第191の扉 抱き枕
コンコンコン
風の国からの帰国後、太陽が自室でのんびりしていると、部屋の扉が叩かれた。そこには、パジャマ姿で枕を抱えている風花の姿が。
「生きてる?」
「……生きてます。月もちゃんと無事ですよ」
「良かったぁ」
相変わらず母親=殺人鬼の風花。太陽たちはため息しか出ないのだが、風花は二人の無事が分かって満足気である。
「さぁ、姫様。もう今日は遅いですから、寝ましょうね」
現在時刻は23時。風花は普段ならとっくにお布団の中に居るはずである。太陽はそそくさと彼女を寝かしつけようと促すのだが、風花は動こうとしない。
「おや? どうかされましたか、姫様」
「あのね……今日、一緒に寝たら、ダメ?」
風花はモジモジしながら、言葉を紡ぐ。昼間京也が脅しすぎたせいだろうか、風花は太陽たちが消えてしまいそうで怖いのだろう。微かにその肩が震えているようにも見える。
「一緒に寝ましょうか、さぁ、どうぞ」
「んふっー」
太陽が手を広げると、風花が胸に飛び込んだ。その衝撃で二人ともコロンとベッドに転がる。
「太陽暖かい! 好きー」
「ありがたきお言葉」
「太陽、太陽、太陽!」
「はい、ここにおりますよ」
風花は太陽を抱き枕状態にして、胸に頭をグリグリと擦りつけている。
「月、つっきー、つぅっきー!」
「……」
「お返事は!!!」
「はいはい、居るよ。変な呼び方すんな」
「むふっー」
風花が月を呼んだので、ブワッと黒い物をまき散らしながら、人格が月にチェンジ。風花は月の身体を抱きしめて、満足そうに息を吐きだした。しかし……
「嘘だろ、もう寝た」
『余程疲れていたんでしょうね。たくさん泣きましたし』
「……俺抱き枕状態で寝るの?」
『頑張ってください』
「えぇ、太陽変わってぇ」
風花の腕を引き剥がそうにも、がっちりと抱え込まれているので、剥がせそうにない。これはこのまま眠りにつくしか方法は無さそうだ。
「はぁ……」
月はため息をつきながらも、自分も眠ろうと目を閉じる。しかし……
「京也か?」
「やぁ、こんばんは」
ベランダに人の気配を感じ呼びかけると、案の定彼の声が。いそいそと靴を脱ぎながら、部屋の中に入り込んできた。風花はその登場に気がつかず、スヤスヤと眠っている。
「ヒューヒュー、お熱いねぇ」
抱き枕状態の月を見て、京也は面白そうに口元を緩めている。しかし、事の原因を作った彼の言動で月の怒りが沸騰寸前。
「誰のせいだと思ってやがる」
「俺だね」
「お前、ちゃんと反省してる?」
「してる訳ないじゃん。こうでもしないと、お前たちいつまでも風花に話しそうになかったし」
「……」
京也は以前から月の存在を打ち明けてもいいと思っていた。だから、今回の董魔の命令を利用して、彼の存在を風花に知らせたのだろう。
「でもちょっとやり過ぎたかな?」
「もう泣かせんなよ」
「善処する。だけど、父様はとことん風花を壊したいらしい」
今まで何回か風花へ仕掛けてきた董魔。
ダンジョン攻略のきっかけになったローズウイルス、内部崩壊寸前だった消助事件、など。最初は風花の命を脅かす物だった。
しかし、今回初めて彼女の周りを対象とする命令が出た。風花が心のしずくをある程度取り戻したことと、彼女が周りとの関係を強く作ったことで、より苦しむように命令が変化したのだろう。
今回の件でもそうだが、彼女は太陽を失えば壊れる。そしてそれは周りの人間全てに当てはまる。
「次に消えるのは誰だろうな」
『あのぉ、その言い方だと、私はもう消えたことになってます?』
月の中から太陽が声を出すも、京也は真剣。今回京也が原液を注入していれば、今頃太陽は消えていただろう。次に消えるのは、周りか、それとも風花本人か。
「そう言えば、お前妹のことちゃんと説明しろよ」
「忘れてたよ、ごめんね。てへっ」
「ぶっ飛ばすぞ、てめー」
