分からない。しかし……
「終わった」
董魔はもう居ない。それだけは確かだろう。京也は悲しそうな色をその瞳に宿して、父親だった物を手に取った。
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