第195の扉  蕾が疼き出す

「おかし……を」


 説明しようとした翼が、ピタリと固まった。彼は思い出してしまったのだ。ハロウィンと言えば、お菓子を配る日。そして、風花のお菓子が配られれば、世界が終わるということを。


「おかし?」


 風花は翼が突然固まったので、不思議そうに彼を見つめる。この純粋な瞳を前にして、嘘を述べることはできるだろうか。答えは否である。


「おぉ、ぉ、おかし……あっ! おかしな格好をして、楽しむ祭りなんだよ」

「おかしな恰好ってなに?」

「ぐぬ……」


 翼の発言にますます首を傾げる風花。説明が漠然とし過ぎたのだ。首を傾げながら翼を問い詰め始める。


「どんな格好をするの?」

「ぁ、えっと」

「それで何をするの?」

「あ、の……」

「教えて! 教えて!」


 好奇心の塊となった風花が、翼に突撃。ぐっと距離を詰めてくるので、翼の顔がモザイク寸前である。


 近い近い近い近い!!! 目がキラキラしてる。何その表情、可愛いな。

 もうすぐで僕に触れそうなんだけどこの人。もう触っていい? 桜木さんが触ったら、僕も触っていいよね?

 誰かが言ってたよ、『やられたらやり返す、倍返しだ』って。


 ……ん? 倍返し?

 桜木さんに触られたら、その倍をやっていいってこと? 接触の倍って何? 倍の回数触ってもいいってこと? それとも、それ以上のことをやっても許されるってこと? どっちだろう……


「風ちゃんこっちおいで」


 翼が不純な考えをする中、美羽が風花を呼び救出。風花が翼に触れる前に離脱した。


「ハロウィンっていうのは、こういう格好をしてお菓子を食べながらワイワイするお祭りなんだよ。マネージャーの藤原さんに衣装借りてきた!」

「楽しそう!」

「およよ!」


 美羽は説明しながら、風花の目の前に色とりどりの仮装を並べる。流石は芸能人。使っていない衣装などを借りてきたらしい。女性陣三人がキャッキャッしながら、衣装選びを始めた。


「優一くん、接触の倍返しって何? それ以上のことしていいの?」

「お前は何を言っているんだ? いい訳ないだろ、警察呼ぶぞ」

「あ、じゃあ倍の回数触っていい方が正解か」

「……それもダメだぞ」

「えー、じゃあどこまでならいいの?」


 一方、不純な質問の答えを優一に求める翼。この少年はいつからこんなに積極的になったのだろう。少し前まで風花が突進して来たら気絶していたのに、今は自ら触ろうとしている。

 彼はそのうち犯罪に手を染めるのではなかろうか。翼はピュアボーイ→モザイクボーイ→犯罪者予備軍と目覚ましい覚醒を遂げている。このままだと最終形態の犯罪者翼になる日は近いかもしれない。









_______________









「ガオガオー! 食べちゃうぞ!」

「わぁ! やめてください、姫様。ふふっ」

「ガオー!」


 オオカミの格好をした風花が、太陽を押し倒して食べている。彼女は灰色の耳、モフモフの手足、口元には牙も生やしていた。ノースリーブ、短パンの毛皮を身に着けて、まるでオオカミそのものだ。


「めっちゃ可愛いな。僕も食べられたい」

「……翼、漏れてるぞ」

「!?」


 そして、ポロリと本音が漏れ出した翼。本人は無自覚で漏らしており、風花は太陽と楽しく戯れているので、もちろん聞こえていない。

 ちなみに翼はネコ耳、優一はウサ耳で、普段太陽が着ているような執事服を着せられた。猫とウサギの執事さんらしい(美羽談)


「ふふっ、私もやられてばっかりではいられませんね」

「のぁ!?」


 のほほんとしていると、太陽が仕返しを始めた。彼はにっこり微笑んで、自分の上に乗っていた風花の肩を押す。突然の動作に耐えられず、彼女はコロンと転がった。


「姫、血を吸わせていただけますか?」

「んぁぁぁ! ふふふっ、くすぐったい、んふっ」


 先ほどと体勢が逆になった二人が、また楽しそうなことを始めた。太陽は吸血鬼の仮装。真っ黒なローブにスーツのようなパリッとした恰好。手には白色の手袋をはめている。そして、風花同様、口には牙をはやしていた。