月の発言に再びてへぺろする京也。最近の彼の中ではてへぺろがマイブームのようだ。
「ごめん、ごめん。だけど、愛梨のことは俺もよくわからないんだ」
舌をしまって真面目な顔に戻った京也が、事情を説明し始める。
彼の妹、愛梨。彼女は扉魔法を使用することができる。しかし、使用できる魔法はそれのみで、戦闘能力が低い。まどかの一件があり、愛梨がその二の舞にならないように避難させたと思っていたのだが、今彼女を巻き込んでいる状況を見ると、その線は薄そうである。董魔は何をさせたいのだろう。それは京也でさえもわからないことのようだ。
「俺が命令に従わないと、愛梨を殺すって言われてる」
「今回のことは平気だったのかよ」
「大丈夫、容量間違えただけだから、てへっ」
「……」
月が心配する中、可愛らしく舌を突き出している京也。完全にキャラが変わってしまっているような気がするのだが、彼も二重人格なのだろうか。月はため息が止まらない。しかし……
「大丈夫か、京也」
「何が?」
「お前もう限界だろう?」
「……」
てへぺろで誤魔化してはいるが、京也はひどく苦しそう。妹を人質に取られ、従いたくない命令に従う日々。彼の限界はもう近い。
「仕方ないんだ、俺がやらないと何人も死ぬ」
力なく笑って返事を返す京也。彼の言う通り、京也が命令に従わなかった場合、愛梨が殺され、風花のしずくを奪いに董魔が来るだろう。そうなれば、犠牲者の数は何人か。
「だけど……」
「いいんだ、気にかけてくれてありがとう」
「京也……」
「んんー」
「「あ……」」
二人で話し込んでいると、風花の目がパチリとあいてしまった。どうやら騒ぎすぎたらしい。
「あさ?」
「まだ夜だよ」
トロンとした表情で、二人を眺めている風花。状況をよく理解できていないようだ。
「京也くんがいる?」
「こんばんは」
京也がトロン風花に手を振った。風花も寝ぼけながら、京也に手を振り返している。挨拶も終わったので、再び眠りにつくかと思われたが……
「ん」
「「?」」
風花が京也に向かって手を伸ばした。握手だろうか。京也が風花の手に触れると
「は!?」
風花が京也の手を思いっきり引っ張った。京也はいきなりの行動に構えられず、風花の上に覆い被さる形になる。
「おい、風花。何だよいきなり」
「夜なので、一緒に寝るの」
風花の謎理論発動である。しかし、彼女は京也の腕を離そうとしない。
「京也くんはこっち側で寝てね」
混乱する京也を置いて、風花は月と反対側を指差す。彼女は京也と月の間に挟まって寝たいらしい。
「いや、俺は帰るから……」
「ダメ。夜は危ない。だから寝るの」
「えぇ……」
どうやら帰してくれないようだ。愛梨に連絡すれば一瞬で魔界に帰れるので、危なくはないのだが、風花にそれを伝える訳にはいかない。どうしたものか、と考えていると
「いいんじゃねーの。今日の責任とって、お前が抱き枕になりやがれ」
月までもが京也の添い寝を許可。こうなっては帰れない。渋々風花の横に収まる。すると……
「んふっー」
満足そうに息を吐き出しながら、月の宣言通りに京也を抱き枕。風花は京也を抱きしめた途端、嬉しそうに眠りについた。
京也の身体と風花の身体が密着し、彼女の優しい香りと柔らかい感触が、京也の全身を駆け巡る。
「ねぇ、これはちょっとさー」
「姫に手を出したら殺しますよ」
京也の感情を読んだ太陽が、月と交代して出現。風花の後ろで不気味に目を光らせていた。
「少しは危機感というものをだな……ていうか、いつもこうなの?」
「幼い時からずっとこんな感じですよ。私もよくやられます」
「……」
風花が二人の男子の間で気持ち良さそうに眠る中、京也はいろんな意味で眠れなかった。
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