第12章  風が吹いて花が舞う

第218の扉  感情のしたいままに

「お手をどうぞ、マイプリンセス」

「……バカなの、あんた」


 彬人が恭しくお辞儀をしながら一葉に手を差し出す。一葉はため息をつきながらも、彼のその手を取った。ちなみに耳が真っ赤である。

 今日は学校は休み。二人はこれから……


「さぁ、ランデブーと洒落こもう」


 のである。

 彼らはこれからどこへ向かうのだろうか。行先がどこであれ、きっと楽しい一日になるに違いない。





______________






「本城くんと一葉ちゃんが、お付き合いを始めたんだって」

「そのようですわね」

「この前『おめでとう』って言ったら恥ずかしそうに『ありがとう』って言ってて、一葉ちゃん可愛いなって思ったの」

「それは私も見たかったですわ」


 風花とうららが楽しく女子トークを繰り広げている。

 ここは桜木邸。今日は翼、優一、うららが集合し、修行を行っていたのだが、疲れてきたので現在休憩中である。お茶とお菓子(※太陽作)を楽しみながら、のほほんとしていた。


「あのねぇ、うららちゃん。後学のために教えてほしいんだけど……」

「ふふっ、難しい言葉を使いますのね」

「この前大和先生が授業で言ってた」


 うららに褒められて照れくさそうな風花。恥ずかしそうに頬を染めている。そして、彼女のそんな様子を見て、翼も軽く頬を染めていた。


「お付き合いってどういうことをするの?」

「……そうですねぇ。二人で美味しい食事をしたり、どこかへ出かけたりしますかね」

「そっかぁ」


 うららの返答を聞いて、いろんなことを想像したのだろう。風花の顔が花の咲いたような笑顔を浮かべた。最初は無表情無感情だった少女だが、今ではいろんな表情を見せてくれるようになった。それだけ心のしずくを集めることができたという証。しかしそれと同時に、別れの日が近づいて来ていることも示していた。


「楽しそうだね」


 先ほどとは一変、寂しい色を濃くした風花が呟く。彼女は誰とのお付き合いを思い描いたのだろう。その表情からは複雑な感情しか読み取れない。


「どなたかそういう関係になりたい方がいらっしゃるのですか?」

「……」


 うららの質問に困ったような笑顔で答えた風花。その表情が彼女の複雑な事情を描いていた。

 風花の想い人は恐らく……。しかし彼女は異世界の住人で、風の国のお姫様。そう簡単にお付き合いできる立場にないのだろう。それでも彼女たちには幸せになってほしい。うららは風花の背中を押すように、優しく言葉を紡いだ。


「『できる、できない』で考えるのではなく、『したい、したくない』で考えるべきかと思います」

「うららちゃん……」

「きっと難しいこともあるのでしょうけど、自分の気持ちに素直になるのが一番ですよ」

「……ありがと。考えてみるね」


 風花は自分の胸に手を当てて笑みを返してくれる。彼女はどんな答えを出すのだろうか。一生懸命考えて、考えて、考えて……その先にある答えがどんな形の物だったとしても、応援したいとうららは素直にそう思った。


「あ、そうだ! みんなに食べてもらおうと思って、新作クッキーを作ったの! 取ってくるね」

「……」


 応援したい気持ちがほんの少し揺らいだ気もしたが、風花にバレないように何とか笑顔を保つ。


「相原くんたちも食べてね!」

「「ハイ、イタダキマス」」


 遠くの方に避難しかけていた翼たちのことも難なく仕留めて、風花はキッチンへと消えていく。うららに言ってもらえた言葉が余程嬉しいのだろうか、足取りがルンルンしていた。


「何でストックができてるんだよ。ちゃんと止めやがれ、太陽」

「力及ばず誠に申し訳ありません」


 ルンルン風花とは対照的にこちらはどんよりムードである。悪態をつく優一に対して、太陽がぺこりと頭を下げた。


「で、実際の所はどうなんですか、太陽さん」

「……ノーコメントでお願いできますか?」


 そして気持ちを切り替えたうららが太陽に話を振った。彼は風花の従者。複雑な事情も理解しているのだろう。うららからの視線に慌てて目を反らした。


「そういう訳にはいきません。以前美羽さんからの質問もはぐらかしたようですわね?」

「……何のことでしょうか?」

「あら、覚えていらっしゃらないのですね。いいですわ、ゆっっっりとお話しましょう」

「えぁ、や、遠慮いたします」


 逃げ出そうとした太陽だが、ニッコリと微笑んだうららに腕を掴まれてしまい、抵抗を諦めた。彼女をこれ以上怒らせると、マズイ気がする。とんでもなくマズイ気がする。太陽の危機察知能力がそう告げていた。





______________





「遅くない?」


 太陽がうららにこってりと質問攻めをされ始めてかれこれ20分ほど経過。キッチンから風花が出てくる気配が全くない。


「地獄の時間が訪れるのは遅い方がいいが、ちょっと時間かかり過ぎだな」


 優一がとんでもなく失礼過ぎる文言を言っているが、確かに遅すぎる。風花は「クッキーを作ったから取ってくる」と言っていた。予め作られているのなら、お皿に盛りつけてせいぜい5分ほどで戻ってくるはずである。クッキーに何か予期せぬトラブルでもあったのだろうか。

 こちらとしては万々歳なのだが、念のため様子を見に、翼と優一はキッチンへと足を運ぶ。


「え?」「は?」


 しかし、キッチンを覗いた二人から揃って驚きの声が漏れた。


「なん、で……」


 皿の上には見た目は完ぺきで、美味しそうなクッキー。お盆の上には紅茶のティーポットが置かれている。

 いつも通りで何も変わったところがないように思えるキッチン。なのに、そこに風花の姿はなかった。


「太陽! 桜木が消えた!」


 いち早く頭を切り替えた優一が、リビングに向かって叫ぶ。彼の声を聞いて、慌てた太陽とうららもキッチンに入ってきた。

 隣の部屋であるリビングに居たのに、物音一つしなかった。さらに争った形跡などもない。以前の月野ひかるのような誘拐だろうか。彼女は一体どこに行ってしまったのか。


「居場所は分かるか?」

「少々お待ちください」


 太陽はそういうと自分の部屋に駈けこんで、パソコンを立ち上げる。このパソコンは以前心のしずくを捜索する場面でも役に立っていたが、風花の位置も割り出せるようだ。

 太陽が二三操作すると、地図上に赤い点が浮かび上がった。


「分かりました。場所は風の国、王宮のようですね」

「風の国? 太陽くんたちの故郷だよね? なんでいきなり……」

「とにかく迎えに行くぞ」


 太陽が扉を出現させ、風の国の王宮へと繋げる。扉を開けると、目の前には座り込んでいる風花の姿が。

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