「太陽くん、そこ変わってくれないかな。僕が桜木さんを食べたい」

「……翼、また漏れてる」


 最近の翼は口元も顔もゆるゆるである。いつか本人に聞かれるのではなかろうか。


「食べたい、食べられたい。めっちゃ可愛いな」

「ったく、仕方ねーな」


 一向に止まる気配を見せない翼のポロポロ。その様子を見た優一が、風花たちの元へ向う。彼は何をするつもりだろうか。


「桜木、翼も食べてほしいんだってさ」

「あぁぁぁ! ちょちょちょっと、何を言っているんだい、優一くん!」


 と、衝撃発言をする優一。翼が真っ赤になって慌てるも時すでに遅し。


「ガオガオー、相原くん食べちゃうぞー」


 オオカミ風花がぴょんっと飛んで、一瞬で翼との距離を詰めてくる。そして翼を押し倒し、その上に乗った。


「うわっ!?」

「いただきまーす!」


 オオカミ風花が艶っぽく舌なめずりをして、翼を実食。この少女はいつからこんな表情をできるようになったのだろう。しかし、翼は今それどころではない。


 あぁぁぁぁ! 待って、ダメダメダメ! 桜木さんが僕の上に乗ってるぅぅぅ!

 この状況はヤバいって。優一くん、君はなんてことをしてくれるんだ!!! 最高じゃないか!!!


 ……あっ、違う違う。ヤバイんだって、桜木さんが乗ってるんだよ、僕の上に!

 ん? 触ってる! 倍返しできる条件が揃ったぁぁぁぁ!

 と、いうことは、押し倒しの倍返し……


「のぁ!?」


 実食しようとしていた風花だが、いきなり翼が身体を起こしたので、コロンと転がる。そして、翼が風花の上に馬乗りになってしまった。


「倍返しだから、仕方ないよね」

「???」


 翼はペロリと舌なめずりをしながら自身のネクタイを緩める。風花は普段とは違う翼の雰囲気にフリーズ。全く動けない。


「いただきまーす」


 そんな風花には構わずに、翼は実食しようと手を進めていく。どうやら彼の中で、何かのスイッチが入ってしまったらしい。艶めかしい雰囲気を身体から出して、風花を食べようとしている。


「佐々木、やれ」

「あいあいさー! ドカーン!」

「ぐはっ」


 しかし、翼の手が触れる瞬間、彼の身体に結愛の頭突きが炸裂。綺麗に飛んでいき、ソファに突き刺さった。


「相原くん、やり過ぎだよ」

「お前いつからそんなに積極的になったわけ?」


 飛ばされた翼へジト目を向ける優一、結愛の二人。頭突きが間に合わなければ、今頃彼は何をしでかしていたか分からない。


「押し倒しの倍返しはそういうことでは?」

「「……」」


 しかし翼はコテンと首を傾げながら、二人を見つめ返している。翼の中で『やられたらやり返す、倍返しだ』の理論が固定化されてしまったようだ。彼の瞳は全く悪意がない。自分は押し倒されたから、その倍返しをやっただけだ、とその瞳で訴えている。これはやはりそろそろ通報されるかもしれない。


「風ちゃん大丈夫?」

「お怪我はありませんか?」

「びっくりしたねー」


 優一たちが頭を抱える中、倒されていた風花が太陽と美羽により救出。風花はただ驚いただけなので、特に怖がったり、嫌がったりはしていないようだ。今回は警察を呼ばなくても良さそう。しかし……


「モニャモニャする」


 風花が自分の胸に手を当てて、首を傾げた。胸の中に今まで感じたことのない感情が広がっているのだ。


 相原くん、いつもと違う顔してた。なんていうんだろう、んー、大人の顔? そんな感じ。

 力も強かった。やっぱり男の子なんだね。びっくりしたけど、それ以外の気持ちもあるような気がする。何だか胸の奥がモニャモニャするの。この気持ちは何ていうのかな。

 そう言えば、前にもこんな感じがあったよね。いつだったかな……


 風花は自分の中の感情を探しながら、チラリと翼を視界に入れてみる。


「っっっ!」


 翼を視界に入れた途端、風花の頭から煙が出た。真っ赤な頬を両手で隠しこんでいる。どうやら恋心が疼きだしてしまったようだ。恋する少女は大変である。


「青春ですねぇ」

「……」


 そんな風花をニマニマして眺める美羽。しかし、彼女とは対照的に、太陽は難しい顔をしていた。

 風花の心のしずくはもう半分以上集めることができた。彼女が恋、愛を知る日はそう遠い未来ではないだろう。風花はその感情を理解した時、何を思うのか。その瞬間が嬉しいようで、ほんの少し怖い。

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