第222の扉 たった一つの選択肢
「……」
何気なく零れ落ちた風花の言葉。翼の心を乱すには十分すぎる言葉だった。
大好き……僕のこと? え、僕のこと大好きなの?
いやぁ、まさかそんなことあるはずないじゃん? だって僕だよ、僕だもん。
弱虫で泣き虫でうじ虫な僕だもん。好きになるはずないじゃん。……どうしよ、自分で言ってて悲しくなってきた。
この『大好き』って言葉は、アレでしょ?
『友達として大好き』みたいなやつ。絶対そう。それに思い返すと、僕自身『大好き』って伝えちゃった? あ、やらかしてしまったかもしれない。勢いで言ってるじゃん。ヤバい、めっちゃ恥ずかしくなってきた。
まぁでも僕の言った『大好き』もきっといい感じにそれっぽく解釈してくれてるはずだよね? 大丈夫大丈夫、きっと大丈夫。
翼が一人でモザイクになったり、青くなったり、赤くなったりと忙しい中、風花はただ彼がくれた言葉一つ一つを大切に心に刻んでいく。そんな中……
「え!? 翼さん、なぜここに⁉ それよりその顔はどうなっているのですか?」
ちょうど翼がモザイク翼になっていたタイミングで、不運な太陽が部屋に入ってきてしまった。彼が扉を開けると目の前にはモザイク翼。相当の衝撃を受けたに違いない。心中お察しする。
______________
「お前の気持ちは分かった。その感情を否定するつもりはない」
「……うん」
太陽が改めて扉を開き、追放してしまっていた優一とうららを呼び戻した。始めは怒っていた二人だったが、次第にその感情は変化していく。
「だけどな……すごく、寂しかったんだぞ?」
そう言う優一の瞳が、今にも泣き出してしまいそうに寂し気に揺れている。彼がそんな瞳をする場面は、初めて見た。それほどまでに彼を追い詰めてしまい、それほど彼が自分たちのことを想ってくれていたということだろう。そのことを実感し、風花の口から自然と謝罪の言葉が出た。
「ごめん、なさい」
「うん、分かればよろしい」
「ご、めん、なさいっ……ごめんなさい」
嗚咽と共に漏れる彼女の謝罪。優一は風花の頭を優しく撫でてくれた。
______________
「太陽」
風花が落ち着いてきた頃、優一とうららが太陽を呼んだ。そして、風花の側に翼を残して、三人で部屋を抜ける。いきなりの彼らの呼び出しに太陽は首を傾げた。
「どうしましたか?」
「それはこっちの台詞だ、バカ。何があった?」
「顔色が良くありませんわ」
二人は心配そうな瞳を太陽にそそぐ。心なしか太陽の顔色が青白いのだ。先ほどモザイク翼の顔面を直視してしまったとは言え、それだけが原因とは考えにくい。二人は自分たちが強制送還されている間に何かがあったと考えているのだろう。
「実は……」
そして、その予想は当たったようだ。太陽は話しにくそうに口ごもりながら、説明してくれる。
「みなさんと離れてから、夢の国のタタン様に会いまして、……あのお方が消えたと告げられました」
太陽から飛び出した事実に、二人は驚きを隠せない。今回の董魔の騒動と言い、夢の国の出来事と言い、一度に事が起こり過ぎている。
「京也さんに詳しいことを確かめようとしているのですが、連絡が取れず。しかし、おそらく……」
「何でそんなことになってんだ」
「目的が全く分かりませんわ」
むしろ、董魔の思惑通りの展開になっているのかもしれない。こうなってしまった以上、彼らが取れる選択肢はただ一つ。
「タタンに協力は頼めないのか?」
「ご提案いただいたのですが、お断りしました。夢の国を巻き込むわけにはいきませんので」
「だけど、うーん、仕方ないのか。……とりあえず桜木に封印のこと話さないとな。今のあいつにはしんどいかもしれないけど」
「またいつ董魔さんがやってくるか分かりませんし、あまり悠長に事を構えている場合ではありませんわね」
ずっと隠し続けてきた封印の中身を、風花に打ち明けること。それ以外の道を潰されてしまった。董魔からのダメージがいまだ抜け切れていない風花に、更に追い打ちをかけるような状況に追い込まれている。これが董魔の目的なのだろうか。
「封印の、話……そうですよね、姫に申し上げねば……」
「太陽さん?」
「……すみません」
太陽は拳をギュっと握って苦しそう。先ほどより顔色も悪く、辛そうに見えた。どうしたのだろうか。
「いつかはと覚悟はしていたのですが、いざ打ち明けるとなると」
必死に落ち着けてはいるが、その声は掠れて震えているように聞こえる。
いつも頼もしく、みんなを引っ張ってくれる彼。そんな太陽の今まで見たことのない、頼りない姿。彼の口から出てきた言葉は……
「こわい、です」
迷子になった子供のように紡がれた、純粋な恐怖の感情。それはまるで助けを求めて縋るようだった。
「私のしてきたことが正しいのか、自信が持てないのです」
力なく微笑んだ太陽が言葉を続ける。
風花の記憶に鍵をかけたこと。こんな結末になってしまうのなら、記憶の中身をもっと早く打ち明けた方が良かったのではないだろうか。何度も何度も何度も何度も考えた。他に道はないのか、と。
「ずっと、考えてたんだ。俺のこともその先のことも、もっと早く伝えた方が良かったのかなって」
黒い煙をまき散らし、太陽と月が人格チェンジ。月の不安の現れだろうか、普段よりも黒い煙が多く舞ったように思う。
「俺たちはちゃんと、あいつのために動けたのかな」
ポツリと紡がれた月の不安。記憶を封印することを決めてから、ずっと考えてきたことだろう。
風花は心のしずくを取り戻した時、いつも嬉しそうに心の中にしまう。それはもう本当に幸せそうに。彼女の様子を誰よりも傍で、長い時間見て来た太陽と月は、その思い出の大切さを痛いほど知っている。知っているのに、隠さなければいけない記憶があった。彼らはどれほど悩み、苦しんだことだろう。
風花のためだと自分を納得させてずっと封印してきた。本当に風花のためになっているのか。都合の悪いことを隠しておきたかった自分たちのエゴではないのか。
その思いが彼らの心を強く絞めつける。
「「……」」
うつむいて、小さくなった彼らの姿。その姿が今までの苦労を物語っている。それは見ているこちらまで心が痛くなる程だった。
「正解なんて、ないと思います」
血が出るほど握りしめられた拳。その手にうららの温かい手が重なる。それと同時に、ほろりと瞳から涙が零れ出た。
「隠していなければ隠しておけば良かったんじゃないかって、考えてると思います。だから、どっちを選んでいても本当にこれで良かったのかって悩んでいたと思うんです」
「……」
「正解がないのなら、今選んでいる方を正解にできるよう最善を尽くしましょう」
「大丈夫、お前たちはちゃんと桜木のことを想ってるよ。だからこんなに痛くて苦しいんだ」
柔らかな微笑みと共にくれる、二人の温かい言葉。心の中に優しい風が通り過ぎていく。
封印のことを打ち明けた時、風花は何を思うのだろうか。分からない、分からないけれど、彼女の歩く道の先、どうか幸せな景色が広がっていることをただ願う。
「ありがとう……ございます」
きっと自分一人では描けない景色も、彼らとなら見ることが出来るかもしれない。
二人が差し出してくれた手を取り、ギュっと握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます